第七話:契約と『鉄の竜』
「そ、素材……? 研究……?」
私の乾いた喉から、かすれた声が漏れた。
目の前の少女――私をこの訳の分からない場所に『招き入れた』張本人は、その幼い顔に、新しいオモチャを見つけた子供のような、無邪気で、残酷なほどの歓喜を浮かべている。
「な……!」
怒りが、恐怖や混乱よりも、一瞬だけ早く私の頭に突き刺さった。
「ふざけないでちょうだい!」
私は、泥まみれの尻が床に打った痛みも忘れ、ガバッと起き上がろうとした。
だが。
「あっ……!」
疲労しきった足が、言うことを聞かない。
無様に、また金属の床に手をついてしまう。
みっともない!
ああ、もう、本当にみっともない!
公爵令嬢としての私が、この数日間で、どれだけ崩れ落ちてしまったことか。
「私は、コレット・フォン・アインツベルクよ! 物や、素材なんかじゃ、断じてないわ!」
私は、床に手をついたまま、必死に、その少女を睨みつけた。
王都にいた頃の私なら、その視線だけで、無礼な相手を黙らせることもできたはず。
けれど。
「……ふむ。コレット・フォン・アインツベルク。……ああ、確かに一致する感じだな。アインツベルク公爵家の、しかも、直系の魔力パターンを感じる」
少女は、私の怒りなど、まるで意に介していない。
それどころか、私の後ろに控えている、あの岩石の巨人――『ゴーレム』とやらと同じくらい、無機質な赤い瞳で、私を分析している。
「だが、それだけじゃない。やはり、面白い。その頭の中……『日本』とやらいう、異世界の記憶が混ざっている。素晴らしい。これ以上の素材は望めないだろう」
「ひっ……!」
この子、本当に、私の頭の中が、分かっているの!?
コレットとしての記憶と、あの『日本』の女の記憶が、ぐちゃぐちゃになっていることまで!
私が、恐怖で言葉を失っていると、少女は、その『玉座』の上で、ふう、と小さく息をついた。
「まあ、いい。議論は後だ。それより……」
少女は、その小さな鼻を、ほんのわずか、クン、と動かした。
「……臭いな」
「は…………?」
「非常に、臭い。獣の血と、泥と、お前の汗と、あと、カビの匂い。……これでは、私の研究室の空気が汚染される。研究効率が著しく低下するじゃないか」
「な……! あ、あなたねえ!」
さっきは『汚い』、今度は『臭い』ですって!?
確かに、私は、あの荷馬車で運ばれ、泥の中を転がり、獣の巣で眠り、魔獣に追いかけ回されたわよ!
臭くて当然でしょう!?
でもそれは、私のせいじゃない!
私が、怒りで体がこわばっていると、少女は、私にではなく、背後のゴーレムに向かって、パチン、と小さな指を鳴らした。
「おい、ゴーレム。その『研究素材』を、居住区画の第七サニタリー室へ運べ。……ああ、そうだ。洗浄と、着替えもだ。あのボロボロの布切れは、焼却処分しておけ。汚染されている」
「なっ……焼却ですって!? これ、お父様……いえ、アインツベルク公爵家が、私のために誂えさせた、最高級のシルクですのよ!」
いくらボロボロになったとはいえ、私の誇りの一部だったのに!
