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第6話 まだ、選べない

第6話 まだ、選べない


テンムがいなくなる夢を見た。

触れられそうで触れられない場所。

怖くはないのに、帰れない感覚だけが残る。


胸がざわつき、思わず隣を確認する。


「……居るのが当たり前だよな」


自分に言い聞かせるように呟き、頭を掻いて家事に向かった。

寝ているテンムの呼吸と頬の赤みを確かめ、ようやく鼓動が落ち着く。


朝の日課を終えて戻ると、テンムが微笑んだ。


「リアン、おはよう。今日もいい天気だね。体調もそんなに悪くないよ」


言葉はいつも通り。

ただ、差し込む陽光のせいか、輪郭が淡い光のように揺れて見えた。


自分の方がおかしくなってきいる気さえしている。

目もそうだが、《空歩》を使っていないのに、使って歩いているような感覚すらある。


「夢を見たの。空や月や階段みたいなもの……怖かったけど、嬉しい気持ちだけが残ってる、不思議な夢」


テンムの手を握り、目を覗き込む。

そこにあるのは――不安か、希望か。


「不安かもしれないけど、ずっと君の側にいる。ただ、それだけは変わらない」


テンムは静かに頷いた。


こういう時、「大丈夫」や「心配しないで」は軽すぎる。

愛を伝えたい時ほど、希望も絶望も言葉にしない。

平坦に、ただ寄り添う――そう決めたのだ。



仕事の準備をしてギルドへ向かう。

依頼ボードを見ると、森関連の依頼が微妙に減っている気がした。


「あの奥」が立ち入り制限になったという噂も耳にする。

理由は不明。公式発表もない。


適当な依頼を受付に出すと、受付嬢はいつも通り、調査依頼が減ることを喜んでいた。


森に入ると、すぐに“視線”を感じた。

静かな圧をまとい、こちらを観察している――そんな気配。


指定のエリアを見て回るが、異常はない。


「次行くか……高いな」


反り立つ崖は、今まで越えたことのない高さだった。

地図を広げて迂回路を探す。


「うげ……回り道は……ほぼ1日かよ」


今日中にここまで進みたい。

考えた末、登るしかないと判断した。


どうやって?

何度も自問し、重ねてズラしていけば行けると結論を出す。

理解した瞬間、身体は動いていた。


だが、思ったより難しい。

魔力操作には自信があったが、上へ向かうのは勝手が違う。


途中で体勢を崩すが、反射的に新しい足場が生まれる。

焦り、恐怖、不安――すべてが重なり、魔力操作をしようとした瞬間。


足場が“ある前提”になってしまった。


足元が空に溶けるような感覚が走る。


……ぶつか……る?


気づけば地面に立っていた。

登っていた記憶はあるのに、何かがおかしい。


「今のは……何が起きた?」


静かな圧が、さっきより近い。

耳の奥で、言葉にならない思念が揺れた。


(空歩を変えたのではない

環境を整えただけ

歩いたのは彼自身

まだ「選べない」状態であることを確認)


はっきりとは聞こえない。

だが、確かに“何か”がいた。


釈然としないまま、家路についた。



家に戻ると、テンムが食事を用意して待っていた。

その姿はいつも通りのはずなのに、どこか淡い。


「……おかえ……り。」


テンムの視線がふっと上へ向かい、何かを追うように揺れる。


「森が呼んでる気がする……」


「時々、意識がフワフワして飛んでるような感覚がある。自分が二人いるみたい。不思議だね」


言い終えると落ち着いたのか、座って食事を促してきた。


頷くことも、肯定することもできない。

胸の奥が、誰かに掴まれたように痛む。


促されるままに、日常へ戻った。



月が陰り、誰もが寝静まった夜。

森の奥から、静かな圧が広がる。


まだだ……。

次に進もう。


声なき声が、世界のどこかで確かに響いた。

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