第十四話:初陣、音速の鉄竜
私の腹が決まった、その一言。
それを待っていたとばかりに、さっきまで私の不満と恐怖の『声』を聞き流していただけの格納庫全体が、まるで巨大な生命体として蘇ったかのように、一斉にその活動を再開させた。
ガシュンッ!
唐突な衝撃が、私の背中を座席へと軽く叩きつけた。
今まで沈黙していた目の前の『計器』という名の黒い板の数々が、あの『仮想空間』の時とは比べ物にならないほど切実で、鮮烈な緑色の『戦闘』の光を、一斉に放ち始めた。
キイイイイイイイイイイイイン…………!
私の鼓膜を、金属が共鳴するような甲高い『起動音』がビリビリと揺さぶり始める。
本物だ。
シビルがあつらえた『お遊戯』の空間じゃない。
今、私は、本物の『鉄の竜』の心臓部で、この鋼鉄の化け物が目覚める、その産声を聞いている。
『……コレット。イーグル。……ようやく、その気になったか』
コックピットのスピーカーから、シビルの、いつもの眠たそうな、それでいて、どこか満足げな『声』が響いてきた。
あの子、あの『管制室』の『玉座』で、私が腹を括るまでの、この一部始終を、さぞ楽しんで観察していたに違いないわ。
『……ふん。私の貴重な『研究時間』を、どれだけ無駄にさせたと思っている。……だが、まあいい。覚悟を決めた以上は、さっさとやれ』
「分かっているわよ! それで、これからどうするのよ!」
『ああ、パイロットは少し黙ってろ!』
シビルは、私の焦りをピシャリと撥ねつけた。
『……こほん。こちら管制室。イーグル、最終チェックリストを開始しろ。……お前たちの、どうでもいい『痴話喧嘩』の間にも、私のゴーレムたちは、とっくの昔に出撃準備を完了させている』
「ち、痴話喧嘩ですって!? 誰と誰がよ!」
『……チッ。マスターは、相変わらず、悪趣味な物言いをなさる』
私の抗議と、私の頭の中に響くイーグルの不満の『声』が、見事に重なった。
だから、こいつと、この生意気な『声』と、気が合うなんて、絶対に、金輪際、認めてやりたくないのだけれど!
シビルに言われた通り、私はコックピットの縁から、身を乗り出すようにして、格納庫の現在の様子を窺った。
そして、息をのんだ。
「…………すごい」
さっきまで、この銀色の巨体が、ただ、ポツンと置かれていただけの、だだっ広い静かな空間。
それが今、まるで、巨大な蜂の巣を、無遠慮に棒で突き回したかのように、凄まじい混沌と、それでいて完璧な『秩序』の下で、動き回っていた。
ゴウン、ゴウン、ゴウン!
無数の『ゴーレム』たちが、この『鉄の竜』の機体の周りを、慌ただしく、それでいて、一切の無駄な動きなく、滑るように走り回っている。
私を、あの森から荷物のように担ぎ上げてきた、あのゴツゴツとした『岩石』の『人型』のものだけじゃない。
もっと巨大な、天井のクレーンと一体化したかのような、大型の『作業アーム・ゴーレム』。
床を、それこそ虫みたいに高速で走り回り、工具や『何か』を運んでいる、小型の『キャタピラ・ゴーレム』。
それらが、イーグルの翼の下に、何か、非常に物騒な、白く細長い『筒』のようなもの――『対魔力誘導弾』、シミュレーターでは一度も起動しなかった、あの『牙』を、手際よく、最後の『接続』作業を行っている。
機体のあちこちの『点検口』が、まるで生き物の鱗のように開き、そこから、魔法陣(?)が描かれた『機械』が青白い光を放ちながら、ブーン、ブーン、と低い唸り声を上げ、機体の内部を『スキャン』しているようだった。
ここは、本当に、アステル王国の辺境なの?