シビルの命令を受け、私を管制室まで運んできた個体とは別のゴーレムが、ゴウン、と重い足音を立てて、私に近づいてきた。
さっきの戦闘用のものより、ひと回り小さい気がする。どうやら、役目ごとに違うものが用意されているらしい。
「いやっ! さわらないで! これは、私が私である……」
「きゃあああああっ!」
私の抵抗もむなしく、あの岩石の指が、またしても、私の襟首……というより、ボロボロになったドレスの首回りを、無造作に掴み上げた。
「離しなさい! この無礼者! 私を、荷物みたいに運ぶのは、やめなさいと言っているの!」
ジタバタと、空中で足をばたつかせる。
なんと、みじめな姿。
公爵令嬢が、まるで、捕獲されたウサギじゃないの。
だが、ゴーレムは、私の絶叫など、まるで気にも留めず。
ゴウン、ゴウン、と、私を小脇に抱えるようにして、あの『玉座』の間――いえ、『管制室』と呼ぶべき場所から、別の通路へと、私を運んでいく。
「待ちなさい! あなた、名前は!?」
私は、せめてもの抵抗で、遠ざかっていく、あの少女に叫んだ。
彼女は、もう、私に興味を失ったかのように、光る『板』に向き直っていた。
「……シビルだ」
少女は、こちらを振り向きもせず、そう、ぶっきらぼうに答えた。
「シビル……!」
その名前を、私は、屈辱と共に、奥歯で噛みしめた。
◇
ゴウン、ゴウン、という、無機質な足音だけが、コンクリートと金属の通路に響く。
私は、もう抵抗する気力も失せ、ゴーレムの岩の腕に、ぶら下がるようにして運ばれていた。
さっきの『管制室』は、異常なほど明るかったけれど、この通路は、等間隔に、白々しい光が点滅しているだけで、どこか薄暗い。
そして、ひんやりとしている。
前世の記憶が、これは『地下施設』だと告げている。
王宮の地下牢とは、比べ物にならないほど、巨大かつ清潔で、そして、人間味のない場所。
やがて、ゴーレムは、ある一つの『扉』の前で止まった。
王宮にあるような、樫の木でできた、分厚い扉とは違う。
金属の『板』。
ゴーレムが、その扉の横にある、別の『板』に、何かをかざしたのか。
プシュウ、と、空気が抜けるような、軽い音を立てて、その金属の扉が、横にスライドして開いた。
自動ドア。
前世の記憶が、また、勝手に、その名前を教えてくれる。
ゴーレムは、私を、その部屋の中に、ポイ、と降ろした。
「いっ……!」
また、尻もち。
とても、レディに対する扱いだとは思えない。
「あなたねえ! 少しは……!」
私が、ゴーレムに文句を言おうとすると、ゴーレムは、もう私に用はない、とばかりに背を向けた。
そして、部屋の隅に無造作に置かれていた、何か――畳まれた『布』を私の足元に、ポイ、と放り投げた。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」
プシュウ。
私の呼び止めも聞かず、金属の扉は、無情にも閉まってしまった。
『聞こえている。さっさと洗浄し、それを着用しろ。効率が悪い』
壁のどこかから、シビルの不機嫌そうな声が響いた。
「…………」
部屋に、一人。
私は、呆然と、その閉まった扉を見つめていた。
……なんなのよ、一体。
私は、ゆっくりと立ち上がり、この『第七サニタリー室』とやらを、見回した。
広くはない。
私の私室のクローゼットほどの広さもないかもしれない。
けれど、そこには、信じられないものが、並んでいた。
白い、陶器でできた、滑らかな『寝台』のようなもの――バスタブ
壁から、風変わりな形の『金属の管』が、いくつも生えている――シャワーと蛇口
そして、壁には、鏡がはめ込まれている
私は、鏡に近づいた。
そこに映っていたのは。
「…………ひどい」
私の口から、思わず、声が漏れた。
そこにいたのは、私が知っている、コレット・フォン・アインツベルクではなかった。
アインツベルク公爵家の誇りであったはずの、美しい金色の髪は、泥、そして、血と脂によって、薄汚い茶色の『束』になって、顔に張り付いている。
頬には、魔獣から逃げる時についた、無数の引っ掻き傷。
額には、枝で打った、青黒いアザ。
そして、その青い瞳は疲労を感じさせた。
まるで、王都の裏路地にいる、浮浪者のようだった。
「…………」
私は、その自分の姿から、目をそらした。
そして、あの『金属の管』に、手を伸ばした。
前世の記憶が、その『使い方』を、私に教えてくれる。
ひねる。
ジャーッ!
「ひゃっ!」
いきなり、その管の先から、お湯が勢いよく飛び出してきた。
温かい。
私は、ためらっていた。
あのボロボロになった、最高級のシルクのドレス。
あれを本当に脱いでしまって、いいのか?
