第5話 頼まれごと
照りつける朝の光が肌を刺す。
変わらない朝が続いている。
その日常を守れるなら、それでいい――そう思っていた。
《空歩》は、近道になる時だけ自然に使うようになっていた。
成長している自分を実感する。
「家事は終わったよ。薬は飲んだ?」
テンムの返答は予想できる。
今日も調子が良いと言うだろう。
「今日も散歩に行けるくらいには調子がいいよ」
変わらないことが、こんなにも心地いい。
テンムの声は穏やかだが、どこか遠くのものに触れているような響きがあった。
「それなら良かった。仕事行ってくる」
笑顔で手を振るテンム。
その笑顔は優しいのに、輪郭が少し淡く見えた。
◆
ギルドに入ると、受付に呼び止められた。
依頼ボードには、見慣れない調査依頼が貼られている。
危険度不明
討伐禁止
条件付き調査
そして特に目を引く条件。
「空中移動が可能な者」
ほぼ名指しだ。
周囲の冒険者たちも異様さを察しているのか、誰も勧めてこない。
受付の子は「条件に合っている」とだけ告げた。
報酬は高くない。
時間制限は短い。
「怪しいけど……効率は良いな」
危険なら逃げればいい。
そう判断し、依頼書を受付に渡して森の奥へ向かった。
◆
森の入り口付近には魔物の気配があるが、敵意はない。
邪魔をする気配もないため、そのまま進む。
地形は複雑で、高低差が激しい。
地上だけでは進めない場所も多い。
《空歩》を指定された理由がよく分かる。
調査地点に近づくにつれ、空気がわずかに震えているような静かな圧を感じた。
魔法なのか、何なのか分からない。
ただ、意思だけが直接頭に流れ込んでくる。
「見てほしい」
「渡ってほしい」
「確認してほしい」
言葉ではない。
けれど、確かに“伝えられた”。
敵意はない。
むしろ、切実な願いのように感じた。
戻るという選択肢が自然と消えていく。
深い地形の割れ目が道を塞いでいた。
今までの《空歩》では届かなかった距離。
理由は分からない。
だが――行けると思えた。
足を踏み出すと、足場が落ちる前に“何か”が支えてくれたような錯覚があった。
身体が勝手に補正するように、自然に渡り切っていた。
空気が薄く震え、耳鳴りのような静けさが漂っていた。
指定の場所に着いたが、何もない。
周囲を回って確認しても、やはり何もない。
調査は完了。
ギルドには「異常なし」としか書けなかった。
帰り道で、薬の素材に使える“質の良いもの”を偶然拾った。
偶然とは思えなかったが、深く考えるのはやめた。
◆
家に戻り、テンムと食卓を囲む。
今日一日の話をお互いにする。
「調子は良かったよ。この浮き沈みの理由が分からないけど」
元気ならそれでいい。
素材と報酬をテーブルに置くと、テンムは少し眉を寄せた。
「討伐と調査の二つはだめって……2度目だよ」
怒られるのも、日常のリズムの一部だ。
事情を説明すると、テンムは困ったように笑い、すぐにいつもの表情に戻った。
その笑顔は優しいのに、やはりどこか輪郭が淡い。
いつもの笑顔なのに、光の当たり方で輪郭が揺らいで見えた。
繰り返す日常も、悪くはない。
◆
夜。
皆が眠りについた頃――
森の奥から、静かな意思が広がった。
確認した。
次へ進める。
その声なき声が、確かに世界のどこかで響いた。




