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元公爵令嬢の嗜みは『魔力による身体強化(G耐性)』ですわ?~追放先で戦闘機乗りになった私、生意気な相棒と引きこもり天才魔女に振り回されています~  作者: 速水静香
第四章:日常

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第十八話:開拓村の噂と『お手伝いさん』


 ゴウウウウウウウウウンッ…………。


 『インターフォン』が設置された、基地の第一ゲート。

 岩肌にカモフラージュされた、あの無機質な『コンクリート』の壁が、重々しい駆動音を立てながら、ゆっくりと横へとスライドしていく。


 プシュウウウ、と圧縮された空気が抜けるような音と共に、隙間から流れ込んできたのは、あの基地内部の、乾いて機械油の匂いがする空気とはまったく違うものだった。


「……!」


 ムワッ、とした、湿った空気。

 土の匂い。

 腐葉土の匂い。

 そして、あの獣の生臭い匂い。


 私が、あの魔獣に追いかけ回され、泥水の中に突っ伏した、あの絶望の森の『匂い』だった。

 思わず、一歩、後ずさりしそうになる。


「……なんだ、コレット。今さら、あの『原始的な森』の空気に怖気づいたか?」


 私の背後、ゲートの暗い通路の奥から、スピーカー越しに、シビルのどこまでも他人事な『声』が響いてきた。

 あの子、わざわざ『管制室』から、私の様子を監視しているのね!


「……ふん。誰が、怖気づいたですって?」


 私は、基地にあった、粗末なフード付きの外套を、ジャージの上から、ばさりと羽織った。

 あの王宮で着ていた、最高級のシルクやベルベットとは、比べ物にならない、ゴワゴワとした、粗末な布切れ。


 でも、今の私には、この『基地の匂い』がついた布の方が、よっぽど、しっくりきた。


「……おい、そこで立ち止まっている暇があるなら、さっさと行って、目的を達成しろ! 私の貴重な『研究時間』が、お前の『外出』という非合理的な行動によって、どれだけ浪費されているか……」

「はいはい。分かっていますよ」


 私は、シビルの、いつもの『研究が第一』という説教を適当に聞き流すと、外套のフードを深く目深に被った。

 そして、基地の『外』……あの絶望の森へと、一歩を踏み出した。


 ゴウン。ゴウン。ゴウン。


 私の後ろから、無機質な、重い足音が三つ、ついてくる。

 振り返ると、そこには、私と同じくらいの背丈の『金属のゴーレム』たちが、のっぺりとした『一つ目』のレンズを赤く光らせながら、私に追従していた。

 一体が、あのずしりと重い金貨袋を担ぎ、残りの二体は、空の『コンテナ』のようなものを背負っている。


 これが、シビルの言う『護衛兼荷物持ち』。

 あの魔獣を、一撃で肉塊に変えた、岩の『戦闘用』に比べれば、随分と、ひ弱そうに見えるけれど。


「まあ、私よりは強いでしょう、間違いなく」


 心強い護衛たちから視線を外した、私は、数日ぶりに浴びる、本物の『空』を見上げた。


 木々の隙間から見える空は、あのシミュレーターの中で見た、どこまでも続く『青』とは違って、どこか、白っぽく、ぼんやりとしている。


 でも、これが『本物』。


 あの荷馬車で、この森に捨て置かれた時は、この木々が、私を閉じ込める『牢獄』の壁にしか見えなかった。


 あの魔獣に追いかけられた時は、この腐葉土の匂いが、死の匂いにしか感じられなかった。


 でも、今は。


(……悪くないわ)


 この湿った、土の匂い。

 ザワワ……、と葉擦れの音がする、この静けさ。

 基地の中の息が詰まるような、無機質な空気と甲高い機械音に比べれば、よっぽどマシに思えた。


 私は、あの『小屋の残骸』があったのとは、逆の方向へ。

 開拓村アステルへと続く、かろうじて『道』と呼べる、獣道を歩き始めた。



 ゴウン、ゴウン、ゴウン……。


 私の後ろを、三体の金属ゴーレムが、一定の距離を保ちながら、無言でついてくる。

 あの荷馬車で、揺さぶられていた時に比べれば、自分の足で歩く、この『道』は、なんて、快適なのかしら。

 まあ、あの時の、ボロボロのハイヒールではなく、基地で支給された、無駄に頑丈な『ブーツ』を履いているから、というのもあるけれど。


「……それにしても」


 私は、あのシビルに叩きつけられた、とんでもない量の『買い物リスト』を、外套の懐の中で、もう一度、確認した。


『最高品質の肉(赤身)、五十キログラム』

『新鮮な葉物野菜、合わせて百キログラム』

『卵、五百個』


「……あの子、あの『栄養バー』以外も、食べるつもりだったのかしら?」


 いや、違うわ。

 あの子のことだもの。『栄養バー』の『原材料』として、必要なだけ、なのだろう。

 そうでなければ、あの『データ汚染』とやらが、どうとか、言うに決まっているわ。


(……それにしても、五十キロ? 百キロ? 卵五百個?)