……でも。
シビルの言った通りだわ。
臭い。
汚い。
こんな姿で、あのシビルとかいう、生意気な子供に、これ以上、見下されてたまるものですか。
私は、意を決して、ビリビリに破れたドレスの残骸を、体から引き剥がした。
そして、あの『焼却処分』されるべき布切れを床に叩きつけた。
温かいお湯が、私の冷え切った、傷だらけの体を包んでいく。
泥が落ち、血が流れる。
そして、汗が洗い流される。
「あ……ぅ……」
温かい。
生き返るようだった。
あの獣の巣で、絶望の中で、凍えていた体がゆっくりと和らいでいく。
私は、あの『ガラス』に映る自分を見ながら、夢中で体を洗った。
そこに置かれていた、『石鹸のような泡の出る容器』(シャンプーとボディソープだ、と前世の記憶が言うもの)で、髪も、体も、何もかも。
どれくらい、そうしていただろう。
私が、その『サニタリー室』から出た時、私は、生まれ変わった、とまでは言わないけれど、少なくとも、『人間』の姿には、戻っていた。
濡れた髪を、そこに置かれていた、柔らかいタオルで拭きながら、ゴーレムが置いていった『服』を、手に取る。
それは、王宮で着ていた、フリルもレースも、金糸の刺繍も、何もない。
ただの、灰色の動きやすそうな『ズボン』と、黒い『上着』だった。
前世の記憶が、これを『ジャージ』と呼んでいた気がする。
肌触りは、シルクとは、比べ物にならないほど、ゴワゴワしている。
けれど、清潔で乾いていて、そして、何より温かい。
私は、それに袖を通した。
公爵令嬢コレット・フォン・アインツベルクは、今、死んだ。
そして、ここにいるのは、ただの『コレット』。
プシュウ。
私が着替え終わるのを、見計らったかのように、あの金属の扉が勝手に開いた。
そこには、また岩石でできた巨体が無言で立っていた。
その赤い『光』が、私をじっと見つめている。
「……分かっているわ。マスターがお呼びなのでしょう。今度は、歩いていく。さっさと、案内なさい」
私は、まだ少し濡れた金髪を、かき上げながら、そう言い放った。
もうこいつらに、みっともない悲鳴を上げるのは、ごめんだった。
◇
ゴウン、ゴウン、と、今度は、ゴーレムの後ろを、自分の足で歩いていく。
さっきの薄暗い通路を抜け、再び、あの異常に明るい、『管制室』へと戻ってきた。
シビルは、さっきと、まったく同じ体勢で、『玉座』にふんぞり返り、目の前の光る『板』(『キーボード』だ、と前世の記憶がささやくもの)を、ものすごい速さで、指で叩いていた。
「……来たか」
シビルは、こちらを見もしないで、言った。
「来たわよ。……それで? 私を、どうするつもり? 本当に、研究の『素材』にでもして、切り刻むつもりかしら?」
私は、精一杯の皮肉を込めて、そう言った。
もう失うものは、何もない。
プライドや身分は、あのボロボロのドレスと一緒に、洗い流してきた。
シビルは、そこでようやく、ピタッ、と指の動きを止め、その赤い瞳を、ゆっくりと私に向けた。
私を、頭のてっぺんから、つま先まで、もう一度、じろじろと眺める。
「……ふむ。多少は、マシになったな。その服は、この基地の予備のパイロットスーツだ。お前の魔力適性に反応して、サイズが自動調整されたはずだが……問題はなさそうだな」
「パイロット……?」
聞いたことのない単語。
いや、違う。
前世の記憶が、知っている。
『飛行機』や、『戦闘機』に、乗る人のことだ。
「さあ、本題だ、コレット・フォン・アインツベルク」
シビルが、その『玉座』から、ぴょん、と飛び降りた。
幼い。
本当に、私の半分くらいの背丈しかない。
だが、その赤い瞳が放つ力は、あのライナルト殿下の薄っぺらい権威とは、比べ物にならないほど強烈だった。
「お前、私に言ったな。『何でもする』、と」
「……ええ。言ったわ。あなたに、助けてもらった恩は、ある。あのままだったら、私は、あの魔獣の、餌食だった」
それは、事実。
屈辱的だけれど、認めなければならない。
「でも、その前に、答えなさい。あなた、一体、何者なの? ここは、どこ? アステル王国の、どこにも、こんな場所はなかったはずよ」
「私はシビル。見ての通り、ただの『魔法使い』だ」
「ただの魔法使いが、あんなゴーレムを、何体も従えているとでも?」
