ハーメルンのシンデレラ
「もう!どうしてこんなことになるのよ!?」
「ご、ごめんなさ・・・・・・」
「あんたたち仮にも魔法の馬でしょう?それが道に迷うってどういうことなのよ!」
「だ、だって・・・なんか変な音が聴こえて・・・・・・」
「ああ、もう!どうするのよ~!!」
「お、落ち着いて、シンデレラ!」
「落ち着けるわけないでしょ!?こんなところで遭難なんて冗談じゃないわよー!!」
シンデレラの絶叫が暗い夜の森に響き渡りました。
○
ことの起こりは数時間前に遡ります。
今夜は舞踏会。それも王子の花嫁探しを兼ねた舞踏会とあって、若い娘たちを筆頭に町じゅうが朝からソワソワしていました。シンデレラの継母と義姉たちも例外ではなく、日没と共に華やかに着飾り、気合充分でありました。
「私たちが帰って来るまでに家じゅうピカピカにしておくのよ、シンデレラ!」
意地悪な継母は理不尽な命令を忘れずに
「まぁ、今夜は帰らないかも知れないけどね?」
「いきなり初夜ですかぁ?ヤダ、お姉さまったら!」
二人の義姉は自意識過剰な妄想を隠しもせず、お城へと出掛けて行きました。
「はぁー・・・ったく、やってらんないわ」
継母と義姉たちの姿が見えなくなると、先ほどまでのお見送りスマイルはどこへやら、モップを投げ出し、ふてぶてしく毒を吐くシンデレラの姿がありました。そこへ現れたのはやさしい魔法使いのおばあさん。
「泣くのはおよし、シンデレラ」
「別に泣いてないけど」
「あら、本当・・・泣いてない・・・。と、とにかくシンデレラ、私の魔法で貴女を舞踏会へ連れて行ってあげますよ!」
「お断りするわ、面倒くさい」
「え、えぇ~~~っ!!そんなこと言わないで・・・ホイッ!」
おばあさんが魔法の杖を一振りすると、シンデレラの着古したワンピースはきらびやかなドレスに、履き古したローファーはガラスの靴に早変わり。
「あっ!ちょ、なに勝手なことしてるのよ!!」
「よく似合いますよ、シンデレラ。お次は・・・ホイッ!」
おばあさんが部屋の隅に置かれたカボチャに向かって杖を振ると、カボチャはたちまち豪華な馬車に早変わり。
「ちょっと!ひとの家の食料になにしてくれるの!」
「上出来、上出来。最後は・・・ホイッ!」
一連の出来事に驚いて、ちょろちょろと逃げ惑うネズミたちに向けておばあさんが杖を振ると、ネズミたちはたちまち立派な2頭の馬に早変わり。
「どうせなら牛とかに変えてくれる?イベリコ豚でも良いわ」
「完璧よ、シンデレラ!さぁ、舞踏会へいってらっしゃい!ただし、これだけは守ってちょうだい。12時の鐘が鳴る前に戻って来ること!12時を過ぎたら魔法が解けてしまいますからね」
そう忠告すると、やさしい魔法使いのおばあさんはシンデレラの言葉を完全に無視して、強制的に舞踏会へ送り出してしまいました。
○
そして現在。
家を出発したは良いものの、シンデレラを乗せた馬車はお城へ向かう途中の森のなかで完全に迷子になっていました。おばあさんの力で口が利ける魔法の馬に変身したネズミたちに、シンデレラは容赦なく己の苛立ちをぶつけます。
「なんとかならないの?近道とか裏道とか抜け道とか!魔法の馬ならわかるんじゃないの!?」
「馬はカーナビじゃないんだよ、シンデレラ!」
「それにお城なんか行ったこともないのにそんな機転きかないよ!」
「はぁ・・・せめて近くに誰か居ないのかしら・・・」
「夜の森のだしね・・・居るとしたら自殺志願者だよ、きっと」
「ねぇ、そういえばさっき変な音が聴こえるって言ってなかった?」
「うん、聴こえた!なんか・・・笛の音みたいな・・・」
「そうそう!その音を聴いたら急に頭がポーッとしてきて・・・」
「足が勝手に音のするほうに向かっちゃって・・・」
「気が付いたら迷っていたんだ・・・」
「あのね・・・そんな非現実的な話、信じられるわけないでしょ!?」
