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元公爵令嬢の嗜みは『魔力による身体強化(G耐性)』ですわ?~追放先で戦闘機乗りになった私、生意気な相棒と引きこもり天才魔女に振り回されています~  作者: 速水静香
第一章:失墜と追放

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第二話:絶望の移送

 玉座の間から力ずくで引きずり出された私は、まるで罪人のように王宮の裏手へと連行された。


 兵士たちの無骨な手は、私の腕を掴んで離さない。引き裂かれたドレスの裾が、冷たく、埃っぽい石の床をこすっていく。さっきまでの華やかな夜会が、まるで遠い昔の出来事のようだ。


「離しなさい! 無礼者!」


 私は、公爵令嬢として残された最後の矜持を振り絞って叫んだ。


 だが、兵士たちは私の言葉など意にも介さず、ただ嘲笑を浮かべるだけだ。


「まだ、令嬢気取りかよ」

「もうあんたは追放されたんだぜ、毒婦様」


 その呼び名に、私の全身がカッと熱くなる。


 違う。私はそんなことはしていない。


 しかし、私の声はもう誰にも届かない。


 彼らは私を、王宮の裏口、使用人や業者が使う薄汚れた通路へと押しやった。


 夜の空気が、肌を刺す。


 そこに待機していたのは、王家の紋章どころか、まともな装飾すらない、荷物用の幌馬車だった。馬の匂いと、古い藁、そして家畜のフンが混じった、これまで嗅いだことがないような悪臭。


「さあ、乗れ!」


 兵士の一人が、私を乱暴に馬車の荷台へと突き飛ばした。


「きゃあっ!」


 受け身も取れず、私は荷台に積まれていた汚れた藁の上へと叩きつけられる。


 ゴスッ、と鈍い音。


 シルクのドレス越しに、硬い床板と、チクチクする藁の感触が伝わってくる。


 間髪入れず、荷台の分厚い扉が、ギイ、という耳障りな音を立てて閉められた。


 ガチャン、と外から閂がかけられる重い音が響く。


 完全な暗闇。


 一筋の光も差し込まない、息が詰まるような黒。


 それが、今の私の状況を、これ以上ないほど雄弁に物語っていた。


 すぐに、馬車がガタン、と大きく揺れ、動き始めた。


 御者台に座る兵士たちの、下品な笑い声が、板一枚隔てただけのはずなのに、妙に遠く聞こえる。


 王都の石畳の上を、馬車はガタガタと不快な音を立てて進んでいく。


 私は、叩きつけられた衝撃でじわりと痛む体を起こそうとした。だが、馬車はわざとやっているのかと思うほど、荒々しく揺れ動く。


 ガタン! ゴトン!


 そのたびに、私の体は荷台の壁や床に打ち付けられた。


「うっ……!」


 もう、令嬢としての体面を取り繕う余裕など、どこにも残っていない。


 私はただ、汚れた藁の中にうずくまり、この拷問のような揺れに耐えるしかなかった。


 やがて、馬車の速度が少し落ち、何かの門をくぐるような、こもった音がした。


 王都の門だ。


 私は、もう、あの王都に戻ることはない。


 その事実が、冷たい鉄の塊のように、私の腑に落ちていく。


 石畳の道が終わり、馬車は未舗装の街道へと入ったらしい。


 揺れは、さっきまでの比ではなくなった。


 ガッタン! ゴットン!


 まるで、巨大な獣の胃袋の中で、消化されるのを待つ獲物だ。


 体中が痛い。埃とカビの匂いで、まともに息もできない。


 そして何より、私の誇りを容赦なく砕いていくのは、御者台から途切れなく聞こえてくる、あの兵士たちの会話だった。


「いやー、しかし、傑作だったな!」

「ああ、王太子殿下がああもバッサリやるとは思わなかったぜ」

「あのコレットとかいう女、いつもツンとすまして、俺たちみてえな兵士なんざ、虫ケラ同然に見てやがったからな。いい気味だ!」


 ゲラゲラと、獣のような笑い声が暗闇に響く。


「それにしても、あのミレーヌ様? だっけか。可愛かったなあ」

「ああ、聖女様だろ? あんなか弱いお方を毒殺しようだなんて、あの女、とんでもねえ悪党だぜ」

「嫉妬、ってやつか。怖え、怖え」


 違う。

 違う、違う、違う!


 私はやっていない。あれはミレーヌの演技だ。私を陥れるための罠だ。


 私は、暗闇の中で唇を噛みしめた。


 血の味が、じわりと口の中に広がる。


 あの時、玉座の間で、最後に見たミレーヌの顔。ライナルト殿下の胸に顔をうずめながら、私に向けた、あの満足げな視線。


 あの顔が、この暗闇の中で、嫌というほど鮮明に思い出される。


 そして、父。


『アインツベルク家の恥さらしめが』


 私を切り捨てた、あの冷たい声。


 彼らは皆、グルだったのだ。私という存在が邪魔だった。だから、ミレーヌという『聖女』を担ぎ上げ、私を『毒婦』に仕立て上げた。


 あまりにも、稚拙で、悪趣味な芝居。


 だというのに、私はその芝居にまんまと乗せられ、今、家畜同然にこんな場所へ運ばれている。


 悔しい。


 悔しくて、腹の底が、マグマのようにドロドロと煮えくり返る。


 だが、今の私に何ができる?


