第3話 観測できない異変
朝、目が開くと同時にテンムの呼吸を確かめる。
これが一日の始まりになって久しい。
家事を済ませ、起き上がったテンムに薬を飲ませる。
昨日より呼吸は安定していて、熱もない。
ただ、窓の外を眺めるその目は、どこか遠くを見ているようだった。
「森を見ていると……楽な気がするの」
弱い声。
その言葉に、背中の皮膚がざわつく。
言葉にできない違和感が胸の奥で震えた。
「安定したなら良かった。……仕事の時間だ、行ってくるね」
テンムはゆっくり手を振って見送る。
その仕草が、今日はまた別の“儀式”のように見えた。
外に出て、一人で森へ向かう。
◆
「森の異常……か」
魔物が活性化しているなら、薬の素材も手に入るかもしれない。
依頼書には細かい指定が並んでいた。
昨日の報告を受けて、ギルドも慎重になっているのだろう。
フォレストウルフ、ゴブリン。
見つけては観察を繰り返す。
どれも異常なし。
魔力測定機の針も、ほとんど振れない。
表示は平常を示している。
……それでも、気配は消えない。
森の奥から、はっきりとした“見られている感覚”。
敵意はない。
むしろ、こちらを観察しているような静かな視線。
胸の奥が、誰かに掴まれたようにざわつく。
「気のせいではないな……」
魔物の調査をしてきた経験が、これは偶然ではないと告げていた。
刺激してはいけない。
直感がそう告げた。
家路につきながら、森の異変と視線の正体を考える。
だが、推測の域を出ない。
◆
家に戻ると、テンムは少し落ち着いた顔で迎えてくれた。
その顔を見るだけで、胸が緩む。
薬を飲ませると、いつものように舌を出して苦さを訴える。
その仕草が、こんなにも安心をくれるとは。
「今日は少し歩けたから、気分が違ったのかも。
家に居っぱなしも、よくないよね」
朝のあの感覚は、今はもうないらしい。
だが――偶然とは思えない。
テンムと森の関係は、どこかで繋がっている。
そんな気がしてならない。
◆
夜。
窓の外を見ていると、森の方角だけが妙に意識を引く。
あの視線を思い出す。
「病気じゃないとしたら……何なんだ?」
違和感が増え過ぎているだけなのか。
それとも、どれも繋がってほしいと、願っているだけなのか。
答えは出ないまま、眠りについた。




