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第5話 頼まれごと

照りつける朝の光が肌を刺す。

変わらない朝が続いている。

その日常を守れるなら、それでいい――そう思っていた。


《空歩》は、近道になる時だけ自然に使うようになっていた。

成長している自分を実感する。


「家事は終わったよ。薬は飲んだ?」


テンムの返答は予想できる。

今日も調子が良いと言うだろう。


「今日も散歩に行けるくらいには調子がいいよ」


変わらないことが、こんなにも心地いい。

テンムの声は穏やかだが、どこか遠くのものに触れているような響きがあった。


「それなら良かった。仕事行ってくる」


笑顔で手を振るテンム。

その笑顔は優しいのに、輪郭が少し淡く見えた。



ギルドに入ると、受付に呼び止められた。

依頼ボードには、見慣れない調査依頼が貼られている。


危険度不明

討伐禁止

条件付き調査


そして特に目を引く条件。


「空中移動が可能な者」


ほぼ名指しだ。

周囲の冒険者たちも異様さを察しているのか、誰も勧めてこない。

受付の子は「条件に合っている」とだけ告げた。


報酬は高くない。

時間制限は短い。


「怪しいけど……効率は良いな」


危険なら逃げればいい。

そう判断し、依頼書を受付に渡して森の奥へ向かった。



森の入り口付近には魔物の気配があるが、敵意はない。

邪魔をする気配もないため、そのまま進む。


地形は複雑で、高低差が激しい。

地上だけでは進めない場所も多い。

《空歩》を指定された理由がよく分かる。


調査地点に近づくにつれ、空気がわずかに震えているような静かな圧を感じた。

魔法なのか、何なのか分からない。

ただ、意思だけが直接頭に流れ込んでくる。


「見てほしい」

「渡ってほしい」

「確認してほしい」


言葉ではない。

けれど、確かに“伝えられた”。


敵意はない。

むしろ、切実な願いのように感じた。

戻るという選択肢が自然と消えていく。


深い地形の割れ目が道を塞いでいた。

今までの《空歩》では届かなかった距離。


理由は分からない。

だが――行けると思えた。


足を踏み出すと、足場が落ちる前に“何か”が支えてくれたような錯覚があった。

身体が勝手に補正するように、自然に渡り切っていた。


空気が薄く震え、耳鳴りのような静けさが漂っていた。

指定の場所に着いたが、何もない。

周囲を回って確認しても、やはり何もない。


調査は完了。

ギルドには「異常なし」としか書けなかった。


帰り道で、薬の素材に使える“質の良いもの”を偶然拾った。

偶然とは思えなかったが、深く考えるのはやめた。



家に戻り、テンムと食卓を囲む。

今日一日の話をお互いにする。


「調子は良かったよ。この浮き沈みの理由が分からないけど」


元気ならそれでいい。

素材と報酬をテーブルに置くと、テンムは少し眉を寄せた。


「討伐と調査の二つはだめって……2度目だよ」


怒られるのも、日常のリズムの一部だ。

事情を説明すると、テンムは困ったように笑い、すぐにいつもの表情に戻った。

その笑顔は優しいのに、やはりどこか輪郭が淡い。

いつもの笑顔なのに、光の当たり方で輪郭が揺らいで見えた。


繰り返す日常も、悪くはない。



夜。

皆が眠りについた頃――


森の奥から、静かな意思が広がった。


確認した。

次へ進める。


その声なき声が、確かに世界のどこかで響いた。

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