私は、ここまで来る間にすれ違った、他の作業ゴーレムのことを思い出しながら言った。
「私のゴーレムは、特別製だからな」
シビルは、フン、と鼻を鳴らす。
この子、自分の能力に、絶対の自信を持っているわね。
「そして、ここは、私の『研究室』。……お前たちの言葉で言うなら、『基地』と呼ぶべきか」
シビルは、そう言うと、私に背を向け、管制室の、一番大きな『板』――『ディスプレイ』とやら、に向かって、歩き出した。
「お前は、この場所が、この世界のものではない、と、薄々、気づいているんだろう? お前の、その『前世の記憶』とやらが、そう、告げているはずだ」
「…………!」
「その通りだ。この『基地』は、異世界から、このアステル王国の、辺境の森に『転移』してきた。……おそらく、お前の言う『日本』とは、また、別の世界から、な」
「別の、世界……」
「私は、この『基地』に、偶然、行き当たった。そして、この未知の『技術』……『魔道具』の数々に、魅入られた。以来、私は、ここで、この技術の解析を、私の魔法を通じて、研究している」
シビルは、そのスクリーンを、愛おしそうに、指でなぞった。
「そして、コレット。お前には、その研究の、最高の手伝いをしてもらう」
シビルが、スクリーンの横にある『板』を、いくつか操作する。
ザザッ、とノイズが走り、目の前の巨大なスクリーンに、映像が映し出された。
「…………あっ」
私は、思わず、声を上げた。
巨大なドーム状の空間――『格納庫』だ、と前世の記憶が言う場所。
そこに鎮座する、一つの『機体』が映っていた。
それは鳥ではなかった。
竜でもなかった。
銀色に輝く、鋼鉄の翼。
鋭く尖った機首。
前世の記憶が、その名前を、はっきりと私に告げていた。
『戦闘機』
「私はこれを、便宜上、『鉄の竜』と呼んでいる」
シビルが、どこか誇らしげに言った。
「この基地と共に、転移してきた、最強の『魔道具』だ。……だが、私にも、まだ、完全には解析しきれていない。そして何より……」
シビルは、そこで、私を、ちらり、と振り返った。
「……動かせない」
「動かせない……?」
「ああ。パイロットが必要だ。そこで、お前だ」
「私……?」
「お前には、アインツベルク公爵家の高い『魔力』がある。そして何より、お前は、これが『何』であるか、その『記憶』によって、理解している」
シビルの赤い瞳が、ギラリ、と光った。
「そこで、取引だ」
「……取引?」
「お前は、この『鉄の竜』に乗れ。……『パイロット』になるのだ」
「私が、あれに……乗る……?」
戦闘機に? 『日本』の記憶では、それは、軍人とか、特別な訓練を受けた人しか、乗れないものだったはず。
公爵令嬢だった私に、そんなことができるわけ……。
「なぜ、私が、そんなことを、あなたのためにしなければならないの?」
そこで気がついた、私は、さらに率直な疑問をぶつけた。
「あなた自身が乗ればいいのではなくて? あなたなら、私より、よほど上手くやれそうですけれど」
「……私?」
シビルは、一瞬、その赤い瞳を、気まずそうに泳がせた。
「え、えっと。その、私の専門は、あくまで『魔法』、そして、この基地の『技術』の解析だ。この世界が生んだ、他に代わりなどがいない、私ほどの天才が、わざわざ危険な『実地検証』などする必要はない」
「危険……? あなた、今、危険と……」
私がその言葉を問い詰めようとした、瞬間。
「――いや」
シビルは、私の言葉を遮ると、慌てたように話を続けた。
「私の解析によれば、これは、100%、絶対に、絶対に安全な魔道具だ。問題ない。……それより、本題を忘れるな」
シビルは、再び私に向き直ると、その赤い瞳で、私の心の奥底を見透かすように、言った。
「お前、『復讐』したいんだろう?」
「…………っ!」
その言葉に、私は、体を硬くした。
忘れたわけがない。
忘れるはずがない。
私の脳裏に、あの玉座の間での、屈辱的な光景が鮮明に蘇る。
私を『毒婦』と呼び捨てにした、ライナルト殿下。
彼の胸で、勝利の笑みを私に向けた、ミレーヌ。
そして。
私を『恥さらし』と、冷たく切り捨てた、お父様。
あの連中を、絶対に許さない。
「……どうやら、図星、のようだな」