 あの村に、そんな、膨大な量の『在庫』が、毎回、あるのかしら……。


(……まあ、いいわ。あの子が『合理的』と判断した結果なのでしょう)


 足りなければ、足りない、と、あの子供に文句を言ってやればいいだけのこと。

 私は、あの『戦闘』以来、良くも悪くも、物事を、深く考えすぎないようになっていた。

 あの『G』の圧迫感の中で、生きるか死ぬか、やっている時に比べれば、こんな『お使い』散歩みたいなものだわ。


 やがて、鬱蒼としていた森が、開けてきた。

 木々の数が減り、代わりに、人の手が入った、粗末な『畑』のようなものが見え始める。

 遠くから、カン、カン、という、金属を打つ音。

 家畜の、のんびりとした鳴き声。


 開拓村アステル。


 あの日、私が、罪人同然に、荷馬車で引きずられて通過した、あの村が目の前にあった。


「…………」


 私は、村の入り口で、一度、足を止めた。

 あの時は、荷馬車の幌の隙間から、怯えたような、好奇に満ちたような目で、私を見ていた村人たちの顔が、蘇ってくる。


 今、私が、このフードを脱いで、『私こそが、コレット・フォン・アインツベルクだ』と、名乗り出たら。

 彼らは、一体、どんな顔をするのかしら。


(……まあ、そんな、面倒なこと、するわけないけれど)


 私は、外套のフードを、さらに深く、引き下げた。

 顔が、ほとんど見えないくらいに。

 そして、三体の金属ゴーレムを引き連れたまま、堂々と、村のメインストリートと呼ぶには、あまりにも、土埃っぽい場所へと、足を踏み入れた。


「……ん?」

「……おい、見ろよ」


 私が、村に入った、その瞬間。

 道端で、井戸端会議(?)をしていた、主婦らしき人たちや、農具の手入れをしていた、男たちの視線が、一斉に、私と、私の後ろの『ゴーレム』たちに、突き刺さった。


 警戒。

 好奇。

 そして、ほんの少しの『畏れ』。


 あの荷馬車の時と、向けられる『感情』の種類は、似ている。

 けれど、その『中身』が、まったく違っていた。


「……あ、あれって……」

「……ああ。間違いない。……あの『森の賢者様』の、ゴーレムだ……!」

「……また、買い出しにいらっしゃったんだな……」


 『森の賢者様』?


