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きみをあいしてもいいですか

作者: 音葉

私は全くモテない、方ではないと自覚している。

自分から告白することは、無い。

けれどだからと言って男の子にちやほやされるタイプでも、無い。

普通、だと思う。

普通に告白されて、普通にそれを受けて、普通にデートをして、普通にキスをして、普通に身体を重ねて。

だけどしっくりこない。

何がどう、とは上手く説明出来ないのだがとにかくしっくりこないのだ。

だから私の恋愛サイクルはいつも同じ。

知り合った男の子に告白される→付き合う→浮気される→さようなら。

これの繰り返し。

今日もそうだった。


「ちがっ、違うんだよ、悠紀ユキちゃん!」

「何が違うの?」

必死な顔で私に言い訳をする彼を見上げて首を傾げる。

「なんというかこれは……そう!出来心で!」

「ふぅん」

何の事は無い。ちょっと彼の家に忘れ物したことを思い出して、それを取りに行ったら部屋では彼と見知らぬ女性がいちゃいちゃしていただけのことだ。

「別に、私、怒ってないよ?」

「えっ……本当に?」

私の言葉に彼はみるみる安堵した表情になる。

「うん。別に、誰かを好きになる事は悪い事じゃないと思う。私より、あの娘が好きになったんだよね?じゃあ、一緒に居れば良いと思う。私と貴方は夫婦ってわけでもないんだし。うん、やっぱり好きな人と結ばれるのが一番だと思うよ。じゃあ、バイバイ」