「今まさに非現実の真っ只中に居るのに!?」
「でも、本当に笛の音なら音のしたほうに人が居るのかも知れないわね・・・ちょっとあんたたち、もう少しこのまま進んでみてちょうだい」
馬のツッコミを華麗にスルーしたシンデレラを乗せて、馬車は再び森のなかを進み始めたのでした。
○
しばらくすると森は開けて、シンデレラ一行の前に大きな川が現れました。深さはそれほどでもないようですが、流れが激しく、子どもなどが遊ぶには危なそうな川です。
「本当にこんなほうから笛の音が聴こえたの?」
「うん・・・また聴こえ始めたよ・・・」
馬の言葉を聞き、シンデレラが辺りを見回すと、川の向こう岸に人の姿が見えました。若い男のようで、馬たちの言う通り、笛を吹いているようです。不思議なことにシンデレラの耳に彼の笛の音は全く聴こえないのですが、馬たちは彼の笛に操られるように、川に向かって進み始めました。
「ちょ、ちょっと!?なにしてるのよ、止まりなさい!」
「でもシンデレラ・・・」
「足が・・・勝手に・・・」
「まさか本当にあの笛のせいなの?・・・ねぇ!ちょっとあなた!!その笛やめてちょうだい!」
馬車の窓から身を乗り出し、シンデレラが向こう岸の男に向かって声をかけると、男は少し驚いたように笛から口を離しました。しかしすぐに穏やかに微笑んで、シンデレラに挨拶しました。
「やぁ、こんばんは、お姫様。こんなところへお供もつけずに・・・一体どうなさったの?」
「私はお姫様じゃないわ」
「そうなの?あまりに美しいからてっきりお姫様だと思ったよ」
「そんなことよりあなたは何者なの?森のなかで迷ってしまったのはあなたの笛の音のせいだって、この馬たちが言ってるわ。その笛は何なの?」
「アハハッ・・・面白いことを言うお嬢さんだね。だけど僕の笛は馬にも聴こえないはずなんだけど」
「どういうこと?」
「川のなかをよく見てごらん」
男に言われて川を見ると、強い流れのなかを黒くて小さなものがたくさん、浮き沈みしながら流されていくのが見えます。目を凝らすと、それはネズミだとわかりました。シンデレラはギョッとして思わず馬車のなかに身を引きました。
「ごめん、ごめん。お嬢さんには少し刺激的すぎたかな?実はこの向こうにある街の皆さんにネズミの駆除を頼まれているんだ。僕の笛はちょっと特別でね、特定の生き物にこの笛の音を聴かせると、その生き物は音に引き寄せられてしまうんだ。そのとき他の生き物には音自体も聴こえない。そこで今回はこの力をネズミに利用して、街じゅうのネズミをここまで引き連れて来たってわけさ」
笑顔を崩さず、さらりとそう説明する男に、シンデレラの背筋がゾクッと波立ちました。夜の森で迷い、いつの間にか家から遠く見知らぬ隣街の間際まで来て、不気味な男に会い、溺れ死んでいくネズミたちを目の当たりにした彼女の心は恐怖に支配されようとしていました。さらに悪いことに、時刻はちょうど、魔法が解ける12時になりました。
馬車はカボチャに、馬はネズミに、ドレスは着古したワンピースに、全てが魔法にかけられる前に戻ってしまいました。もうどうすることも出来ず、さすがのシンデレラもすっかり途方に暮れてしまいました。
「やぁ・・・本当にお姫様じゃなかったんだね」
男の声がしますが、シンデレラは顔を上げることが出来ません。2匹のネズミを乗せたカボチャをぎゅっと抱きかかえ、ただ小さく震えていました。
すると不意に背後から蹄の音が聞こえてきました。シンデレラが振り返ると、そこには近所の家で飼われている見慣れた馬が立っていました。
「どうしてここに・・・?」
シンデレラが鬣を撫でると、馬はさぁ乗りなさいと言うように足を折り、背を屈めてくれました。
「僕の笛で呼んだんだよ。そいつに乗ってうちへお帰り。魔法の解けたお姫様」
