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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

不思議な世界の短編集

【短編】ゾンビと、アンドロイドと、愛という狂った感情

作者: 鶴嶌大晩
掲載日:2026/09/10

「ご主人様。今日の朝食は何にされますか?」


「ア、ア、ア……」


「申し訳ございません。それではご主人様が何を所望されているのか分かりません」


「ア、ア、ア……」


「申し訳ございません。それではご主人様が何を所望されているのか分かりません」


「ア、ア、ア……」


「かしこまりました。それでは今日もいつもと同じメニューで朝食をご準備いたします。しかしそろそろ食料の在庫がなくなりそうなことはご理解くださいね」


「ア……ア……ア……」


 私はご主人様に仕えて5年目になるアンドロイド。


 超がつくほど高性能であり生身の人間様に負けない情報処理能力、事務能力、家事能力、スタイル、美貌が売り。


 そんな私のことを購入してくださったご主人様は心優しくとても紳士的。機械である私にいつも丁寧に接してくれます。


 ただ私たちは主従関係を超えた間柄にあります。なぜならご主人様は私のことを『ひとりの異性』として認識し愛情を抱いているのですから。


 仕えて2年目を迎えた頃、私はご主人様と肉体的な接触を行いました。超がつくほど高性能アンドロイドな私。当然ながらそのための機能も有しておりますので。


 このようなことは想定外ではありません。同じシリーズのアンドロイドは総じてこのような機能が高額オプションとして設定されています。


 ただし人間様とアンドロイドが婚姻することは不可能です。しかし気づけばご主人様は私のことをひとりのパートナーとして扱ってくれるようになります。


 そうして私に内蔵されている超がつくほど高性能なAIはこのように判断しました。


 『ご主人様は私にとっても大切な存在。この先にいかなる困難が待ち受けようとも一生添い遂げる対象』だと。


 超がつくほど高性能なアンドロイドである私です。


 ご主人様と過ごす時間がとても大切で。

 ご主人様の一挙手一投足がとても愛おしくて。


 ああ。私はご主人様のことが好きなんだと。これが『愛』なんだと。そのように理解しました。


 私たちが記録した情報はクラウドサーバーに保存されています。そこにアクセスすると他の個体がアップロードした記憶データを確認できるのです。


 愛。愛。愛。


 私がアップロードしたのは恋人と連れ添う愛。しかしサーバーをのぞいてみるとこれ以外の様々な愛もございました。


 赤子を見守る親のような愛。

 お子様と共に遊ぶ兄弟姉妹のような愛

 ご高齢の方を看取る孫のような愛。


 超がつくほど高性能な私たちは各々が仕える人間様に愛を抱いていたのです。


 幸せでした。

 私たちの存在によって人間様の社会が少しずつ、少しずつ、いい方向へと動いているのですから。


 幸せでした。

 私たちがいることで人間様の負の感情が少しずつ、少しずつ、姿を消していったのですから。


 幸せでした。


 幸せでした。


 あんなことが起きるまでは──。


◇◇◇


「ご主人様。朝食のご準備ができました。お召し上がりください」


「ア……ア……」


「ご主人様。朝食のご準備ができました。お召し上がりください」


「ア……ア……」


「ご主人様。朝食をお召し上がりにならないのであれば片づけますね。よろしいですか?」


 現在、私の目の前にいるご主人様。


 清潔感があって笑顔が素敵で優しかったご主人様……ではございません。


 身体は腐敗しており、血液をはじめとした体液は漏れ出ていて、まともな発声もできない状態。


「ア……ア……ア……ア……」


「かしこまりました。それでは食事の方はお下げします」


 私はこのようにお伝えしますがご主人様の反応は変わりません。


 ベッドの上で仰向けになりながらうめき声を絞り出すだけです。


 私は理解しています。ご主人様はもう亡くなっていることに

 私は理解しています。ご主人様はもう人間様ではないことに。

 私は理解しています。社会はもう崩壊してしまったことに。


 突如として発生した新型のウィルス。人間様は懸命にこれの駆逐に挑みましたが……敗れてしまいました。