王宮の、あの古臭い『魔法研究所』なんかより、よっぽど、『魔法』と『機械』が、私の理解を遥かに超えたレベルで、融合し、稼働しているじゃないの……!
『……イーグルより管制室へ』
私の頭の中で、イーグルが、私にではなく、シビルに向かって、淡々と『報告』を始めた。その『声』は、もはや、私をからかう時の、あの傲岸不遜な響きではなく、冷徹な『機械』そのものの響きを帯びていた。
『最終チェックリスト開始。……魔力循環、安定。……動力炉、臨界前。……魔力過給システム、スタンバイ、グリーン。……兵装リンク、全兵装、アクティブ、グリーン。……パイロットのバイタル、及び、魔力循環、安定』
「ちょ……! 私の体の調子まで、全部、筒抜けなの!?」
『当たり前だ、お嬢様』
イーグルが、今度は、私に向かって、いつもの忌々しそうな『声』で、そう呟いた。
『貴公の魔力がなければ、この私は、ただの鉄クズだ。……貴公は、この機体の『生体コア』であり、『燃料タンク』でもある。……その『調子』を、この私が、把握しておくのは、当然だろう』
「せ、生体コア!? ね、燃料タンクですって!?」
なんという、あんまりな言い草!
『こちら管制室、報告を了解した』
シビルが、私たちの、そんなやり取りを、またしても、いっさい無視して、『管制官』として、そのだるそうな声を響かせていた。
『全兵装の懸架、及び、最終チェック、完了。……これより、地下滑走路への移動作業を開始する。……牽引ゴーレム、接続』
「ち、地下滑走路……?」
『こちらイーグル。……牽引ゴーレム、接続確認。……マスター、地下滑走路への移動準備を完了。……いつでも行ける』
イーグルが、短く、応える。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!
私の疑問に、答えるかのように。
格納庫の巨大な壁の一部……私たちが、ここに入ってきたのとは、また別の方向の『壁』が、重々しい、地響きのような音を立てて、ゆっくりと横へとスライドしていく。
その向こう側には。
「…………」
真っ暗な『穴』。
どこまでも、どこまでも続いているかのような、巨大な『トンネル』が、その黒い口をパックリと開けていた。
ガコンッ!
「ひゃっ!?」
機体全体が、わずかに、ガクン、と揺れた。
そして、ゆっくりと動き出す。
自分の『足(車輪)』で、動いているんじゃない。
機首の車輪に、いつの間にか接続されていた、あの『車のようなゴーレム』に、引かれて、運ばれていく。
ゴゴゴゴゴ……。
白々しい照明に照らされた、だだっ広い格納庫が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
整備ゴーレムたちが、作業の手を止め、私たち(私とイーグル)に向かって、一斉に、その岩石や金属の『頭』を下げているように見えたのは、気のせいかしら……?
機体は、あの真っ暗な『トンネル』の中へと、吸い込まれていった。
真っ暗。
さっきまでの、格納庫の、目が痛くなるほどの明るさが、嘘のように消え失せた。
あるのは、コックピットの中で、緑色に光る、計器の、ぼんやりとした明かりだけ。
そして、トンネルの壁に、等間隔に設置された、非常灯(?)のような、ぼんやりとした、赤い光。
それが、私たちが進む、唯一の『道しるべ』みたいだった。
ゴゴゴゴゴ……。
重い車輪が、金属の床を転がっていく、無機質な音だけが、この暗闇に響いている。
息が詰まるような、圧迫感。
さっきまでの、あの『G』とは、また違う種類の。
「……ねえ、イーグル」
私は、この息が詰まるような暗闇の中で、思わず、頭の中の『相棒』に、話しかけていた。
『……なんだ』
その『声』は、相変わらず、冷徹な響きだった。
「……本当に、大丈夫なんでしょうね」
私の声が、自分でも情けないほど、少しだけ、上ずってしまった。
『……なにがだ』
「決まっているでしょう! あの『ドラゴン』よ! 私、シミュレーターでは、一度も、あの『兵装』とやらを使ったことなんて、一度もないのよ!?」
そうだ。
あの地獄の『G』の訓練で、ただ、グルグルと空を飛び回っていただけ。
『ミサイル』だの、『機関砲』だの、その『撃ち方』なんて、シビルからも、こいつからも、一切、教わっていない!