スラスラと言い募る私にまた彼は顔を真っ青にした。

そんな彼の前から姿を消そうと踵を返しかけて立ち止まる。

「あ、ごめん。忘れ物だけ取って行って良い?まだあの本読みかけなのよ」

硬直してしまった彼の脇をすり抜けてリビングへ。

そこには呆然としている見知らぬ女性。

「この人、優しい人だから、幸せにね」

本を手に取るとにっこり彼女に笑いかけ、私は彼の部屋を後にした。


こんな終わりはもう5度目になる。

と、いうかさっきも言った通りこんな終わりしか知らない。

向こうは悪くないと思う。悪いのは自分だと。

なんとなくお付き合いを始めて。それなりに楽しいしそれなりに幸せだったと思う。

でもやっぱりどこかで何かが違うと思っていて。

そんな雰囲気が相手にも伝わって。

それでこういう終わりになるのだろう。

何の感慨も無く。終われるのだろう。


さて、これからどうしようか。と考えているとお気に入りの曲のフレーズがiPhoneから鳴り響いた。

取り出して、ロックを解除。

『メッセージを受信しました』と表示される画面。

緑色のボタンをタップするとメールアプリを起動する。

メールの主は幼馴染み。無題のそれを開くと簡潔な文章。

【風邪引いた。看病しに来い】

「電報か」

小さく声に出して突っ込むとiPhoneを仕舞って必要そうな物を買い出しにスーパーへ向かった。


ガサガサと林檎やネギ、風邪薬などが入った袋を持って幼馴染みの住むアパートへと到着する。

スーパーを出る時に幼馴染みには

【今からアパート行くよ〜】

とメールを送信しておいた。返信には

【鍵開いてるから】

とだけ。不用心だなぁと思いつつ、いそいそと3階の部屋まで階段を上る。

ガチャリと扉を開けて、中に入り1Kの壁際に設置したベッドで赤い顔をして仰向けに寝る彼に声をかける。

「生きてるー?」

「……なんとか」

ぐったりとして弱々しい返事を聞いて私は少し眉を顰める。

「熱、測った?」

「さっき」

「さっきていつよ?」

「2時間前……?」

どうも記憶が曖昧になっているらしい。

もう一度測りなさい、と枕元にあった体温計を差し出すとそれを素直に受け取った。

「ん……ひやい」

「冷えピタ貼ったよ」

ペタリと貼った冷えピタに気付いたのか閉じていた目を薄く開ける。

その目はとろんとしていて今にも溶けてしまいそうだ。

「気持ちいい……」

「よっぽど熱あるのね」

呆れて言うとピピピ…と電子音が鳴った。

「何度?」

「38度…3分」

数字見たら余計キツくなった、と体温計を放り出してまた目を閉じる。

「風邪薬、飲んだの?」

どうせ無いんだろうけれど、と思いながら一応尋ねる。

「無い」

短い返答。やっぱりね、そう返しながらビニール袋を漁って買って来た風邪薬を探し出す。

「そうだと思って買って来たよ」

「すまん。あとで払う……あと今度奢る」

「ケーキね。何か食べた?おかゆ食べる?」

「食べる」

起き上がろうとする彼を押しとどめて言い含める。

「出来たら、起こすから。それまで寝てなって」

「ん……」

納得し、大人しく布団を被って目をつむると直ぐに睡魔が襲ったのかうとうととし始める。

汗で張り付いた黒髪を払ってあげると私は台所へと向かい、冷蔵庫を物色することにした。


「あー、ネギ買っといて良かった。卵…も2、3個あるみたいだし使って良いよね」

がしゃがしゃと米を研ぎ、炊飯ジャーで早炊きにセットする。

その間に鍋とご飯の量の2倍程度の水を用意し、卵を割りほぐしておく。

ご飯が炊けたら鍋にご飯と水を入れ軽く混ぜてご飯をほぐすと中火で煮立たないようにゆっくりと煮る。

とろとろになった所で割ほぐした卵をそっと菜箸を伝わらせて鍋に注いで塩をひとつまみ程度入れると蓋をし、一呼吸置いて火を止める。しばらくむらすと完成。

母から病気の時にいいから、と教わった通りに作った卵かゆに小口切りにしたネギを散らす。

本当は一人用の土鍋なんかで作ると保温されて良いのだろうけどこの部屋にそんなものがあるとは思えない。それどころかお盆すらない。

すっきりと片付いた部屋ではあるが、やっぱり男性の部屋などこんなものか、と思いながらお茶碗とれんげを用意する。

鍋敷きの代わりにその辺に積んであった雑誌を一冊拝借してその上にお玉を入れた鍋を置くととろとろと眠る彼に声をかけた。

「おかゆ、出来たよー」

「んー……?」

もぞもぞと起きるとベッドから這い出してテーブルの前に着座する。

「熱いから」

「うん」

気をつけて、と言いながらお茶碗に盛ったおかゆとれんげを渡す。

ふーふーとおかゆを冷ましてぱくり、とそれを食べる彼。

「美味しい?」

「ん」

満足そうに頷く彼を見てそれは良かったと返す。

そういえば、と気にかかっていたことを尋ねてみる事にした。

「紫苑、彼女居なかったっけ?その子に看病してもらえば良かったんじゃないの?」

おかわりしようとお玉を手にとりかけていた彼の手が止まってこちらを見た。

「え?」

「いや、だから。彼女。居たでしょ?」

彼の恋愛遍歴は、私のそれよりも多い。

切れ長の目。さらさらとした黒髪。心地よく響く声。誠実な性格。

それらが相まって彼は小学生の頃からよくモテたのだ。

うんと小さな頃から彼のことを知っている私はこいつがどんなに外面が良くて、どれほどに意地が悪いやつなのか教えてやりたい気持ちを抑えて、恋心を募らせる女子達にアドバイスを繰り返して来た。

