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元公爵令嬢の嗜みは『魔力による身体強化(G耐性)』ですわ?~追放先で戦闘機乗りになった私、生意気な相棒と引きこもり天才魔女に振り回されています~  作者: 速水静香
第三章:初陣

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第十五話:必中の誘導弾


 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!


 私が今、この瞬間に握りしめている、鋼鉄のイーグル

 その機体の下、遥か眼下で。

 あの、村一つを飲み込まんとする、巨大な『厄災』。

 黒いトカゲのお化け……『ドラゴン』が、ついに、私たちの存在に気がついたようだった。


 私という『獲物』が、あまりにも小さく、そして、あまりにも『上』にいることに、戸惑っているのか。

 あるいは、自分以外の『捕食者』が、自分の縄張りに現れたことに、苛立っているのか。


 グルルルルルル…………ッ!


 この、音速を超えた機体の、コックピットの中にいる、私の耳に届くはずもない、低い唸り声。

 それが、まるで聞こえてくるかのような錯覚。

 あのドラゴンが、その馬鹿デカい図体を、ゆっくりと、天に向けて、見上げているのが、この高さからでも、はっきりと分かった。


 そして。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 来た。

 あのトカゲどもが、唯一、得意とする『芸』。

 ドラゴンの、大きく裂けた口から、真っ赤な『炎』が巨大な柱となり、空に向かって吐き出された。


 アステル王国の竜騎士団(あんなものと、比べるのもおこがましいけれど)が放つ『ブレス』とは、桁が違う。

 まるで、火山でも噴火したかのような、圧倒的な熱量と物量。


 もし、あれが『開拓村アステル』に、まともに叩きつけられたら……。


「…………」


 想像するだけで、恐ろしい。


 だが。


「……ふん」


 私の唇から、思わず、乾いた笑いが漏れた。

 あの凄まじい『炎』の柱は。

 私たちがいる、この高高度には、これっぽっちも届いていなかった。

 炎の勢いは、私たちがいる場所のずっと下で力尽き。

 まるで打ち上げに失敗した花火みたいに、虚しく霧散していく。


「……なにあれ。馬鹿みたい」


『……その通りだ、お嬢様』


 私の頭の中で、イーグルが、心の底からトカゲを侮蔑する、という響きで同意する。


『……あの程度の原始的なトカゲが、この空の覇者たる、私の翼に張り合うだと?……本当に笑わせる』


「ええ、本当に笑わせてくれるわね」


 『竜害』という言葉に、あれほど怯えていたのが、嘘みたいだった。


 ……いや、嘘じゃない。


 怖い。


 今も、この操縦桿を握る、私の手のひらは、じっとりと汗で湿っているのだから。


 でも、それ以上に!


『……コレット、イーグル』


 コックピットのスピーカーから、シビルの『声』が、私たちのささやかな『勝利宣言(?)』を無慈悲に遮ってきた。


『……いつまで無駄口を叩いている暇があるのか? ……私の貴重な『研究時間』が、浪費されているんだぞ!』


「だ、誰のせいだと、思っているのよ!」


『……あの原始的なトカゲが、二発目のブレスを吐く前に、さっさと撃ち落とせ。……機体と兵装の実戦データが欲しい』


「……本当に、あなたって子は……!」


 人命より、自分のゴーレムの『買い出し』。


 ドラゴンより、自分の『研究』。


 ブレないわね、本当に!


『……おい、お嬢様。マスターの『許可』は下りたぞ』


 私の頭の中で、イーグルが、どこか楽しそうに、そうささやいてきた。

 こいつもこいつで、自分の『翼』が、あのトカゲより『上』だと証明したくて、ウズウズしているに違いないわ!


「……分かっているわよ!」


 私は、操縦桿を握る手に、ぐっ、と力を込めた。


 もう汗で滑ったりしない。


 私の『魔力』が、この機体と直接、繋がっているのだから。


「イーグル!さっき、あなたが言っていた、あれ!さっさと起動させなさい!」


『……ふん。ようやく、その気になったか』


 イーグルが、満足そうに鼻を鳴らした(気がした)。


『……了解した。……これより『兵装システム』に、貴公の魔力リンクを通じて接続する』


「え……?」


『……シミュレーターでは、あえて、閉じていた『感覚』だ。……少し驚くなよ』


「おどろく、って、どういう……」


 私が、聞き返すよりも、早く。


「あっ……!」


 私の『感覚』が、また、無理やり引き伸ばされる!