シンデレラは馬に跨ると、男に背を向け走り出しました。川から離れ、家が近付いてくると、ようやく彼女は安心しました。
○
舞踏会の夜から数日が経ったある日のことです。
淡々と家事をこなすシンデレラの耳に気になる噂が入ってきました。
『隣街で街じゅうの子どもたちが居なくなってしまったらしい』
その噂を聞いて真っ先に浮かんだのは、あの夜に出会った男のことでした。シンデレラは近所の家から馬を借り、夜になるのを待って、再びあの川を目指しました。
○
川に着くと馬を降り、森の茂みに隠れるようにしながらしばらく待っていると、川の向こう岸に大勢の子どもたちを引き連れながら笛を吹く、あの男の姿が見えました。シンデレラは茂みから飛び出し、男に向かって叫びました。
「ねぇ、あなた!子どもたちに何をするつもりなの!?」
あの夜と同じように、男は少し驚いて笛から口を離しました。しかしすぐに穏やかに微笑んで、シンデレラに挨拶しました。
「やぁ、こんばんは。また会えるなんて嬉しいな、お嬢さん」
「相変わらずきざな挨拶は結構よ。それより何をしようとしているの?」
鋭い視線を送るシンデレラに、男はふっと大袈裟な溜め息を吐きました。
「そんな目で見ないでくれよ、お嬢さん。元はと言えばあの街の人たちが悪いんだぜ。僕は依頼通り街じゅうのネズミを駆除したのに、彼らは僕に約束の報酬を渡さなかった。それどころかよってたかって僕のことを罵ったんだ!これはあの街の奴らにとっちゃ当然の報いなんだよ」
憎らしげに語る男を見て、シンデレラは何と言って良いのかわからず、言葉に詰まってしまいました。それでも彼女は男の心を動かそうと、必死に言葉を探しました。そうしなければ、男の後ろに人形のように並んでいる子どもたちが、今にもあの夜のネズミたちのように川で溺死させられてしまうと思ったからです。
「それなら・・・私も報いを受けるわ!あの夜あなたに助けてもらったのに、お礼も言わず、逃げるみたいに帰ってしまったし・・・だから、だから子どもたちは家へ帰してあげて!」
「無理しなくて良いよ。あの夜だって、今だって、君は僕が恐いだろう」
男は笑いながらそう言いました。その笑顔はどことなく寂しそうに見えました。
「確かに、あなたのこと恐いと思ったわ。でもあなたが馬を呼んでくれて、私は本当に助かったの。本当にお礼が言いたかったの」
シンデレラがそう言うと、男の顔から、絶対に崩れなかったあの笑顔が消え、代わりに一筋の涙が、その頬を流れ落ちました。
「あの街の人たちもそう言ってくれれば、僕だってこんなことはしなかったのに。僕は別に報酬なんかどうだって良いんだ。ただこの笛でみんなが喜んでくれることをしたかったんだ。僕が笛を吹くと不思議なことが出来るとわかったとき、両親さえ僕を恐がった。だから僕は家を出て、この笛を人のために使う旅に出た。でも同じだ。どんなにこの笛で誰かを助けても、結局、恐がられてしまうんだ」
シンデレラは川のなかに足を踏み入れました。強い水流に足を取られないよう気を付けながら、一歩一歩ゆっくりと、男のもとへ向かいました。
「誰に何と言われようと、あなたの笛はとても素敵よ。続けていればいつか必ず、あなたの理想に辿り着けるわ」
川を渡りきると、シンデレラは指先で男の涙を拭いました。
「必ず、辿り着ける。どんなに道が険しくてもね」
○
その後、隣街で消えた子どもたちは全員が無事に親元へ戻り、シンデレラは子どもたちを救った英雄として歓迎されました。話を聞いたある貴族の青年が彼女の勇気と凛とした美しさに惹かれ、シンデレラは花嫁として青年のお屋敷に迎えられました。
魔法なしでもきらびやかなドレスに身を包み、優雅な暮らしが出来るようになったシンデレラでしたが、それでも時々、どこかで誰かのために笛を吹いているであろう男のことを思って、ひとりやさしく微笑むのでした。
【完】
お読み頂きありがとうございました。