表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話 婚約者を支える優しさ

森の方角から、理由のないざわつきが肌を撫でた。

朝の家事を終え、洗濯物を干しながら空を見上げる。

晴れた青の向こうに、薄く白い月が浮かんでいた。

その姿がぼんやり見える日は、祈る。

――テンムの病が治りますように。

「月影症……」


月が見える日は、決まって症状が重くなる。


家に戻ると、テンムの頬が赤く染まり、呼吸が浅いことに気づいた。


「……あっ、リアン。また熱が出ちゃったみたい」


「やっぱりか。テンム用の薬は……これだな」


薬を水と一緒に飲ませると、テンムは苦そうに舌を出した。

その仕草が胸を締めつけるほど愛おしい。


「いつもありがとう、リアン。薬も飲んだから、もう大丈夫だよ」


「無理するなよ。素材も残り少ないし、仕事が終わったら採りに行ってくる」


そう言うと、テンムの目が鋭くなる。


「仕事の“後”に行くなら、討伐はダメ。どっちかにして、早く帰ってきてね」


「……わかった。今日は早めに帰るよ」


テンムの視線が静かに告げていた。

――気をつけてね。


手を振られながら家を出る。

外に出るまで何度も振り返り、最後にもう一度だけ家を見た。


テンムが安心して暮らせる家を手に入れるためにも、今日も働かないとな。

頬を軽く叩き、気合を入れる。



ギルドに着くと、依頼ボードの前は朝から人だかりだった。

討伐や護衛依頼は人気だが、俺が探すのは調査依頼。


「これ、お願いします」


受付の女性に依頼票を渡すと、ぱっと表情が明るくなる。


「リアンさん! フォレストウルフの調査、誰も受けてくれなくて困ってたんです。助かります!」


照れくささをごまかしながら書類を受け取り、ギルドを後にする。



森へ向かう途中、門の衛兵に書類とギルド証を見せると、丁寧に挨拶された。

慣れない扱いに少しだけ頬が熱くなる。


森の入口は薄暗く、静寂が深い。

だが嫌な気配はない。

足を止め、耳を澄ませる。

西へ進むと、毛の擦れる音と足音が聞こえた。


「……こっちか」


フォレストウルフの群れを確認し、周囲を一周して調査完了。

帰り道、薬の素材になるフォレストベアに遭遇した。


「テンムは“仕事の後に狩るな”とは言ったけど……任務中に遭遇したら、仕方ないよな」


自分に言い聞かせるように呟き、ナイフを構える。


土の初級魔法《土形成》で小さな板を作り、

風の初級魔法《風膜》でそれを浮かせる。


二つの初級魔法を同時に維持するのは、普通なら無理だ。

だが生活のために毎日使い続けた結果、俺は“二重発動”だけは得意になった。


《空歩》――空中に足場を作り、走る。


風に乗った土の板が、ふわりと前へ滑る。

その上を駆けながら、ベアの死角へ回り込む。


……その瞬間。


「っ……!」


風膜の制御をわずかに誤り、足場が傾いた。

空中で体勢が崩れ、思わず音を立ててしまう。


ベアの耳がぴくりと動き、こちらを振り返った。


――まずい。


振り返りの“隙”を逃すわけにはいかない。

落下しながら、首元めがけてナイフを突き立てた。


刃が肉を裂く感触。

だがベアは即死しない。

怒り狂ったように暴れ、巨大な爪が俺の顔を狙う。


「くっ……!」


ナイフは喉元に刺さったまま。

両手が塞がっていて防御できない。


爪が目に届く――その瞬間。


火の初級魔法《火花》を、至近距離でベアの目に叩き込んだ。


「ガアァッ!」


ベアがのけぞり、爪の軌道が逸れる。

その隙にナイフを引き抜き、胸へ深く突き刺した。


巨体が崩れ落ちる。

息を整える暇もなく、素材の劣化を防ぐために素早く剥ぎ取りを始めた。


《浄化》で血を落とし、袋に収める。


「……危なかった。けど、思ったより素材が少ないな」


もっと欲しい気持ちはあったが、テンムの顔が浮かぶ。

今日は帰ろう。



その時、森の奥で木々が不自然に揺れた。

風ではない。

“何か”がこちらを見ている。


敵意はない。

だが、ただの獣とは違う圧がある。


――「……月の子……呼んで……」

人語に似ているが、どこか“湿った木の軋み”のような響きだった。



正体不明なだけに、これ以上は刺激しない方がいい。

森を離れ、ギルドへ戻る。



「リアンさん、お疲れ様です!」


朝の受付の女性が駆け寄ってきた。

どうやらフォレストベア討伐の噂が広まっているらしい。

初級魔法の重ね掛けが珍しいようだ。


「婚約者が待ってるので、帰ります」


報告を済ませ、報酬を受け取り家へ急ぐ。


素材と報酬をテンムに差し出す。

討伐と依頼の両方がだめだと叱られた。


テンムの「仕事の後に狩るな」を、都合の良いように解釈したのは自分だ。

叱られたのを笑いながら受け流し、薬を飲ませ、そばで休ませる。


今日は完璧とは言えなかったけど、いい一日だった。

あの視線――呼ばれているようにも感じた。

テンムには、この事はまだ話せない。

明日はもう一度、森を見に行ってみるか。


夜空を見上げると、白い月は雲に隠れ、その姿を見せなかった

それでも“呼ばれた”感覚が消えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