 あの、初めて、この機体と『リンク』した時みたいに!


 コックピットの中で、緑色に光っていた『計器』のいくつかが、さっきまでの緑色の光から、真っ赤なものへと、その色を変えていた!


 そして。


 翼の先。その空気の流れ。


 エンジンの熱い脈動。


 それに加えて。


「……分かる」


 翼の下。

 そこに、ぶら下がっている、あの『筒』。

 シビルが、ゴーレムたちに取り付けさせていた、『対魔力誘導弾』……前世の記憶にある、『ミサイル』とかいう物騒な兵器にそっくりな、あの『筒』。

 それが、今、確かに私の『意志』で操作できる『牙』として、冷たい異物感を伴いながら、戦闘機とは別にあるが、確かに『そこにある』物体だと、はっきりと認識できた。


『……これが貴公の『牙』だ、コレット』


 イーグルの『声』が、私の頭の中に響いてくる。


『……そして、これより貴公の『目』……索敵システムを起動する』


「索敵……?」


 その瞬間。


 今まで沈黙していた、目の前のパネル――計器盤の中央。

 そこに据え付けられた、四角い『画面』が、ブゥン、と低い音を立てて、緑色の光を放ち始めた。


『……こちら管制室ベース。イーグル。機体の兵装システム起動を確認。……コレット。お前の目の前に、今、起動した『画面』に表示される情報は、素人でも分かりやすい『表示』だ。それを使え』


「……はいはい。どうも、ありがとう」


 いちいち、突っかかる表現で言ってくるのね、あの子は!


『……おい、集中しろ、コレット!』


 シビルの声が、一転して鋭くなる。


『……イーグル! 『魔力探知レーダー』起動! あのトカゲのクソでかい魔力パターンを、『素人』パイロットにも、分かりやすく、表示してやれ!』


『……了解した、マスター!』


 イーグルの、どこか嬉々とした『声』が響いた、次の瞬間。


 さっき起動した、緑色の『画面』。

 その真っ暗だった表面に緑色の線が、円を描くように、ぐるぐる、と回り始めた。


 確かに、前世の記憶で見た、映画か何かの『レーダー』って、こんな感じだったわね!


 そして。


 ピーーーッ!


 甲高い警告音。


 その緑色の画面、ど真ん中に。


 ひときわ、大きく、真っ赤な『光』の点が点滅していた。


「あ…………」


 あれが。

 あれが、あの『ドラゴン』。


『……そうだ。貴公の『獲物』だ、お嬢様』


 イーグルの『声』が、私の思考を導いていく。


『……魔力探知レーダー、あのトカゲの強大な魔力反応を完全に捕捉ロックオンした』


 ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!


 甲高い機械音。


 『準備ができた』という合図だ。


『……こちら管制室ベースより、攻撃を許可する!』


 シビルの無慈悲な『声』が、スピーカーから飛んでくる。


『コレット! さっさと『引き金』を引け! ……私のゴーレムが、わざわざ遠くまで買い出しにいくようになったら、一体どうするんだ!』


「……あなたの心配は、それだけなのね、本当に……!」


 私は、もう怒る気力も、呆れる気力も、どこかへ消え失せていた。


 けれど…そうだ。

 もう腹は括った。

 地下トンネルで、この機体が起動した、あの瞬間に。


「……イーグル」


『……なんだ』


「……本当に当たるんでしょうね」


『……ふん』


 イーグルは、あまりにも素人まるだしの質問に。


 怒るでもなく、呆れるでもなく。


 ただ静かに、一言だけ答えた。


『……この私を誰だと思っている』


「…………」


 そうよね。


 プライドが高い、あなたのことだもの。そう答えるに違いない。


「……分かったわ」


 私は、右手の『操縦桿』。


 その親指が、かかっている、一つの小さな『ボタン』に意識を集中させた。


 シミュレーターでは、一度も押していなかった、この『ボタン』。


 これが『引き金』。


 私の『意志』を、この『鉄の竜』の『牙』へと、伝えるためのものだ。


 眼下では、あの黒いドラゴンが、また空に向かって、無駄な『ブレス』を吐き散らしている。


 あの豆粒みたいな『村』が、あの炎で焼かれる前に…。


 私は、息を吸って止めた。


「……『対魔力誘導弾』」


 まるで魔法を詠唱するかのように、私は高らかに宣言した。


「――発射ファイアッ!!」


 私の『意志』と、ありったけの『魔力』を、あの親指の先の『ボタン』へと叩き込む!