楽しそうに、シビルが、その唇をつり上げた。
「お前のその混濁した記憶と、魔力の流れ、そして、こんな辺境の地に一人でいる。その状況からは、だいたいの筋書きは読めている。お前は、何らかの政治的な理由で追放された、哀れな公爵令嬢。……違うか?」
「…………」
「お前をゴミ同然に、あの獣の森に捨て置いた、豚ども。そいつらをそのままにしてもいいのか?」
シビルは、私の耳元で、悪魔のように、ささやいた。
「この『鉄の竜』の力があれば、なんとでもなる。最高の『仕返し』ができると思わないか?」
スクリーンに映る、銀色の『戦闘機』。
『鉄の竜』。
「……でも、私には、あんなものに乗る『適性』なんて……」
「適性?」
シビルは、私の言葉を鼻で笑った。
「そんなものは必要ない。お前がどういう記憶を持っていようと、この機体を操縦するための専門技術や訓練は、一切不要だ」
「……どういう、ことですの?」
「この機体は、私が改造した」
シビルは、自信満々に胸を張った。
「この基地の動力炉と、この土地の魔力の流れ(地脈)を利用してな。結果、これは魔力を持たない人間には一切反応しない、純粋な『魔道具』と化した。そして、お前はアインツベルク公爵家直系の、この辺境ではありえないほどの高い『魔力適性』を持っている」
「それこそが、最低限の『搭乗条件』だ」
シビルは、そこで一度、言葉を切った。
「だが、条件はもう一つある。……厄介なことに、この機体には、私の魔法と基地の技術を融合させた結果、一種の『意志』が生まれてしまった」
「意志?」
「ああ。私が『人工妖精』と呼んでいるコア・ユニットだ」
シビルの赤い瞳が、ギラリ、と光った。
「お前に、あの『鉄の竜』を乗りこなす『技術』は求めない。だが、お前が、あの気難しい『妖精』に、『乗り手』として認められるかどうか。……それだけが、問題だ」
「……つまり、私は。あなたのために、その『妖精』とやらに、お伺いを立てろと?」
「そうだ。そして、もし認められれば……」
シビルは、再びスクリーンに映るイーグルに視線を戻した。
「アステル王国の主力は、『竜騎士団』だったな? ……ふん。原始的だ。あんな、空をノロノロと飛ぶ、トカゲどもなぞ」
「この『鉄の竜』の敵ではない。この天才魔法使いである、私が保証する」
最高の仕返し。
私が、あの連中を見返す。
いいや、見返すだけじゃない。
私を、どん底に突き落とした、あの連中に、同じだけ、いいえ、それ以上の絶望を味あわせてやることすら……。
この『鉄の竜』が、それを可能にできる……?
私は、ゴクリ、と乾いた唾を飲んだ。
シビルが、私を、じっと見つめている。
私の答えを彼女は待っている。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
私の心の中にあった、さっきまでの濁った混乱は消えていた。
そこには、冷たい炎が燃え始めていた。
「……いいわ」
私は、シビルを、まっすぐに見据え返した。
「その取引、受けましょう」
「ほう?」
「私が、『鉄の竜』とやらに乗ります。……『パイロット』に、なってやるわ。その代わり」
私は、一歩、シビルに近づいた。
「あなたは、私の『復讐』に、その力を貸しなさい」
シビルは、私のその言葉を聞くと。
数秒、私を、値踏みするように、見つめ返した。
そして。
「ククク……」
喉の奥で、小さく笑うと。
「アハハハハ! いいだろう! それでこそ、私の見込んだ『研究素材』だ!」
シビルは、高らかに、笑った。
「交渉、成立だな。……ああ、そういえば、お前の名前を聞いていなかったな?」
「私は、コレット・フォン・アインツベルク。アステル王国の公爵令嬢ですわ。でも、今は…」
「ああ、分かった。では、改めて、挨拶を。私はシビル。魔法使いだ。よろしく、コレット・フォン・アインツベルク。私は世俗の礼儀などに興味はないからな。呼び捨てで呼ばせてもらうぞ?」
そういって、シビルは、その小さな手を、私に差し出してきた。
「ええ、もちろん。構いません」
私は、その小さな手を、強く握り返した。
泥と血にまみれた公爵令嬢は、ここで死んだ。
そして、今、この瞬間に。
『鉄の竜』の乗り手として、私は生まれ変わったのだ。