 ……ああ、シビルのことね。

 あの子、『魔女』どころか、『賢者』にまで、ランクアップしていたの。

 まったく、村の人たちも、勝手なものだわ。


「……おい、でも、見ろよ。……あいつらの前にいる、あの……」

「……人、だよな? ……女か?」

「……フードを、あんなに深く被って……」

「……まさか、あの『賢者様』の、新しい『お弟子さん』か……?」


 村人たちが、ヒソヒソと、囁き合っているのが、聞こえてくる。

 どうやら、私が、あの日、この村を通過した『追放された公爵令嬢』だとは、誰も、気づいていないらしい。


 まあ、そうよね。


 あの時は、ボロボロのシルクのドレスを着て、兵士に引きずられていたのだから。

 今、こんな外套を羽織って、金属のゴーレムを引き連れている女が、同一人物だなんて、夢にも思わないでしょう。


 好都合だわ。

 私は、彼らの視線など、まるで意にも介さない、とでも言うように、まっすぐ、村で、一番、賑わっていそうな場所――『市場』へと、向かった。



 開拓村アステルの『市場』は、王都の巨大な中央市場とは、比べ物にならないほど、小さく、質素だった。

 道の両脇に、簡単な『露店』が、いくつか並んでいるだけ。

 売られているのも、今朝、採れたばかり、とでもいうような、泥のついた野菜や、干し肉、あとは、鍛冶屋が作った、無骨な農具くらい。


 けれど。


「……聞いたかよ! あの日の、空!」

「……ああ、見た、見た! 『銀色の流星』だろ!?」

「……それが、あの『竜』を、一瞬でよぉ!」


 市場に集う、誰も彼もが、目を輝かせ、興奮した様子で、一つの『噂話』に、夢中になっていた。

 もちろん、あの『竜害』の日のことだ。


「……ありゃあ、絶対に、『森の賢者様』の、お力だ!」

「……ああ! あの『竜』が、こっちに向かってきた時、オラ、もう、死んだと、思っただよ……!」

「……そしたら、空が、ピカッ! と光ってよぉ!」


 村人たちが、身振り手振りを交えて、あの日の『奇跡』を、語り合っている。

 鍛冶屋の、屈強そうな親父が、目を潤ませながら、酒場の主人らしき男に、熱弁を振るっている。

 野菜を売っている、おばあさんが、胸の前で、ありがたそうに、手を組んでいる。


(…………)


 私は、その光景を、フードの奥から、ぼんやりと眺めていた。


(……『銀色の流星』ねえ)


 その『流星』の、狭いコックピットの中で。

 私が、あの『G』に潰されかけて、失神寸前になっていた、なんて。

 この人たちは、夢にも思わないでしょうね。


 なんだか、妙な気分だった。

 自分が、やったこと(半分以上は、イーグルとシビルのおかげだけれど)が、こうして、人々の『希望』みたいに、語られている。

 王宮にいた頃は、私の『功績』なんて、どれだけ、完璧な刺繍を仕上げたか、とか、どれだけ、優雅なダンスを踊ったか、とか、そんな、くだらないことだけだったのに。


「……あの」


 私が、その不思議な『活気』に、少しだけ、当てられて、立ち尽くしていると。

 目の前の『露店』……一番、立派な、肉屋の店主らしき、髭面の男が、おずおずと、私に、話しかけてきた。


「……あんた。……もしかして、『賢者様』の、ところの……?」


 私が、フードの奥から、こくり、と頷くと。

 男の顔が、パアアッ! と、分かりやすいくらいに明るくなった。


「おお! やっぱり、そうだったか! ……いやあ、いつも、ウチの肉を、ゴーレム様たちに、買ってってもらって、ありがてえ!」


 男は、私の後ろに控えている『金属のゴーレム』たちに向かって、ペコペコと、頭まで下げている。

 ……ゴーレム『様』、ですって。


「……ん?お嬢さん。……あんたは、初めて見る顔だな?」


 店主が、急に、訝しむような目で、私のフードを、じろじろと見始めた。


「……いつもは、このゴーレム様たち、だけだったが……。あんた、新入りかい?」


「……まあ、そんなところよ」


 私は、面倒くさくなって、適当に相槌を打った。


「……これを」


 私は、これ以上、面倒な詮索をされる前に、懐から、あのシビルの『買い物リスト』を、ぶっきらぼうに、差し出した。


「……ああ、はいはい。いつもの『リスト』だな?」


 店主は、その『羊皮紙』を、慣れた手つきで受け取ると、そこに、びっしりと書き込まれた、シビルの几帳面な文字に目を通し始めた。

 そして。


「……ふう。……あいっかわらず、ひでえ量だ。『最高品質の肉(赤身)、五十キログラム』……か」


 店主は、私にリストを突き返しながら、やれやれ、とでも言うように、大げさに首を振った。


「……なあ、お嬢さん。……失礼だがよ、あんたも、あのゴーレム様たちと、一緒に、あの森で、暮らしてるんだろ?」


「……ええ。まあ、そうなるわね」


「……あの『賢者様』ってのは、やっぱり、そりゃあ、デカいお方なのか?」


 店主が、声を潜めて、私に尋ねてきた。

 その目には、下品な『好奇心』が、ギラギラと浮かんでいる。


「……こんだけの肉を、毎回、ペロリと平らげるってんだ。……俺たちぁ、山みてえな、大男か、それとも、腹を空かせた、デカい『魔獣』でも、飼ってるんじゃねえかって、噂してるんだが。……どうなんだ?」


(……大男? 魔獣? ……あの子が、これを聞いたら、どんな顔をするかしらね)


 あの『玉座』でふんぞり返っている、ちんちくりんの子供の姿を思い浮かべて、思わず、笑いがこみ上げてきそうになる。

 実物は、あの店主の『腕』よりも細いくせに、口うるさい。

 本当にただの子供だ。


「……さあ? どうかしらね」


 私が、わざと、はぐらかすように答えると。

 店主は、チッ、と、小さく舌打ちした。


「……ん?」


 その店主の好奇に満ちた視線が、今度は、私の『体』を、上から下まで、じろじろと、値踏みするように見始めた。


「……それにしちゃあ、お嬢さん。あんたは、随分と、ひょろっとしてるみてえだが……」


 外套越しだというのに、分かるのかしら。


「……まさか、あんたも、その細い体の、どこに、そんだけの肉が、入るんだ? ……がはは!」


 店主が、下品な笑い声を上げた。


(…………)


 私のこめかみが、ピクリ、と動いた。


(……なによ、今の。……ジロジロと、値踏みするような視線……。セクハラっぽくて、最高に、気分が悪いわね!)