『……ふん』
イーグルは、私の至極もっともな不安を、いつものように鼻で笑い飛ばした。
『……案ずるな、お嬢様』
「だ、だから、私は、お嬢様じゃ……!」
『……貴公が、やることは、シミュレーターの時と、何一つ、変わらん』
「はあ!? 変わらないって、どういう……!」
『……『イメージ』しろ、と言っているんだ』
イーグルの『声』は、あのシミュレーターの時と同じ、静かな響き。
『……貴公が『右へ』とイメージすれば、私が機体を右へ動かした。……『上へ』とイメージすれば、私が機体を上へ動かした』
「そ、それは、そうだけれど……!」
『……それと、同じことだ』
イーグルは、こともなげに、そう言い放った。
『……貴公が『撃て』と。……そう、強く『イメージ』しさえすれば。……あとは、この私が全てやってやる』
「…………!」
息をのんだ。
こいつ……。
私が、ただ『イメージ』するだけで。
あの忌ましい『竜害』を打ち払ってくれると?
『……ただし』
イーグルが言葉を続けた。
『……最終安全装置の解除。その『承認』は、貴公が、その『意志』で行わなければならん。……あのシミュレーターで、機体を動かした時のように。……『魔力』を、その『意志』に乗せて、私に、はっきりと伝えるんだ』
「……私の、意志……」
『……そうだ。……怖気づいて、その『承認』をためらえば。……その時は』
「……その時は?」
『……任務は、失敗だ』
「……………………」
最悪の脅し文句、ありがとう。
それ、私が、一番、聞きたくなかった、言葉よ!
そのある意味で、最高の励ましの言葉(?)。それに私がゲンナリとしていると。
ガコンッ!
再び、機体が大きく揺れて、停止した。
暗いトンネルの突き当たり。
『……こちら管制室。イーグル、地下滑走路の始点に到達』
シビルの、どこか緊張を帯びた、低い『声』が響いてきた。さっきまでの、眠たそうな響きが、完全に消え失せている。
『……牽引ゴーレム、切り離し。……これより、動力炉を、臨界に移行。……コレット、魔力リンクを最大にしろ。……機体の全権限を、イーグルと、お前に移譲する』
「りょ、了解……!」
『……了解。牽引ゴーレム、切り離し完了。……動力炉、臨界。……全システム、グリーン。……パイロット、魔力リンク、最大』
イーグルが、短く、応える。
ガコンッ! という、機首の下からの、金属的な『切り離し音』。
そして。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「な…………!?」
地響き。
さっきの格納庫の扉が、開いた時とは、比べ物にならない!
まるで、この『基地』がある、岩山全体が揺れているみたいだ!
目の前の真っ暗だったはずのトンネルの突き当たり。
そこに、一本の細い『光』の筋が、縦に走っている。
ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!
低い『ブザー』の音が、再び鳴り響いた。
目の前の細い『光』の筋が、ゆっくりと、左右に分かれていく!
あれは扉なんかじゃない!
『壁』だ!
この『基地』を、外界から隔てている、分厚い人工岩盤そのもの!
『巨大な防爆扉』!
それが今、私の目の前で開いていく!
光が差し込んできた。
白々しい、あの『基地』の照明じゃない。
自然で、どこか青みがかった、本物の『外』の光!
