第7話 揺らぎ
第7話 揺らぎ
最近は穏やかな日常が続いている。
変わらない朝に、陽射しの暖かさが静かに染み渡る。
「……おはよう。……ちょっと難しい顔してるよ」
テンムはいつも通り薬を飲み、いつも通り動いている。
違和感はないはずなのに――声が、少し遠くから響いてくるように感じた。
心配になり、テンムのおでこや頬に触れる。
温度はあるのに、どこか鈍い。
自分の感覚がおかしいのか、テンムが変わっているのか、判断がつかない。
「ねぇリアン。最近ね、気づくと視線が自然と空に向いてるの。
前は両方だったのに……最近は、上の方が近い気がするの」
淡々と、まるで当たり前のことを話すような口調だった。
「下にいると落ち着くの。
でも、いつか……どちらにするのか、決めないといけない気がするの……」
前は「自分が二人いる」と言っていたのに、今日はその話をしない。
それが、なぜか一番不安だった。
◆
いつものように調査依頼で森へ向かう。
「上が近い、か……どこに行こうと側にいたいんだけどな」
空を見上げる。
自分も空を見ることが増えている気がした。
《空歩》でどれだけ上に行けるのか――そんなことを考えている自分に気づく。
森に入ると、静かな圧が近くでこちらを見ていた。
だが今日は、すぐに去っていく。
その去り方は「来い」と言っているようだった。
高さのある地形に差し掛かり、《空歩》を使おうとする。
だが――足場が生まれない。
「……なんで?」
他の魔法は使える。
なのに《空歩》だけが拒まれている。
“今は違う”という感覚が胸に残った。
意図的に制限されている、としか思えない。
焦りが強くなった瞬間、静かな圧の気配が一瞬だけ入り込んだ。
だが、意味は読み取れなかった。
(条件は、力ではない
まだ、揃っていない)
声ではない。
けれど確かに“伝わった”。
必要な調査は終わった。
森の圧も気になる。
自分の異常は帰ってから確かめればいい。
早いが、今日は戻ることにした。
◆
ギルドに報告すると、森奥の立ち入り制限が正式に発表されていた。
理由は――
「魔力観測不能域」
「調査不能」
誰も踏み込めない区域として認定されたらしい。
◆
家に戻ると、庭で空を見上げているテンムがいた。
陽光の反射で、身体全体が淡く揺れて見える。
「怖くないよ」
儚げな雰囲気で、意味深な言葉を落とす。
自分に向けたものではないと、すぐに分かった。
夜、布団に入っても眠れず、窓の外を見る。
月は雲に隠れ、姿を見せない。
テンムは何かを感じている。
《空歩》の異常と重なり、
――追わなきゃいけないのかもしれない。
そんな思いが、静かに胸を揺らしていた。