 この暗い荷台の中で、不快な揺れに耐え、下品な噂話を聞かされ続けることだけ。


 時折、馬車のホロのわずかな隙間から、外の光が細く差し込むことがあった。


 その瞬間、隙間から、兵士のいやらしい目が、私を覗き込んでいるのが見えた。


 その品定めをするような、ねっとりとした視線。


「ヒッ……!」


 私は、思わず身を縮こませた。


 引き裂かれたドレスが、はだけている。


 公爵令嬢コレット・フォン・アインツベルク。王都の誰からも羨望の的とされ、模範的な淑女として振る舞ってきた私が、今や、名も知らぬ下級兵士たちの欲望の視線に晒されている。


 これ以上の屈辱があるだろうか。


 私の誇りは、もうズタズタだった。


 どれほどの時間が過ぎたのか、もう分からなかった。


 太陽が昇り、沈み、また昇る。それを、荷台の中の温度の変化だけで、ぼんやりと感じる。


 一日か、二日か。


 ガタン、と馬車が止まった。


 私は、緊張で体を硬くした。


 外から、兵士たちの声がする。


「おい、交代だ。飯だぞ」


 荷台の扉が、まぶしい外の光とともに、乱暴に開け放たれた。


 目がくらむ。


 私は、とっさに腕で顔を覆った。


「ちっ、クセぇな」


 聞き覚えのない声。交代した兵士だろうか。


 次の瞬間、何かが荷台に放り込まれた。


 カタン、と乾いた音を立てて、私の足元に転がったのは、黒く焦げた、石のように硬いパンと汚れた水の皮袋だった。


「ありがたく食えよ、毒婦様。それ食ったら、また出発だ」


 扉が、再び無情にも閉められる。


 また暗闇。


 私は、しばし、足元のパンを見つめていた。


 泥と、藁くずがついている。


 こんなもの、私が王都にいた頃なら、犬にすら与えなかっただろう。


 だが。


 グウウ、と、私の腹が、みっともない音を立てた。


 生きている。


 私は、まだ、生きている。


 このまま、惨めに自ら死を選ぶ?


 いいや!


 そんなの冗談じゃない。


 そんなことをしたら、それこそ、あのライナルトとミレーヌの思う壺だ。


 私は、その硬いパンを拾い上げた。


 その土を払い落とし、力いっぱい、かじりついた。


 酸っぱい匂い。口の中で、砂利のようにジャリジャリする。


 おいしいも、まずいもない。


 ただ、生きるための『餌』だ。


 私は、皮袋の水をあおり、パンを無理やり胃袋に流し込んだ。


 ポタポタと、何かがパンの上に落ちる。


 涙だった。


 悔しい。


 こんなものを、こんな思いをしてまで、食べなければならない自分が。


 こんな場所に、私を追いやった、あいつらが。


 許せない。


 絶対に、許せない。


 私は、涙でぐしゃぐしゃになりながら、残りのパンをすべて食べた。



 再び、馬車は動き出した。


 揺れは、前にも増してひどくなっている。もう、まともな街道ですらなくなったのかもしれない。


 交代した兵士たちも、やはり退屈しのぎに、私の噂話で盛り上がっているようだった。


「しかしよお、あの追放先ってのは、どうなんだ?」

「ああ、開拓村アステルだろ? 聞いたことあるぜ。王都から馬車で何日もかかる、ド辺境だ」

「それだけでも十分キツいのに、その、さらに外れの森なんだろ? ほとんど、魔獣の縄張りじゃねえか」


 魔獣。


 その言葉に、私の体がこわばる。


 いくら社交界でしか学んで来なかった私でも、その単語が意味する危険性くらいは理解できる。


「まあ、どうせ『捨て置き』なんだろ。あんな場所に追放なんざ、名ばかりだ。すぐに魔獣に食われておしまいさ」

「アハハ! 違えねえ!」


 ああ、やはり。


 私が考えた通りだ。


 これは、緩やかな『死刑宣告』。


 ライナルトも、父も、私が辺境で惨めに死ぬことを望んでいるのだ。


「いや、待てよ」


 一人の兵士が、不意に声を潜めた。


「俺、昔、その辺の出身のヤツから、妙な噂を聞いたことがある」

「噂? なんだよ、それ」


「あの開拓村の外れの森……あそこには、昔から『魔女』が住んでるって話だ」


 魔女。


 その古めかしい響きを持った単語が、暗闇の中で妙な現実味を帯びて、私の耳に届いた。


「はあ? 魔女だあ? お前、子供じゃねえんだぞ」


 もう一人が、馬鹿にしたように笑う。


「いや、本当なんだって! なんでも、その森に近づいたヤツは、誰も戻ってこねえらしい。得体のしれない、そりゃあ恐ろしい魔女がいて、迷い込んだ人間を……」


 ゴクリ、と兵士が唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。


「まあ、王都のお偉いさん方は、そんな田舎の迷信なんざ、知らねえだろうがな」

「へえ……。じゃあ、なんだ? あの公爵令嬢サマは、魔獣に食われるか、その『魔女』に食われるかってわけか。どっちにしろ、末路は悲惨だな!」

「まさに、毒婦にお似合いの最期だぜ! ガハハハ!」


 兵士たちの下品な笑い声が、ガタガタという馬車の騒音と混じり合う。


 だが、私の耳には、もうその笑い声は届いていなかった。


 魔女。


 得体のしれない、恐ろしい魔女。


 未開の地。


 それが、私の『終の棲家』。


 私の心を、灰色だった絶望が、さらに一段、暗い色に塗りつぶしていく。


 そんな場所で、私は、一体どうやって生きていけというの。


 いや、そもそも、生きることを許されているのか。


 ガタン、とひときわ大きな衝撃が、私の体を打ち付けた。


 もう、痛みも感じなくなってきた。


 ただ、暗闇と、揺れと、絶望だけが私を包んでいた。


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