 まあ、今の私は『お手伝いさん』扱いの、ただの『コレット』。

 我慢するしかない、というわけね。


「……それより」


 私は、その不快感を声色に、一切、出さないように努めて。

 あくまで、冷たく、事務的に話を続けた。


「……その『五十キロ』の肉は、どうなったの?あるの?ないの?」


「……ああ、それな」


 私の、その氷のような『声』に、店主は、一瞬、ギョッとしたように、その下品な笑いを引っ込めた。


「……まあ、いいや。……で、お嬢さん。……これは、いつもの通りなんだがよ、ここは、こんな辺境の村だ。『最高品質の肉、五十キロ』なんて、言われてもよ……」


 店主は、わざとらしく、両手を広げてみせた。


「……ウチにある、一番、いい肉を、今から、ありったけ全部、かき集めても……。その半分にも、なりゃしねえよ」


(……やっぱり!)


 私は、フードの奥で、本日、何度目か分からない、深いため息をついた。


(あの世間知らずの『引きこもり』め! 毎回、毎回、こんな『馬鹿げたリスト』をゴーレムに持たせて!)


(……あの村の連中が、どれだけ、あんたのことを『世間知らずの大食漢』だって、馬鹿にしているか、見せてみたいものだわ!)


(まあ、あの子のことだもの。『リストに書いた量が手に入らないのは、村の生産効率が非合理的だからだ』とか、平気で思っているに違いないわ)