あの絶望の森の、湿った土と、腐葉土の匂いが、コックピットの中まで流れ込んできた。
重々しい金属の駆動音と地響きが止み、トンネルの突き当たりが、完全に開放された。
眩いばかりの外の光が、暗い滑走路を白く染め上げ、私たちの『出発点』を、これ以上ないほど、はっきりと示している。
……あ。
私、本当に外に出るんだ。
あの魔獣に追いかけられた、絶望の森。
その『上』に。
『……こちら管制室からイーグル。防爆扉、開放完了を確認』
シビルの、完全に『戦闘モード』に入った、冷徹な『管制』の『声』が、スピーカーに響いた。
『……イーグル、離陸シーケンス開始する。……カウントダウン、5秒前』
「い、今から!?」
『……コレット!全速前進だ!左手の『スロットル』から、魔力を込めろ!』
イーグルの『声』が、私の頭の中で、雷鳴のように轟いた。
『……3』
シビルの無慈悲な『カウントダウン』が始まった。
『……2』
私は、ギュッ、と目をつぶった。
左手の『取っ手』に、ありったけの『魔力』を集中させる!
『……1』
『――行け(スクランブル)ッ!!』
シビルの甲高い『号令』が、響き渡った。
その瞬間。
私は、シミュレーターで叩き込まれた、あの『感覚』の全てを解放した。
左手の『スロットル』を、魔力と共に、一気に前へ叩き込む!
『意志』を、叩き込む!
――行けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオG!
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!
私の背中を、岩石の『ゴーレム』に真正面から、思いっきり、ぶん殴られたみたいな凄まじい『衝撃』!
いや違う!
殴られたんじゃない!
『押されて』いる!
機体ごと、とんでもない『力』で、あの開いた『扉』の向こう……『外』に向かって、走り出している!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
轟音!
私の『魔力』に応えて、『魔力過給』が火を噴いた!
機体の後ろ、二つの『エンジン』のノズルから、青白い『炎』が、この暗いトンネルを真昼のように照らし出す!
機体が、軋む!
地下トンネルの壁が、目の前を、とんでもない速度で後ろへと、すっ飛んでいく!
「んぐ……! ああ……!」
ダメだ、声が、出ない!
肺が、背中に、張り付く!
シミュレーターで、何度も私を失神寸前に追い込んだ、あの『G』!
純粋な『加速』の『G』!
これが本物……!
『……耐えろ、コレット! 魔力を回せ! 気を抜くな!』
イーグルの、必死の『声』が、私の圧迫される脳髄に、直接、叩き込まれる!
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」
私は、歯を食いしばった。
そして、体中の『魔力』を、あのシミュレーターで、何度も練習させられたように、全身に展開する!
この『圧迫』に、抗う!
光!
トンネルの出口!
青みがかった、本物の『外』の光が、目の前に一気に迫ってくる!
『……機首を上げろ! 今だ!』
イーグルの『声』と、私の『意志』が、完全に一つになる!
右手の『操縦桿』を、ただ引くんじゃない!
この『鉄の竜』の『頭』を、空へと、持ち上げる!
フワッ!
凄まじい『加速』の『G』が、一瞬だけ途切れた。
機体が地下トンネルから、地上へと飛び出した。
車輪が、地面を離れる、あの独特の感覚。
一瞬の『無重力』。
あのジェットコースターの頂点に達した時のような、嫌な感覚。
そして。
『……こちら管制室!イーグル、離陸を確認! 高度を確保しろ! 直ちにクライムせよ!』
シビルの、いつもの眠たげな響きが消えた、切羽詰まったような『管制』の『声』が、スピーカーから飛んでくる!
『……了解! パイロット! 管制室の指示を聞いたな!』
私の頭の中で、イーグルが、雷鳴のように轟いた。
『『上』だ! 全力で上昇するぞ! イメージを同調させろ! 魔力過給、最大!』
「…………っ!」
私は、もう、シミュレーターで、この身に叩き込まれた『感覚』に全てを委ねた。
左手の『スロットル』は、すでに、一番、前に押し込まれている!
右手の『操縦桿』を、ただ引くんじゃない、『上昇』するという意志そのものになって、この機体と、一つになって、引き寄せる!
私の意志と魔力が、イーグルに流れ込む!