 ガコンッ!!


「きゃっ!?」


 機体全体が、通常の『G』とは違う、乾いた『衝撃』で、少しだけ揺れた!


 私の『感覚』の一部となっていた、あの翼の下。


 そこから、何かが切り離される、感覚!


 シュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


「あ…………」


 見えた。


 コックピットの『天蓋』越しに


 私の翼の下から、一本の白い『槍』のようなものが、猛烈な勢いの白い『煙』を引きずりながら、飛び出していくのが!


 ミサイル。


 それは、一瞬、機体から離れると。


 すぐにそれは、まるで意志を持ったかのように火を噴き始めていた。


 そして、まっすぐ、眼下で馬鹿みたいに炎を吐き続けている、黒い『ドラゴン』に向かって、突き進んでいく!


 速い!


 私たちが、今、飛んでいる、この『音速』とは、比べ物にならない!


 あの白い煙は、まるで空に一本の『白い線』を描くように、あの『獲物』へと吸い込まれていく!


 眼下の『ドラゴン』も、さすがに気づいたようだった。


 自分に向かって、とんでもない速度で、飛んでくる『何か』に!


 炎を吐くのを慌ててやめて、その馬鹿デカい『翼』を広げて逃げようとしている。


 だが。


『……もう遅い』


 私の頭の中で、イーグルが冷たく、そう言い放った。


 白い『線』が、黒い『点』に到達した。


 次の瞬間。


 カッ…………!!


「…………っ!」


 遥か眼下、あの『ドラゴン』がいた場所で。


 無音の『光』が弾けた!


 着弾したんだろう。


「……や、やった……の?」


 私のかすれた声が、コックピットに漏れた。


『……いや』


 イーグルの『声』が、私の甘い期待を打ち砕いた。


『……まだだ。……あの黒い煙の中を見ろ。……『魔力探知レーダー』の反応は、まだ、消えていない』


「え…………!?」


 イーグルの言葉に、私は、緑色の『画面』を睨みつけた。


 ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!


 甲高い『警告音』は、鳴り止んでいない!


 『光』の点は、まだ、画面の、ど真ん中で点滅し続けている!


 嘘……!


 あれをまともに食らって、まだ生きているっていうの!?


「なんなのよ、あの『竜害』って!」


 黒い煙が、ゆっくりと晴れていく。


 そして、その中から現れたのは。


「…………!」


 信いられない光景だった。

 黒い『ドラゴン』が、まだ立っていた。


 ……いや、立っているんじゃない。

 その馬鹿デカい黒い翼の片方が、さっきの爆発で無残に吹き飛んでいる。


 全身の分厚いはずの『鱗』も、あちこちが焼け焦げて、剥がれ落ち、そこから、赤い血がダラダラと流れ出している。


 満身創痍。


 誰が、どう見ても深手を負っている。


 なのに。


 グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 あの『ドラゴン』は、空の上の私たちに向かって、凄まじい『怒り』と『恐怖』が、ごちゃ混ぜになった、咆哮を上げている!


 そして。

 その赤い血走った『目』が、憎しみをむき出しにして、私を見ている!


『……チッ。あの図体で至近距離の爆発に耐えたか』


 イーグルが、忌々しそうに舌打ちをした。


『……だが、それもここまでだ。……あのトカゲ、さっきの爆発で、完全に恐怖に我を忘れている。……あれは、もう戦いなんかじゃない』


 そうだ。


 あれは、もう、私に勝てる、勝てない、じゃない。


 ただ、この空にいる自分を傷つけた『何か』が、怖くて、憎くて、仕方がない。


 そんな、哀れな獣の『断末魔』。


 そして。


 その哀れな獣は、最後の『力』を振り絞った。


 翼の片方を失い、もう、まともに飛ぶこともできないくせに。


 一番、近くにある『八つ当たり』の対象。


「…………あっ!」


 開拓村アステル!