「あー……別れた」

「またか」

そうして彼女達はようやく付き合えたものの望んでいたような扱いをしてもらえず、耐えきれなくなって結局は別れることになるのだ。

それを知っても、尚も彼女達は彼に恋焦がれ、決死のアプローチを仕掛けるのだ。

正直言って、こいつにそこまでする価値があるのだろうかと思う。

過去に友人にそう零してみると

『馬鹿ね。それが良いんじゃない。なかなか振り向いてくれない男を夢中にさせるだけの何かが自分にはあるって自信にもなるし。私はどうでもいいけどね』

と言ってけらけら笑っていた。

「原因は?」

「向こうの料理下手……自信満々に出された料理食べて腹壊したら涙目になって怒られて『別れる!』ってさ」

お玉で掬ったおかゆをお茶碗によそいながら淡々と答える。

ううむ。それはなんとも言いがたい。

「信じられるか?出汁が入ってない味噌汁に輪ゴムで止めたロールキャベツ、しかも生煮え。米を食ったら妙な味がするし」

「米?」

米なんて、どうやったら妙な味がするような代物になるんだ。

「聞いたら、洗剤で洗ったって……」

その味を思い出したのかげんなりした顔でおかゆを見つめ始める。

「それはちゃんと水で研いだから」

大丈夫だよ、と言うとああ、うん。悪い。とバツが悪そうな顔をしておかゆを流し込む。

空になった鍋と茶碗とを流しに持って行き水を張るとコップに水を注ぎ風邪薬と共に彼に手渡す。

「はい」

「サンキュ。……なんか、お前が居れば彼女とか嫁とか要らない気がする」

ごくり、と薬を飲み干してぼやく。

「私、あんたの家政婦じゃないんだけど」

「いや、どっちかっていうと家事ロボット?」

「人間ですらない!」

きゃいきゃいと軽口を叩いて洗い物しようかと立ち上がりかけると腕を取られた。

引っ張られて私の体はそのまま紫苑の腕の中へと収まってしまう。

「何?」

「別に」

胸に頭を預ける形で尋ねると頭上からそんな言葉が降って来る。

「お前の体、冷たい」

「そうかな」

きゅっと軽く抱きしめられて髪の毛を弄ばれる。

「伸びたな」

「えーえー。短くしてたら男の子に間違われますからね」

小学校に上がるか上がらないかくらいの頃、暑いからとそれまで長かった髪をショートカットにした私は彼と外で遊んでいた所見知らぬお婆さんからそれはそれは優しい微笑みで

『元気のいい兄弟だねぇ』と言われた事に大変なショックを受けそれ以来絶対にロングヘアーを保つ事に決めていたのだ。

「まだ引きずってんのか」

くすくすと笑われむっとして顔を上げるととろけたように相好を崩す彼と目が合ってどきり、と胸が高鳴った。

「……もしかして、眠いの?」

「かもしれない」

「じゃあ寝なさ……」

言いかけた私の唇に彼が右手の親指を這わす。

「何……やってるの?」

びっくりしてやっとの思いでそれだけ言うも彼は指で私の唇をなぞるだけ。

したいようにさせるか、と思いじっとしておく。

それでもなんとなく気恥ずかしくてどうしたらよいものかと視線を彷徨わせてしまう。

それが気に食わないのかやや尖った声で

「悠紀」

と呼ばれた。

反射的に視線を合わせると元々近かった顔の距離が更に縮まり、ついには0となってしまった。

ちゅ、と軽いリップ音を立てて離れる唇。

ぽかんと見上げる私に彼が悪戯っぽく笑う。

「ダメだったか?」

「ダメ……じゃないよ。うん。ダメじゃない」

自分に言い聞かせるように繰り返し、大きく息を吸って、吐く。

「子どもの頃もしたじゃない。白雪姫ごっことか」

彼に目線を合わせて言う。

「ああ……そういやそんなこともしたな」

軽く身じろぎして私を抱え直すと彼は私の肩に顔を埋めた。

「なんか、落ち着く」

「うん。私も」

他の誰に抱きしめられても何かが違う気がしていたのが、紫苑だとなんとなくしっくりきてしまう。

これが恋だというのだろうか。

側に居れば落ち着いて。他の誰でもなく、相手のことだけを考えてしまう。

私は一体、彼とどうなりたいのだろう。ぼんやりとした頭でふわふわと考える。

いつの間にか、私の肩に頭をもたせかけたまま彼は眠ってしまっていた。

きっと次に目覚めた時にはかなり回復しているだろう。

目を覚ました彼に、好きかもしれないと告げたらどんな表情カオを見せるだろう。

想像してくすりと笑うと私は静かに目を閉じた。

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[一言] 萌え分をありがとう。
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