人類が恐れた巨壁②
明かりがついた家の扉を恐る恐る開けると、入り口のすぐ先にある食卓の前に母が立っていた。今朝オルセが果物をかじった場所である。目を吊り上げた母は、振り返るなりオルセに向かって声を荒らげる。
「オルセ!どこへ行っていたの!?心配したじゃない」
長い旅になる覚悟をしていた。
危険な目に遭うかもしれないのは承知の上だ。
当然、母には心配をかけるだろうし、もし帰ってくることができたなら、きつく叱られるだろうとわかった上で出発した。
そう。これは、一世一代の冒険のはずだったのだ。
オルセは、自分の肩から力が抜けるのを感じ、泣きたいような気持ちになった。
こんなに早く、しかもこんなにあっけなく戻ってこられるとは……。一日中ひたすら歩いて、ずいぶん遠くまで来たような気がしていたのに、実際には壁をただ一周してきただけだった。拍子抜けしたオルセは説明する気にもなれず、ただ一言
「ごめんなさい、母さん」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
しかし母の怒りはおさまらなかったようで、仕事から帰ってきた父にすぐさま報告され、結果的に父親と母親から詰問されたオルセは、仕方なくすべてを話すはめになった。眉を吊り上げてばかりの母とは違い、父はオルセの話を聞いたあと大きく笑って、しかしすぐに笑顔は哀しげな笑みに変わった。
「オルセ、父さんたち大人は子どもを守る義務がある。だから壁の向こうを見たいなんて子どもたちが思わないように、いろいろな話を聞かせてるのさ。壁の向こうに何があるのか、その真実は父さんだって知らない。だけどこれだけは知っている。あの壁は、この街の人たち全員を守ってくれているんだ。あの壁を越えることは、すなわち命を落とすことと同じなのさ、それだけは間違いない。だからもう、二度と、壁の向こうを見たいなんて思わないでほしい」
オルセは、二度と勝手に家を出たりしないこと、壁の外を見ようとしないことを約束させられた。不満はあったが、13歳のオルセには従うより他に選択肢はないように思われた。