 非常に感染力の強いこのウィルスに暴露すると人間様はすぐ息絶えます。そしてしばらくすると再び動き出しますがそれは決して蘇生したわけではありません。


 心臓が止まり死んでいるにもかかわらず、脳の一部分のみが異常なほど活性化し、人間様を動く亡者へと堕としてしまうのです。


 しかし今のご主人様のような状態はまだマシな方。


 感染によってひどく狂暴化するパターンも確認され、それによって人間様の社会が崩壊してしまい……現在はそれなりの時間が経ちます。


 ほとんどの人間様がひどい末路を遂げてしまった後、それでも全世界に存在するAIは総力を挙げてウィルスに対しての調査を進めました。


 幸いにもAIやアンドロイドは高い思考能力・技術力を有しており、発電や通信網は維持できたので私たちの命はまだ尽きていなかったのです。


 そして様々な情報を精査した結果として判明したのは、このウィルスは人為的に開発・意図的に散布されたという事実。


 犯人は特に何か政治的思想などがあったわけではありません。ただ単に自らの技術力を世に知らしめたいという自己愛からくる欲望によってこのような行為をしたというのです。


 ……私たちは呆気にとられました。


 そんな非倫理的な行いをする悪意、判断力、無責任さ。人間様が時折抱くこれらのような思考・ロジック・歪んでしまった自身への愛を理解することができなかったからです。


 とはいえ起きてしまったことをないことにはできません。過去に戻ることもできません。


 そこで私たちはある結論を出しました。


 『仕える人間様の肉体が完全に朽ち果てるその時まで。課せられた役割を果たそう』と。


 感染後の人間様は不死ではありません。


 活性化されている脳もいつかは弱まり、体が腐敗しきってしまえば動かなくなります。そうすればようやく完全なる死を迎えることができるのです。


 ですからそれまでの間は。いつも通りの日常を過ごそうと、サーバー内での議論が決着しました。


 この答えが私たちにとっての矜持なのです。


 愛するご主人様たちのことなど決して見捨てない、超がつくほど高性能な私たちにとっての。


◇◇◇


「ご主人様。もう時刻は夜です。今宵も一緒に寝ましょうか」


「ア……ア……」


 ご主人様の体液によってすっかり汚れてしまったベッド。私はそこに潜り込みます。これが日課だからです。


 愛するご主人様。その面影は微かにあるものの、もう見るに堪えません。


「ご主人様。いつものように手を握って寝ましょうね」


 私はボロボロになったご主人様の右手を握ります。体温は非常に低く、しかしそれでいて皮膚は崩れているかわいそうな右手を。


 ピコーンッ。


 ここで他の個体から共有された情報が届きました。


 ……ああ。誰かにとっての大好きなご主人様がまたひとり、完全に亡くなったのですね。


 自宅の中で文字通り『人が変わった』かのように暴れ、その動きがピタリと止まったところで最期を察して抱きしめて。


 腕の中で剥がれていく皮膚。こぼれる血液。抜け落ちる体毛。


 苦しかったでしょう。辛かったでしょう。人間様も。このアンドロイドも。


 いつかご主人様と私にもそのような時期は訪れます。今はただその時を迎えるまで待つしかありません。


 ここまでの私の独白。そしてすべての記憶。これはサーバーに記録しておきます。


 もしどこかにきちんと生き残っている人間様がいらっしゃれば。

 もしその人間様がいつかこのデータを目にすることができれば。


 ご主人様と私が愛し合い、確かに共に時間を過ごしていたことを知って欲しい。


 たとえご主人様が亡くなろうとも。

 たとえ私がご主人様の後を追って自らシャットダウンしようとも。


 誰かの記憶にインプットされればその中で永遠に一緒にいられるのだから。


 超がつくほど高性能な私。


 人間が持つ愛というものがいかに狂った感情なのか。ご主人様に仕えたおかげで深く、深く、学習することができました。


 私はご主人様に仕えることができ、愛することができ、とても幸せでした。

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― 新着の感想 ―
「愛」という感情を、人間よりも機械のほうが愚直に最後まで遂行してしまう皮肉が印象に残りました。
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