「……はあ」


 私は、あのちんちくりんのシビルのことから、現実的な『処理』へと意識を切り替えた。


「……分かったわ。……じゃあ、今、ここにある、『一番いい肉』を、ありったけ、全部、いただきましょう」

「……もちろんだ!それじゃ、いつもの通りだな!今、すぐに用意する!」


 店主は、店の奥へと、肉の塊を取りに引っ込んでいった。


 私が、その場で、待っていると。

 市場にいた、他の村人たちが、さっきまでの『遠巻きの警戒』から、一転。

 私と、ゴーレムたちの周りに、ジリジリと集まり始めていた。


「……なあ、あんた」

「……王都から、来たのか?」

「……『賢者様』の、新しい『お手伝いさん』かい?」


 口々に、好奇心に満ちた『質問』が飛んでくる。


「…………」


 『お手伝いさん』。


 その言葉が、私の耳に妙な具合で突き刺さった。


 この私。


 アインツベルク公爵家の令嬢だった、この私が。


 『お手伝いさん』ですって。


 ……王宮で、私にへつらっていた、あの貴族たちが、これを聞いたら、一体、どんな顔をするのかしらね。


 なんというか、痛快だ。


「……そうよ」


 私は、フードの奥から、集まってきた村人たちを、ゆっくりと見回した。

 私の、その『声』に、村人たちが、一瞬、息をのむ。


「……私は、『森の賢者様』の使いよ。……何か、文句でもあるかしら?」


 私の、その、公爵令嬢時代に培った『威圧感』を、ほんの少しだけ、声に乗せてやると。

 さっきまで、騒がしかった村人たちが、ヒッ、と、小さな悲鳴を上げて、一歩、後ずさった。


「……い、いえ! とんでもねえ!」

「……さすが、『賢者様』の、お使いだ……」

「……気の強そうな、お嬢さんだぜ……」


 『お手伝いさん』から、『気の強そうなお嬢さん』に、ランクアップ(?)したらしいわね。


 まったく、現金なものだわ。


「……ほら、さっさと、残りの『リスト』も、片付けなさい」


 私は、後ろに控えている、残りの二体の『金属ゴーレム』に、そう命じた。

 シビルの命令しか、聞かないように、なっているのかと思っていたけれど。

 どうやら、この『買い出し』任務の間は、私の『指揮権』が、優先されるように設定されているらしい。


 ゴウン、ゴウン。


 二体のゴーレムが、私に一礼(?)すると、それぞれ、八百屋と卵屋の『露店』へと、向かっていった。


「……おや、賢者様のお使いかい」

「……ああ、いつもの、ゴーレム様だ」


 八百屋のおばあさんも、卵屋の若者も、いきなり目の前に現れた『金属の巨人』たちに、腰を抜かすどころか、慣れた手つきで、挨拶までしている。


「……あなたたち」


 私は、その二つの『露店』に向かって、声を張り上げた。


「……そいつらが、持っている『リスト』の通りに品物を渡しなさい。……代金は、そこのゴーレムが、後でまとめて払うわ」

「……あいよ、気の強そうなお嬢さん!」

「……リスト、ねえ。『野菜百キロ』に、『卵五百個』かい! 相変わらず、とんでもない量だねえ!」


 八百屋のおばあさんが、ケラケラと笑いながら、ゴーレムに『リスト』を突き返している。


「……残念だけど、お嬢さん。この村の『在庫』を、全部かき集めても、その半分にも、なりゃしないよ」

「……分かっているわ。……あるだけ、全部、いただきましょう」

「……あいよ!」


 ゴーレムたちは、村人たちが、もはや日常と化した光景のように、手際よく『露店』を回り、八百屋という八百屋、養鶏場という養鶏場から、文字通り、『あるだけ全部』を、背中の『コンテナ』へと、詰め込んでいく。


(……本当に、あの子は……)


 シビルの、あの『世間知らず』っぷりに、私は、もう、ため息さえ、出なくなっていた。



「……ただいま」


 ゴウウウウウウウウウンッ…………。


 重い『防爆扉』が、私の背後で、ゆっくりと閉じていく。

 あの、湿った、土の匂いが遠ざかり、代わりに、いつもの乾いた機械油の匂いが、私を包み込んだ。


 三体の『金属ゴーレム』たちは、背負えるだけ、パンパンに詰め込んだ『コンテナ』を意気揚々(?)と、基地の奥……おそらく、『貯蔵庫』か、何かに運んでいった。


 私は、あの『管制室』へと、報告のために、重い足取りで、向かった。


「……シビル。戻ったわよ」


 『玉座』の上の『引きこもり』は、相変わらず、私に背中を向けたまま、光る『板』を、叩き続けていた。


「……ああ。遅かったな」

「……当たり前でしょう!? あなたの『リスト』! あの村の全在庫を、かき集めても、足りなかったわよ!」


 私が、そう、文句を言うと。

 シビルは、そこで、ようやく、ピタッ、と、指の動きを止め、ゆっくりと、こちらを振り返った。


「……ほう?」


 その赤い『瞳』が、私を、じーっ、と見つめてくる。


「……コレット。お前、ちゃんと、私の『リスト』を、全て、こなしてきたのか?」

「……だから、足りなかった、と言っているでしょう!」

「……いや、そうではない」


 シビルは、その『玉座』から、ぴょん、と飛び降りると。

 私の、すぐそばまで、やってきた。

 そして、私の着ている、あの粗末な『外套』の匂いを、その小さな鼻で、クンクン、と嗅ぎ始めた。


「ちょ、ちょっと、なにするのよ! 犬みたいに!」

「……ふむ」


 シビルは、私の抗議など、お構いなしに、何事か、納得したように頷いた。


「……匂いは強くない…まあ、あとでシャワーを浴びろよ……そして」


 シビルは、私の懐……私が、あの『リスト』を突っ込んでいた、あたりを、ポンポン、と叩いた。


「……お前の『非合理的なストレス』とやらも、多少は、マシになったようだな。……魔力の流れが、基地を出る前よりも安定しているな」

「…………!」


 こ、この子……!

 私の、そんな『機嫌』まで、魔力の流れで、分かっているっていうの!?


「……まあ、いいだろう」


 シビルは、私の驚きなど、どうでもいい、とばかりに、再び、『玉座』へと、よじ登っていく。


「……お前が、買ってきた『食材』は、今、ゴーレムたちが加工中だ。……今日の『夕食』は、少しはマシなものになるかもしれんな」

「……え?」


 今、この子、なんて言った?

 『マシなもの』に、なる?


「……シビル、あなた……!」

「……なんだ。私は忙しいんだ」


 シビルは、もう私に興味を失ったかのように、手元の『板』の解析作業に、戻ってしまっていた。


 ……まったく。

 素直な言葉が言えないのかしらね、この子は。


 私は、その小さな『背中』を、呆れたように見つめながらも。

 ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。


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