階段キャーのシーンではあの行進曲が聞こえてくる
階段から突き落とされたヒロイン。
階上で驚く公爵令嬢。
駆けつける王子殿下。
学園もの恋愛ゲームの修羅場か?!
だが、階段から落ちて軽傷なのは、フィジカルおばけだけ!
どんなに段数が低くても、階段から足を踏み外したとしても、怪我するじゃないですか。
恋愛ゲームや乙女ゲームをプレイしたことのある方々は思い出して欲しい。
ゲームをやったことのない方々は知って欲しい。
主人公ヒロインは、すなわちプレイヤー。ゲームをプレイする側である。
どんな困難にもめげず、折れず、前向き時に後ろ向きに突き進んで行くのが、主人公だ。
精神的にも身体的にもタフであると。
そんなお話。
お楽しみいただければ幸いです。
「キャーッ」
平民育ちの男爵庶子女子が、肺活量の限界を超えた悲鳴を上げて階段を転がり落ちてゆく。
階段の踊り場で私は衝撃のあまり、あの行進曲と前世の記憶の一部が頭の中に流れ込んできた。
「クリスティーネ!」
私の婚約者の第一王子殿下が廊下の端から駆けてきて、彼女の元に膝をつく。
「殿下!動かしてはいけません!
頭を打っていたら、動かしたら死んでしまいます!
誰か学校医をお呼びして!」
私の指示に集まってきていた生徒の中から、同学年の騎士科の男子が2、3人かけて行った。
「エリオット様…。ソフィア様が…」
クリスティーネが弱々しくエリオット殿下を見上げる。
「ああ、なんてこと。
素晴らしいわ、クリスティーネ様!
その計算され尽くした顔の角度!
伸ばした手の可憐さ!
庇護欲をそそる声色!
パーフェクト!!!」
公爵令嬢にあるまじき、階段を小走りに駆け降りた私は、傍に膝をついてクリスティーネ様の状態を確認した。
殿下とクリスティーネ様が、何言ってんだコイツ、と言いたげな顔で私を見る。
「見てください殿下。
講堂に入る39段の大階段の最上段から転がり落ちて、ほとんど怪我をしていらっしゃらないわ。
なんて見事な体捌き!なんて美しいフィジカル!」
「何を言っているんだソフィア」
「ああ、これが伝説の階段落ち!!!」
呆然とするエリオット殿下をほったらかして、私は感極まった!
そう、階段落ちの瞬間に蘇った前世の記憶から、かの行進曲が映像とともにずっと流れているのだ。
もちろん、頭の中に。
「階段落ち? 伝説の?」
殿下が疑問を呟いた時に、学校医が到着した。
「とにかく、ドクターにクリスティーネ様を診ていただきましょう」
「あ、ああ。ドクター、診察をお願いする」
「かしこまりました。
階段から落ちたということなので、動かさず、このまま診察しましょう」
宮廷医のご子息であり元軍医である、三十代のイケメン学校医がクリスティーネ様の診察をはじめた。
なお、軍医時代に気性の荒い一兵卒たちに侮られないように整えたカイゼル髭は、甘いマスクにミスマッチで当時も今も不評だ。
エリオット殿下は心配そうにクリスティーネ様を見守り、時々思い出したように私を睨まれた。
しばらくすると診察が終わり、
「本当にこの39段の大階段の最上段から落ちたのですか?」
信じられないと震える声で、ドクターが私とエリオット殿下を見る。
「どういうことだ?」
殿下が怪訝な様子で問うと。
「軽い擦過傷だけで、ほとんど無傷です。頭も打っていません。
この女子生徒は何者ですか?」
「ほとんど無傷?」
エリオット殿下が、膝をついたまま、大階段を見上げる。
それから、私を見て、
「君が突き落としたのでは?」
「まあ、なぜ私が?」
「クリスティーネに嫉妬して」
「なんですって?!
私、クリスティーネ様のファンですのよ!
突き落とすなんて危ないことしませんわ」
「は? ファン? え、なんで?」
エリオット殿下のぽかーん顔、可愛いですわね。
「どゆこと?」
倒れ伏した体勢から、ぺたん座りになったクリスティーネ様が普段より少し低い声で呟く。彼女の素の声だ。
「まあ、だってクリスティーネ様は演技が素晴らしいのですよ。
体幹も体捌きも体力も、それでいて見せ方、演出力もとても洗練されていて、ああ、学園という身近で観られて楽しくて!」
私が熱弁する。
「身近で観てた…?」
エリオット殿下がもはや得体の知れないものを見る目で私を見る。
「ええ、ええ。
入学した日から、殿下の前で護衛や側近を警戒させずに、軽やかに可愛らしく転ばれた、あの時の衝撃と言ったら!
転びながらエリオット殿下に自然に目を合わせる高等技術!