――行けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
さっきの『離陸』の『加速G』とは、比べ物にならない!
今度は『下』から!
機体が、地面に対して、垂直に近い角度で、空へと突き進んでいる!
グググググググウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
声にならない、絶叫!
さっきまでの『G』が、子供の、お遊びだったと、思い知らされる!
全身の血が、一滴残らず、足の先まで、引きずり下ろされる!
視界が、真っ暗になる、とか、そういう、生易しいものじゃない!
意識が、もう、肉体から、引き剥がされそうになる!
『……コレット! 意識を保て! Gに潰されるな! 魔力強化を最大にしろ!』
イーグルの、必死の『声』が、私の圧迫される脳髄に、直接、叩き込まれる!
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」
ヤケクソになんて、なってたまるものですか!
シミュレーターでの、あの地獄の訓練を、思い出せ!
全身に『魔力強化』のイメージを、見えない『鎧』のように展開し、この鋼鉄の竜と、一つになる!
グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
機体が、私の『意志』に応えて、轟音と共に空を『登って』いく!
地面が、一瞬で遥か下へと遠ざかっていく!
緑色の森が、まるで、地図の『シミ』みたいに、小さくなっていく!
速い。
速い、速い、速い!
本物の『空』!
本物の『速度』!
空気を切り裂くんじゃない!
空気を『殴りつけ』ながら、突き進んでいる!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
突如、機体全体が、ガクン、と、大きく揺れた。
いや、違う。
揺れたんじゃない。
機体の周りを、覆っていた、何かが弾け飛んだ。
耳元で、さっきまで鳴り響いていた、風を『殴りつける』音が、フッ、と小さくなった。
まるで、嵐の中から、急に、静かな部屋の中に、移動したみたいに。
代わりに。
キイイイイイイイイイイイイン……!
という、甲高い金属音だけが、私の頭の中に響いている。
『……ふん。ようやく超えたか』
イーグルが、どこか満足そうに呟いた。
「こ、超えた……? 何を……?」
『……『音』の壁、とでも、言っておくか』
音速。
私は、今、あの『竜騎士』たちが、逆立ちしたって、辿り着けない、『速度』の領域にいる。
音を、置き去りにして、飛んでいる。
『……こちら管制室。イーグル、現在位置と速度を報告せよ』
スピーカーから、シビルの冷静な『管制』の『声』が飛んできた。
『……イーグルより管制室へ。高度、急速上昇中。速度、音速を突破。……目標空域まで、あと、十秒』
「じゅ、十秒!?」
私が、呆気に取られて、聞き返すと。
『……もう着いたぞ。下を見ろ』
「え…………?」
言われてみれば、さっきまで私の体を座席に張り付かせていた、あの猛烈な『上昇G』が、ふっと軽くなっている。
機体が、自動的に(あるいは、イーグルが)、水平飛行へと移行し始めていた。
『……こちら管制室。目標空域に到達をレーダーにて、確認。イーグルはこれより、当該空域にて待機。ドラゴンを引き続き監視し、村への接近を阻止せよ』
シビルの冷静な指示が飛んでくる。
「ま、待機ですって!? こんな速度で、どうやるの……!」
『……お嬢様。貴公は、いったいシミュレーターで何を学んだ?』
私の頭の中で、イーグルが忌々しそうに呟いた。
『機体を水平に戻し、速度を落とせ。あのトカゲが逃げ出さないよう、上空で円を描くように旋回するぞ。……まさか、旋回のやり方も忘れたとは言わせんぞ?』
「え、ええ。わ、分かっているわよ!」
私は、シミュレーターで叩き込まれた感覚を必死に呼び起こす。
左手の『スロットル』をわずかに戻しながら、『減速』をイメージする。
同時に、機体をゆっくりと傾け、あの『G』に耐えながら旋回を開始する。
グウウウウウ……ッ!
「んん……っ!」
さっきまでの『G』の暴力に比べれば、まだ、なんてことはない!