 あのトカゲ、最後のヤケクソで、あの村に突っ込む気だわ!


「さ、させるもんですか!」


 私が叫ぶのと。


「イーグル!」


『分かっている!』


 私の頭の中で、イーグルが吼えた。


 私は、もうためらわなかった。


 右手の『操縦桿』。


 忌まわしい『引き金』。


 村が、あのトカゲの最後の『八つ当たり』に、巻き込まれる前に。


「――これで、終わりになさいッ!!」


 二発目。


 私の『意志』と『魔力』が、再び、翼の下の『牙』を解き放つ!


 ガコンッ!

 シュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 さっきよりも、もっと速く。


 もっと正確に。


 白い『槍』が空を穿つ!


 村に向かって、突進しようとしていた、あの黒い『巨体』。


 その、無防備な、背中のど真ん中に。


 白い『槍』が、吸い込まれるように突き刺さった。


 一瞬の『静寂』。


 そして。


 今度は、さっきの『至近距離』での爆発じゃない。


 『直撃』。


 馬鹿デカい、黒い『巨体』が、内側から破裂するのが、この高高度からでもはっきりと見えた。


 肉片と鱗と黒い血が、無音の花火みたいに、周囲へ盛大に飛び散っていく。

 もう咆哮は聞こえなかった。


 ピーーーーー……


 私の目の前、緑色の『画面』。


 そこに点滅していた、大きな『光』の点が。


 ブツン、と消えた。


 静かになった。


 甲高い『警告音』が消えた。


 後に、残ったのは。


 原型を留めないほどの無惨な『肉塊』と、なって四散した、あの『ドラゴン』だったものの残骸だけ。


「…………あ」


 終わった。


 私の初めての『実戦』が。


「…………はあ」


 その事実を認識した、瞬間。


 全身から、一気に力が抜けていった。


「はあ……! はあっ……! はあっ……!」


 ダメだ、操縦桿を握っていられない。


 全身に張り巡らせていた緊張が、一気に霧散していく。


「つ、疲れた……!」


 私の、そのみっともない、本音がコックピットに漏れた。


『……ふん』


 私の頭の中で、イーグルが、どこか満足そうに鼻を鳴らした。


『……まあ、初陣にしては上出来だ。……失神しなかっただけ、褒めてやる、お嬢様』


「……るっさいわね……!」


『……こちら管制室ベース


 スピーカーから、シビルの、いつもの眠たそうな『声』が聞こえてきた。


 もう、切羽詰まった『管制官』の『声』じゃない。


『……こちらのレーダでも、目標の『完全消滅』を確認した。……イーグル、コレット。……任務完了だ、基地へ帰投しろ』


 シビルは、そこで一度言葉を切ると。


 心底、満足そうに、こう続けた。


『……ふむ。上出来だ。……私の研究を邪魔する、巨大トカゲは消えたし。兵装の軌道も、実際の飛行も、とても素晴らしいものが取れた』


「……あなたの感想は、それだけなのね、本当に……!」


 私には、もう怒る気力も残っていなかった。


『……さっさと帰還しろ、コレット。……また、機体も整備をしなければならん』


「……はいはい。分かりましたよ……!」


 私はイーグルに、半分以上の制御を任せながらも、飛行を続けた。

 この初めて『牙』を振るった、鋼鉄のイーグルの機首を。


 私たちが出てきた、あの岩山の『基地』へと、ゆっくりと向けていった。



 ゴウン、ゴウン、ゴウン…………


 眼下には、無機質な『滑走路』が見えている。


 そう、あの出撃時。私が飛び出てきた、防爆扉という岩山の口が開いた先は、森を切り開いて出来た、広い滑走路なのだった。


 本当に、この基地、バカでかいわね……!


 改めて、私は認識を改める。


『……こちら管制室ベース。イーグル、滑走路ランウェイ進入コースを補足。これより最終進入ファイナル・アプローチを許可する』


 スピーカーから、シビルの、さっきまでの戦闘中とは打って変わった、どこか眠たそうな、いつもの『声』が呑気に聞こえた。

 もう、あの子の中では、ドラゴンを撃墜したことなど、どうでもいい『作業』の一つでしかなく、今は完全に『日常業務』に戻っているらしいわね……!