おずおずとした庇護欲を掻き立てる声色としぐさ。
その後も、偶然を装い出会いを重ね、さりげなく接近し、会話も男性に一切気負わせず、軽やかで楽しい話ばかり。
思わず、観劇に友人を誘い、取り巻きや学園の護衛に公爵家の者を増やし、一つの場面も見逃さないように手配いたしましたの。
素晴らしい日々でした。
クリスティーネ様や殿下たちに気が付かれないように、みなさまと観劇いたしました。
さらに、思わず、絵の上手い生徒に声をかけ、描かせましたのよ。
クリスティーネ様の7オクターブのお声も記録できたらいいのに」
一気に言って、少々疲れましたわ。私は普段はあまり喋りませんし、大きな声も出さないので。
集まった生徒たちの中には、一緒に観劇した友人たちもいらしているわ。
「は? え? ずっと見られていた? 娯楽になってた?」
エリオット殿下は真っ青になって、震えていらっしゃいます。
「エリオット様の婚約者であるソフィア様や、側近の方々の婚約者様たちが全く絡んでこなかったのって」
呆然と呟くクリスティーネ様。
「それで、今日は大変驚きましたわ!
まさかクリスティーネ様が、一度きりしか地方公演されなかった伝説の階段落ちをご存じだったとは!
落ちかたも完璧でした。
落ちはじめは、誰かに突き飛ばされたかのように腕を大きく振るって、一回転ののちは頭を打たないように、肩を内側に入れて腕を前でクロスさせ、お怪我をなさらないようにお尻をクッションに、足から斜めに徐々にスピード落としての落下。
最後に可憐に二回転なさり、階段下から少し離れたところにうつ伏せに倒れ伏す。
パーフェクトです!
ベテランのスタントマンも顔負けでございました」
一呼吸おき、
「ゴロゴロと階段を落ちている途中で回転してしまうと、派手ですが、大怪我をなさってしまいます。
エリオット殿下に血まみれのご自身をお見せになってしまうと、殿下のお心に傷を負わせてしまいますし、今後のご活躍に支障が出てしまいますものね。
その矜持、素晴らしいですわ」
あまりの見事さにテンションの上がりっぱなしの私が、堪えきれなくなって拍手してしまったら、集まってきていた生徒の皆さまも拍手なさりはじめ、徐々にその拍手は大きくなりました。
友人の何人かは感極まって涙ぐんでいらっしゃいますわ。
わかります。素晴らしすぎましたもの。
「ど、どうするつもりだ…。私を断罪する気か?」
エリオット殿下は恐怖で青から白にお顔の色が変化していらっしゃいます。
「断罪? なぜ?」
私は心底、殿下のおっしゃている意味がわかりません。
「見ていたのだろう、ずっと、余さず」
「もちろんですわ。
エリオット殿下が皆を楽しませてくださったお心の広さと、ご自分を道化まがいにお見せになった胆力に感謝しております。
おかげで学園ではいじめが全くないのです。そんな暇がないのです。
クリスティーネ様は、勘違いした男子が廊下ですれ違いざまにぶつかろうとしても、
ああ、あの時のぶつかる直前での華麗な足捌き、美しく素早いターン!
ぶつかり損ねた男子がバランスを崩して転んでも、振り向きもしないで颯爽とスルーなさった時には、私たち喝采いたしましたのよ」
「ええー、平民街ではフツーだし」
素の状態で少し照れているクリスティーネ様もいいですね。貴重です。
「ソフィア、君をないがしろにしたし、クリスティーネと結婚しようと思ってたし」
殿下は混乱しているご様子。目が泳いでいらっしゃる。
「公妾なんてとんでもない!
クリスティーネ様のための劇場を王都に作らせていますのよ」
「劇場?!」
「ええ、王家、男爵家、ご友人たちのお家にもご協力いただいています。
男爵様はとても喜んでいらっしゃったわ。
もちろん、クリスティーネ様がプリマでヒロインよ!
クリスティーネ様、想像してみて。
全ての貴族、裕福な商人、劇場に入れない民たちまでも、あなたに喝采を。拍手を。
あなたの素晴らしい才能、類稀なるフィジカルと、それらを伸ばし続けた努力!
その全ては、たった一人のものにするなんて冒涜よ。
クリスティーネ様が主役の演目しかしない専用の劇場ですわ!
