風鈴峠
小説家になろうラジオ大賞の参加作品。
目指したものは「日本昔話」です。
木枯らしが吹く中、男は急ぎ峠を越えようとしていた。
陽はすでに山の端にかかり、闇が背後に迫りくる。しかし先の村で、危ないからと強く引き留められたところを振り切ったのは己だ。
野宿を覚悟したところで頬に当たる雫がひとつ。
雨。厄介なことだ。
空を睨んだとき、ちりんと鈴のような音が届いた。
耳を澄ませ、音の鳴るほうへ目をやると、薄暗い木立の奥から聞こえるようだ。
意を決し足を踏み入れる。ぬかるんだ土を踏みしめながら進んでいくと、寂れた庵が現れた。明かりが漏れ、ひとの気配が感じられる。
これは天の助け。雨宿りさせていただこう。
男は戸を叩く。
急な雨に遭って往生している。軒先を貸していただけまいか。
すると若い女が姿を見せた。
夕餉の支度でもしていたか、漂う匂いに思わず喉が鳴る。
中へ入ると他にひとの気配はない。ぽたぽたと雫を垂らす男に、女は手拭いをくれた。礼を言って受け取り顔を拭く。
はよう、こちらへ。火にあたってくりゃれ。
女人がひとりで住まう家に上がりこむのはと躊躇ったものの、誘ったのはあちらである。
男はそろり近づいた。
囲炉裏端へ座ると、女は火にかかった鍋から汁を椀へ注ぎ、差し出してきた。刻んだ根菜と茸が入った雑炊。手のひらから伝わる熱に、男は体の冷えを自覚する。
まずはひとくち。
たちまちに食欲を刺激され、貪るように食った。
誘われるままに盃を傾け、杯を重ねる。
旨い酒、微笑む女。
雨宿りも悪くない。
酩酊する頭に鈴の音が響いた。
視線を向けると、軒先に揺れる風鈴がひとつ。
秋も深まった時分になんとも季節外れなことである。
外れといえば女もそうだ。
襦袢のみをまとい、夕涼みでもしているような気怠さに、色香が纏う。
つと、女が傍に寄った。
まろびでる乳房に、ごくりと喉が鳴る。女の細い指が男の膝頭を這い、唇が甘い息を吐く。
女に口を吸われ、驚きに息を止めた。
氷でも含んでいるような冷たい舌が絡む。
触れた肌は、雨に打たれた己よりも遥かに冷たく、せっかく温まった体の熱が奪われていった。腕にも力が入らず、押しのけられない。見た目よりもずっと重たい女に腕を、足を絡められ、身動きが取れなくなる。
ああ、久方ぶりの獲物じゃ。冬籠りの前に蓄えさせてもらおうぞ。
女の口が横に裂け、チロリと細い舌が覗く。
肌には鱗のような模様が幾つも浮き出ていた。
混乱の最中、男は村人の言葉を思い出す。
雨の夜、風鈴の音に誘われてはならぬ。
大蛇に魂を喰われるぞ。
目指したものは、微エロです。
ちなみにこの男。
日没が近いにもかかわらず、急いで先に行こうとしている時点で、お察しといいますか。
なんぞ悪いことでもやらかして逃げている状況なので、こうなってもまあ、うん。
そういうことです。




