シュバウル人の姿
どれくらいの沈黙が続いたであろうか。さらにもう一段階傾いた陽に照らしだされたカダは、まだ口を開こうとしない。
ヒネは、重く滞った空気を払うかのように尋ねてみた。
「あの、なぜ『彼らと意思疎通を図ることもあるのか』などとお尋ねになったのでしょう。彼らはめったなことでは交信を許してくれないと感じております。彼らと交信する手段を知っておいでですか?」
それは常々ヒネが思っていたことでもあった。ヒネは、少なからず「彼ら」つまり自分の祖先とされる者たちと意思疎通を図ってみたいと思い、実際に何度か試したことがある。
だがいずれも「彼ら」がそれに答えてくれることはなかった。どのみちヒネの方に何か用事があるわけではない、ただの好奇心だ。彼らもまた、用がないからヒネとは通じないのであろうと解釈していたのだが。
「彼らと交信する手段か。そうだな、確かにこちらから彼らに交信するのは難しい。彼らはいつでも一方的だ。……いや、こちらの意志にかかわらず、必要なときは向こうからやってくるといった方がいいのか」
最後の方で、独り言のようにつぶやかれたカダの言葉に、ヒネは少し驚いた。
「カダ様は彼らとお会いになったことがあるのですか?」
カダはヒネに目をやる。視線と視線がぶつかる。カダはさっと目を逸らした。しかし、
「ある……」
短くそう答えた。
ヒネは心の中で歓喜する。長く、ずっと憧れた人にようやく出会えたかのような気分だった。
「彼らはどのような見た目をしているのですか? やはり私たちと同じような風貌なのでしょうか?」
今まで、控えめな女性といった様子で口数の少なかったヒネが、にわかに興奮したように食いついてきたため、カダは少し面食らいながら顎に手をあてる。
「そうだな……彼らはその、小さい。まるで未熟な職人がこしらえた傀儡のようだ。身長は我々の腰より下くらいしかなく、肌は銀色で頭が大きい。目は黒く大きくて、ほかにあるのは簡素な口だけだ。あと足が短くて手が長く……これは、歩行する際、転びにくくするためだそうだ」
ヒネは目をしばたたく。自分たちの祖先だと聞いていたから、多少の違いはあるだろうと想像してはいたものの、カダの話ではまるで別物のように思える。
「冗談だ」
しばしの沈黙ののち、カダは笑いをかみ殺すように言った。その場で考え込んでしまっていたヒネは、カダの言葉に目を上げる。
「いや、半分冗談で、半分本当だ。」
カダが続けた。
「彼らは我々と接触するときは、たいてい傀儡を使うらしい。私が知っている個体の見た目は先ほど話したとおりのものだった。彼らは、傀儡と自身の脳波を一致させ、その筐体を遠隔で操り自由自在に動き回る。傀儡が触れば彼らも触れるし、彼らが話そうと思えば傀儡を介して話ができる」
ヒネは驚いて尋ねる。
「なぜそのようなことをするのですか?」
「彼らは体内に、我々にとって……いや、この星の動植物にとって有害な細菌や病毒を宿しているからだ。同時に、彼らにとって、この星の環境は有害だ。だから、直に相対するのは難しい。されども……」
カダの目に今度こそ、はっきりとした影が差す。視線を遠くにやりながらカダは続けた。
「されど、一度だけ本物の彼ら、彼らのうちの一人に会ったことがある。ガラス越しではあったが……彼はその、とても美しいお方であった。銀色の髪に白い肌、瞳の色は吸い込まれるような翠緑の色をしていた」
ヒネは目を輝かせた。カダの目を通して、ヒネも、その姿を見たような気になる。
ずっと前にヒネは、美しい種族の人たちの営みを夢の中でのぞいたことがある。やはりあれが「彼ら」シュバウル人だったのだ。
カダは、小さく息をついてから窓の外に目をやる。はっとして、ヒネも窓の外に目をやれば、すでに窓外は真っ暗になっており、気がつかぬうちに室内には明かりが灯っていた。
「長く話しすぎたようだ……。それでは、ヒネといったか?」
「はい」
ヒネも改まってカダに向き直る。
「今日はもう遅い。今夜は、ここ“スベラギの塔”でゆっくりと休み、荷物をまとめたら明日の朝には故郷へ帰りなさい」
「へ?」
ヒネは驚いて目をしばたたく。
「あの、それはつまり……」
ヒネが言葉を言い終わるよりも前に、カダはさっさと応接の間を出ていった。ヒネは呆然とその場に立ち尽くす。どうやら試験は「不合格」だったようだと悟った。
ヒネは自室に戻った。自室といっても、数日前にこの塔に来たときに通されて、それから滞在していた客室だ。明日にはもう、自室ではなくなる。
「いったい何を間違ってしまったのだろう」
ヒネは、ため息をつきながら設えられた椅子に腰を下ろす。先ほどまでのカダとのやりとりを、思い出せるかぎり頭の中で反芻してみる。だがやはり、不合格の理由にヒネは思い至らなかった。
ヒネは、神呼としての才能には自信があった。 “大陸の神呼”になりたかったわけではない。ただ、自信があっただけに合格できなかったことは、正直に言えば恥辱と感じる。
ふとのぞんだ窓の外でまた一筋、海に向かって急降下する光をヒネは見つけた。先ほどカダと話していた「彼ら」が乗った宇宙船だ。ヒネが幼いころは数日に一つか二つ、見つける程度であったが、ここ最近では一晩のうちにいくつも見かける。最近、空が騒がしいと言ったのは、このためであった。
しかしカダは最初「あれが聴こえるのか?」と問うた。それは、ヒネが先ほど申し伝えた唄のことではなさそうである。「聴こえる」とは、いったい何のことであろう。