パトロンは私とエリオット殿下です。
階段落ちはお美事でございましたが、危ないので封印いたしましょう。
クリスティーネ様ご自身が伝説になりませんか?」
リンゴマークのCEOのようなプレゼンをすると、クリスティーネ様は呆然とした様子から瞳が輝きはじめ、胸の前で手のひらを組むお祈りポーズをし、静かに瞳を一度閉じた。
何かを決意したように、瞳をゆっくり開けながら、すっと立つ。
私を、エリオット殿下を、そして私たちを取り囲んでいる生徒たちを、早くも遅くもない絶妙なスピードで体ごと一周し。
私に向かい合い。
いつものかわいいけれど拙い仕草とは違う、これまで見せたことのない可憐で優雅なカーテシーで、
「アウノラ公爵ご令嬢、ソフィア公女殿下に、これまでのご無礼をお詫び申し上げます」
「謝罪を受け入れます」
「この度のお話をお受けいたします。私、クリスティーネは全身全霊を以て伝説に向かって邁進いたします」
「嬉しい!やはりクリスティーネ様は凛々しさもお持ちになっていらしたのね。
ああ、こけら落としの演目は何にいたしましょう!」
誰からともなく拍手が沸き起こり、感動したクリスティーネ様が涙ぐみながら皆様を見回すと、やがて万雷の拍手となった。
エリオット殿下は膝をついたまま、呆然とこの光景をご覧になっていた。
殿下の側近たちは、感極まって拍手し、その顔には涙がとめどなく流れていた。
こうして、80歳の寿命を迎えるその時まで、舞台に立ち続けた伝説の歌姫女優が爆誕した。
殿下はあの後、クリスティーネ様の凄さや、気が付かず恋に浮かれていたこと、私のオタクっぷりなど、気持ちを落ち着かせるのに一年くらいかかった。
かかりすぎ?と思いきや、反省を込めて自分自身と向き合い、私とも向き合ってくださった。
即座に謝られて反省したと言われても、本当かしら、と疑ってしまっただろうから、これでよかったのだろう。
時々、一人で寝る時にフラッシュバックして悶えていらっしゃるとか。
私もCEOポーズでのスピーチを思い出して、恥ずかしくなっていたりもいたしますもの。
前世の記憶は、時々かけらがこぼれるように思い出すけれど、連続性がなさすぎてショート動画を見ているようです。
私とエリオット殿下は、こけら落とし公演から最後の公演まで全て、初演と千秋楽を観に行った。
公務が重ならないように、忙しくなりすぎないように、文官たちを増やして調整した。
結婚式や出産など、どうしても外せない公務もあり、全通は無理だった。当たり前なのだが、二人して悔しがったのもいい思い出だわ。
公演後は必ず楽屋に行き、彼女に会った。
最後の方はかなり体がしんどかったが、私たちの子供たちや孫たちも手伝ってくれ、健康管理もしっかりした。
クリスティーネ様は、何度か浮き名を流したが結婚はしなかったの。
彼女曰く、
「どの方も、スポットライトと万雷の拍手ほどに私を満たしてくれなかった。
私は死ぬ瞬間まで舞台に立っていたい」
そう、恋さえも舞台ほどに彼女を満たしてはくれなかったのね。
クリスティーネ様は男女二人の子を産んだ。
彼女は、生家の男爵家、および子供たちの男親の協力を得て、できるだけ手元で育てたが、
二人とも、「お母様ほどの情熱もストイックさも持てない」と、演劇の道には歩まなかった。
男親たちは貴族だったので、そちらの家に養子に入りデビュタントして、結婚、子供も生まれた。
クリスティーネの様の葬儀は家族と関係者だけで行い、お別れ会は劇場で華やかに行なった。
たくさんの人が彼女を悼み、劇場も周りの道路までお別れの花で埋め尽くされた。
彼女を見送る私の頭の中に、あの行進曲が流れていた。
クリスティーネ劇場では、ミュージカルが主です。彼女は歌もうまかった。盛りすぎですかね?
階段から突き落とされる、すなわち階段キャー。
王族が通う学園で、カッターキャーはできないからか、いつの頃からか定番化しつつありますね。
でも、年代のせいか、私は階段キャーを読むと蒲田行進曲が流れてしまいます。
本家も面白いし、味わい深いのですが、とんねるずのパロディコメディ版も面白かったです。
今となっては、コンプラ的にも階段落ちは絶対にできないでしょうから、リメイクされないと思うので、興味が湧いたら映画をご覧になってください。
あと、この間、映画版ウィキッドの前編を見ました。
グリンダ役のアリアナさんの細さ! 細くても鍛えられてるなぁ、やはり可愛い仕草は筋力!なのだなと、感心してしましました。
エルファバ役のシンシアさんのメリハリの効いた鍛えられたボディも美しいですよね。
歌唱力は言うに及ばず。素晴らしい。
何が言いたいかというと、可愛い仕草とボディメイク(細いけれど適度に脂肪もついている魅力的な)は、筋力とトレーニングありきだと。
何もしないで、ありのままも可愛いといえば可愛いのですが。
本当に天然のままだと、眉毛を整えていなかったり、よく見ると1ミリ2ミリの口髭がちょろっと生えていたり、腕毛もすね毛も処理していなかったりするじゃないですか。
整えられていたら、もう天然でも無垢でもないんですよねー。
あと、うっかり恋に落ちちゃう王子がクズすぎたりポンコツすぎたりすると、なんか王子も悪役令嬢も可哀想になります。
恋に落ちるだけの説得力があった方が好みです。
後書きが長くなってしまいました。この辺で。