私は、この『G』の中で、自分の『魔力強化』が、確実に、機敏に、作動しているのを感じていた。
あの『訓練』は、無駄じゃなかった!
機体は、私の『意志』に応えて、開拓村アステルの遥か上空を巨大な円を描くように、ゆっくりと旋回し始めた。
私は、機体を、必死に『G』と『魔力強化』で、制御しながら、コックピットの『天蓋』越しに、眼下を見下ろした。
さっきまで、緑色の『絨毯』だった、あの森。
その、一部が開けている。
そこには。
「あ…………」
開拓村アステル。
私を、あの荷馬車が引きずり回していった、あの村。
昨日、私が『お使い』に行った、あの村。
それが、まるで箱庭の『模型』みたいに、小さく、見えていた。
鍛冶屋の煙突から、か細く、煙が上がっている。
畑では、その豆粒みたいに、小さな『点』が動いている。
人々が生活している。
そして。
その小さな箱庭の村に向かって。
村の、すぐ、目と鼻の先にある、森の切れ目から。
ゆっくりと。
這い出てくる、巨大な『何か』が、いた。
「…………」
言葉が出なかった。
でかい。
私が、今、こんな空の遥か上から、見下ろしているというのに。
その『大きさ』が異常だ、と、一目で、分かる。
村の、一番、大きな『建物』……集会所か、何かだろうか。
あれの何倍?
十倍? 二十倍?
全身を分厚い黒い『鱗』で覆った、巨大な『トカゲ』。
いや、トカゲ、なんかじゃない。
アステル王国の『竜騎士』が乗っている、あの『竜』とも、比べ物にならない。
あれは、ただ、そこに『いる』だけで、周囲のすべてをなぎ倒していく、『厄災』そのもの。
『巨大な野生のドラゴン』。
シビルの言っていた、本物の『竜害』。
それが今、私の目の前に……いや、遥か眼下にその姿を現していた。
あの豆粒みたいに、小さな『点』……村人たちが、その『厄災』に気づいたようだった。
豆粒たちが、右往左往に逃げ惑っているのが、この高さからでも分かった。
あの肉屋の親父も、八百屋のおばあさんも、今頃、必死に逃げているのかもしれない。
村の、貧弱な『鐘』が、カン、カン、と、鳴り響いているのが、ここまで、聞こえてきそうな、錯覚さえ覚える。
そして。
その逃げ惑う、豆粒たちの中に、何人か、空を見上げている、ヤツらがいた。
……ん?
空?
私を見ている?
いや、違う。
彼らが見上げているのは、私じゃない。
私よりも、もっと、彼らにとって切実な『脅威』。
あの黒い『ドラゴン』だ。
その『ドラゴン』と逃げ惑う村人たち。
絶望的な光景の真上に。
突如として、空を切り裂いて現れた、この私。
『鉄の竜』。
あの地上の豆粒のように見える人たちからは、私たちが、どう見えているんだろう。
太陽の光を反射して。
音も置き去りにして。
空を突き破って、現れた、この銀色の『機体』。
彼らは、何が起きたか、分からず、呆然と空を見上げているのかもしれない。
ドラゴンと。
そして、突如、空に現れた、もう一つの『何か』。
『銀色の流星』。
『……こちら管制室。イーグル。機体の位置と目標の魔力パターンを補足』
シビルの冷静な『声』が、スピーカーから響いてくる。
『……コレット、聞こえているな。あれが今回の『実践テスト』の対象だ。あんな雑魚、さっさと撃ち落とせ!』
「……分かっているわよ」
私は、操縦桿を握りしめ、このとんでもない『G』の圧迫感の中で。
確かに、笑えていた。
あの『恐怖』が、冷たい『興奮』へと変わっていくのを感じていた。
『……パイロット。いつでもやれるぞ』
イーグルの『声』が、私の頭の中で、どこか楽しそうに、そう響いた。




