人類が恐れた巨壁①
少年オルセは、高くそびえ立つ壁を見上げた。
白く明るく広がる空に突き刺さらんばかりの高い壁。子どものころから当たり前の景色として、ずっとそびえ立っている「囲い」である。そして壁が終わる先は見えない。「この壁の向こう側はどうなっているのだろう」生まれてからずっと思い続けてきたこの問いに、答えてくれる大人はいない。
「この壁の向こう側?そりゃ死後の世界があるのさ。だから壁を越えようなんて思っちゃいけない。あの向こうに行ったら待っているのは死だ。二度と戻ってはこられないぞ」
ある大人は神妙な顔でオルセを脅した。またある老人はこう語った。
「ここが退屈だって?そりゃそうだ、なにしろここは楽園なんだから。壁の向こうにはどこまでも続く闇が広がっていてな?足を踏み入れれば罰がくだるんだ、恐ろしい鬼に追いかけられて食われちまうぞ」
幼かったオルセは、大人たちに聞かされる物語に恐怖を覚えたものだ。悪魔にそそのかされ壁を越えたばかりに、罰がくだり、地獄へ落とされた愚かな恋人たちの物語。あるいは、亡き妻を救うために勇猛果敢に壁の向こうへ行ったものの、すっかり魔物と化してしまった妻に食われそうになった男の物語。それは飽きるほど聞かされた定番だ。
オルセだけではない。何度となく繰り返し聞かされる恐ろしい物語に子どもたちは怯え、彼らが大人になるころには、もう誰も壁の外を見たいなどとは思わなくなる。そして大人になった彼らは、同じように子どもたちに話して聞かせる。こうして恐怖の物語は長いあいだ語り継がれてきたのである。
だがオルセは違った。幼いころには他の子ども達と同じく、壁の外にいるとされた魔物に怯えていたが、成長するにつれ、日に日に募る好奇心を持て余すようになった。しだいに、どうしても壁の外を見たいと思うようになり、せめてこの壁が、どこまで続いているのかだけでも知りたかった。
13歳のある日、周囲の大人に内緒で旅に出ることをオルセは決意した。朝早くにこっそり寝床を抜け出したオルセは、食卓に置きっぱなしにされた果物をかじり、パンと水の入った缶をバッグに詰め込んで家を出る。
家から一番近い壁まで行って、そこから先は、壁沿いにひたすら歩くだけの旅だった。しばらく見慣れた景色が続いたあとで、少しずつ見たことのない場所へと壁は続く。だが、どこも似たような家ばかりが並び、すれ違う人は知らない人ばかりになったものの、特に目新しい景色には出会えないでいた。
ときどき、暇を持て余していそうな大人に、オルセは尋ねてみた。
「この壁はどこまで続いているか知っていますか?」
だが、その問いに明確な答えをくれる者はなく、壁の外についても尋ねてみたが、やはりオルセの周りの大人たちと同じような話を聞かされるばかりであった。
ただ一つ、実際に壁の外を見た男がいるという情報を得ることができた。その男は、果樹園を任されていた元は農夫であったらしく、壁の外を見て帰ってきて以降は気が変になったという。今や老人となった彼は、もはや会話もまともにできない状態らしい。オルセはその老人に興味をもった。本当に壁の外を見たのなら話が聞きたい。
辺りはすっかり暗くなりかけていた。とりあえず今日はどこかで野宿をしようと、適当な場所を探していたオルセは、ある違和感に気がついた。
暗くてよく見えなかったため気がつくのが遅れたが、ここには見覚えがある。そう、そこは、オルセが生まれてからずっと住んできた家の近くとそっくりなのだ。
半信半疑でしばらく歩みを進めたオルセは、間もなく愕然とすることになった。
彼がたどり着いた先は、今朝がた飛び出してきた生家そのものだったからだ。
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イラストはAI生成画像ですが、YouTubeでは未掲載のイラストも多数載せているので、興味があればのぞいてみてください。↓
https://youtu.be/8zi9DdP85mg