『……イーグルより管制室ベースへ、了解。最終進入を開始する』


 私の頭の中で、イーグルが淡々と応える。


『……おい、お嬢様。聞こえたな。シミュレーターでやった手順を思い出せ』


「わ、分かっているわよ!」


 私は、まだジンジンと痺れている手で、操縦桿を握りしめた。


 シミュレーターで、着陸訓練も、確かにやらされた。


 あの『仮想空間』の中で、何度も何度も、地面に叩きつけられながら(もちろん、シミュレーターだから、死なないけれど!)。


 でも、あの『訓練』と、この『戦闘』の後で、同じことができるわけないでしょう!


『……魔力リンクが乱れているぞ。躊躇しているのが分かる』


 イーグルの『声』が、私の思考を容赦なく、見透かしてくる。


『……このままでは、滑走路ではなく、あの森に『着陸』することになるが?』


「だ、黙りなさい! 誰のせいで、こんなに疲労困憊になっていると……!」


『……チッ。仕方あるまい。制御の半分は、この私が受け持つ。貴公は、とにかく『減速』と『機首の角度』のイメージだけに集中しろ!』


「は、半分ですって!?それ、ほとんどあなたがやるってことじゃないの!」


『……気を抜くな。もうすぐ『地面』だ』


 イーグルに導かれるまま、私は意識を集中する、そして、左手の『スロットル』をゆっくりと引き戻し、『減速』をイメージする。

 同時に、右手の『操縦桿』を、失神寸前の体で必死にコントロールしながら、機首をわずかに引き起こす。


 目の前には、あの私たちが撃ち出された岩山の『防爆扉』、そのすぐ外側に、森を切り開いて造られた、無機質な『滑走路』が、急速に迫ってくる。


 速い! 速すぎる!

 こんな速度で、あの『地面』にぶつかったら……!


『……速度、落としすぎだ、素人!失速するぞ!』


「ひゃっ!?」


 イーグルの叱咤に、慌てて『スロットル』を少し押し戻して、イメージを安定させる。

 機体が、ガクン、と一瞬揺れる。


『……こちら管制室ベース。イーグル、進入角度が不安定だ。……コレット、お前、シミュレーターのときより、機体操縦が下手になってるぞ』


「うるさーーーーーいっ!」


 シビルの無神経な『実況』にキレた、私の魔力が、一瞬、乱れた。


 ドンッ!!


「きゃあああああっ!?」


 機体全体が、凄まじい『衝撃』と共に、ガクン! と大きく揺れた!


 さっきまでの空中の揺れとは、比べ物にならない!


 硬い『地面』に、叩きつけられた、あの独特の衝撃!


『……着陸タッチダウンしたぞ、お嬢様! 衝撃が強すぎる! シミュレーターなら、即、墜落判定だ!』


「わ、私だって、必死なのよ!」


 車輪ランディングギアが、硬い地面を掴んだ、本物の『着陸』の感触!


 ゴオオオオオオオオオ…………ッ!


 機体は、まだ、とんでもない速度で、滑走路の上を滑っている!


『……減速しろ! 左手の『レバー』を使って、速度を落とせ!イメージに集中させろ!』


「んんんんんっ!」


 私は、残った最後の力を振り絞って、左手のレバーを引き絞り、『減速』を強く念じていく。


 速度が、急速に落ちていく。

 さっきまで空を切り裂いていた『鉄の竜』が、地上にある物体と化していく。


 やがて、機体は、滑走路の端で、ゆっくりと停止した。


「…………はあ」


 その事実を認識した、瞬間。

 全身から、一気に力が抜けていった。


「はあ……! はあっ……! はあっ……!」


 ダメだ、操縦桿を握っていられない。

 全身に張り巡らせていた緊張が、一気に霧散していく。


「つ、疲れた……!」


 私の、そのみっともない、本音がコックピットに漏れた。


『……ふん』


 私の頭の中で、イーグルが、どこか満足そうに鼻を鳴らした。


『……まあ、初陣にしては上出来だ。……失神しなかっただけ、褒めてやる、お嬢様』


「……るっさいわね……!」


『……機体を牽引けんいんするゴーレムが来たぞ。これより格納庫ハンガーへ移動する』


 イーグルの『声』に促され、私が『天蓋キャノピー』越しに外を見ると。

 いつの間にか、私たちの機体の前に、車輪のついた、ずんぐりむっくりとした『車のようなゴーレム』が近づいてきていた。

 そのゴーレムが、イーグルの機首にある車輪(まえあし?)に、何かを接続する。


 ガコンッ!


 再び、軽い衝撃。

 そして、機体は、あの『車のようなゴーレム』に引かれるまま、ゆっくりと動き出した。


 ゴトゴト、と、無機質な車輪の音。

 私たちは、あの開け放たれたままの『防爆扉』をくぐり抜け、暗い『地下トンネル』を通って。


 やがて、あの白々しい照明に照らされた、格納庫ハンガーの、いつもの場所に戻ってきていた。


 プシュウウウウウ…………


 コックピットを覆っていた、『天蓋キャノピー』が、空気が抜けるような音を立てて、開いていく。

 乾いた機械油と、オゾンの匂い。

 私の『基地』の匂いが、流れ込んできた。


「……はあ」


 私は疲れで、身体を動かす気力が残っていなかった。


「……おい、お嬢様。いつまでそうしている。……任務は終わったぞ」


 イーグルが呆れたように、私に話しかけてくる。


「……分かってるわよ」


 私は、重い身体を無理やり引き起こした。

 座席に、私を縛り付けていた、あの『ベルト』を外す。

 そして、コックピットの縁に、ヨロヨロと手をかけて。


「よっ……と」


 機体の横に、いつの間にか、かけられていた、あの金属の『梯子』。

 そこに、足をかけたつもり、だった。


「…………あれ?」


 足が動かない。

 ガクガク、と、生まれたての子鹿みたいに震えていた。

 ダメだ、力が入らない……!


「あっ…………!」


 体が、バランスを崩した。

 私は、そのまま梯子から真っ逆さまに、格納庫の硬い金属の床へと落ちていく。


『……ああ、私、こんな、みっともない、死に方……』


 あの『竜害』をやっつけた、っていうのに!


 私が、死を覚悟した瞬間。


 ガシッ!


「…………は?」


 衝撃は来なかった。

 代わりに私の体が、何か、ごつごつ、とした、岩石みたいな感触のものに受け止められていた。


 恐る恐る、目を開けると。


「……ゴーレム……?」


 そこには、あの私を、あの森から荷物みたいに、担ぎ上げてきた、あの『岩石の巨人』が、私をまるで、お姫様みたいに、その太い『腕』で抱きかかえていた。


「……!」


 な、なんなのよ、これ!

 レディの、扱いじゃないわよ!


 私が、文句を言おうと、すると。


「……ふむ」


 格納庫の端っこ。

 『管制室』へと、続く、あの通路の入り口から。

 あの忌々しい、ちんちくりんの子供の『声』が、聞こえてきた。


 シビル。

 いつものよれよれの『ローブ』を着て。

 ボサボサの銀色の髪を揺らしながら。

 腕を組んで、そこに立っていた。


 あの子、あの『玉座』から、わざわざ、ここまで、私を迎えに来たっていうの?

 まさか、そんな子だとは思ってなかった!


「……シビル……!」


「……コレット」


 シビルは、私を、じろじろと値踏みするように眺める。

 そして、いつものように、フン、と、鼻を鳴らした。


「……上出来だ」


 シビルは、それだけ言うと。

 私に、背中を向けて、さっさと『管制室』へと、戻っていこうとする。


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」


「……なんだ。私は、これからお前らが取ってきた、『空戦』の解析を始めなければならない。……忙しいんだ」


「そ、それは、そう、かもしれないけど……!」


 私は、ゴーレムに抱きかかえられたまま、必死に、あの小さな『背中』に呼びかけた。


「……あ、ありがとう、とは、言わないのね……!?」


 私の、渾身の皮肉。

 シビルは、ピタリ、と足を止めた。


 そして。

 ゆっくりと、こちらを振り返ると。

 その赤い『瞳』で、私をじっと見つめて。


 こう言い放った。


「……ふむ。操縦や戦闘に対して、精神的な耐性も上がったようだな。……それに、兵装のデータが取れた、上出来だ」


「…………」


 私の初陣は。


 ……こうして、幕を、閉じたのだった。


『……疲れた……。もう、今日は何も考えたくないわ……』


 私はゴーレムの腕の中で、一人愚痴った。


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