東北研究所
東北研究所
1943年6月。大本営は、戦艦陸奥が異世界から持ち帰った魔法や技能を、こちらの世界でも効率よく習得するため、専門の研究機関設立を決定した。
異世界からもたらされた能力により、主に索敵能力を高める事から、「知覚強化研究所」と命名され、秘匿名称は「東北研究所」となった。
まずは、内地の現役軍人や予備役軍人に光石を触らせ選別し、統計を取っていった。
統計により、やはり百人に一人の割合で異世界の能力に適合した者達がおり、日本軍全体で見ると相当な数になる事が判明した。
光石を光らせた者達の内、航空兵とそれになりうる者が優先され、各地に設けられた施設に集められた。
さっそく異世界の魔法や技能に関する書籍、その翻訳した写本に基づき、魔法・技能の習得を行わせたのだが、当初は習得できる者が出ず上手くいかなかった。
光石を光らせる事はできるため、その時に使う力を強く意識させ修練させたところ、ようやく技能が発動したのであった。
この光石を光らせる時に使う力を、異世界の能力を発動するための力として異能力と呼ぶ事にし、略して異力とした。
異力を強く意識して技能習得の修練を行う事で、身体強化は滞りなく習得できた。
しかしこの時点では魔法を習得した者は未だおらず、異世界に召喚された陸奥の乗員達とは違い、魔法習得の難易度が高い事が窺えた。
技能は続けて遠見・暗視と習得に成功し、これだけでも航空兵の戦力が向上したといえた。
そしてようやく、探知魔法を習得する者が現れ出した。
王国の魔法に関する書籍、その翻訳写本にあった魔方陣を数学的に意識し、それでようやく習得に成功したのであった。
異世界に召喚された陸奥の乗員達は、言ってしまえば魔法の効果と魔法陣を見ただけで、感覚で魔法を習得していたといえた。
探知魔法も同様に、数学など関係なしに習得できていたし、四属性魔法にいたっては魔法陣すら見ておらず、召喚された瞬間から使えていた。
しかし、写本には全ての魔法に魔方陣があり、本来感覚で習得する物ではない事が窺い知れた。
そしてこれにより、魔方陣の理解には数学の幾何学的知識が必要な事が判明した。
異世界に召喚された陸奥の乗員達は、特別に魔法の習得が容易になっていたと推測できた。
最初から身体強化の技能と四属性魔法が使えた事からも分かるように、召喚された者達は特別だったのであった。
陸奥の乗員達であれば、魔法の効果を知り、魔方陣を見て、習得のため修練を行えばよかった。
しかし、日本で異力適性を見せた者達は、魔法の効果を理解し明確に想像し、魔方陣を数学的に捉え、異力を強く意識しながら修練を行い、習得しなければならなかった。
つまり、魔法を習得できるのは、高等教育を受けた者、または数学が得意な者と分かった。
集められた航空兵を中心とした者達は、高等教育を受けている者が多いため、ほとんどの者が魔法を習得できた。
技能に関しては数学は関係ないため、今後は高等教育を受けておらず算術が不得手な者には、魔法習得を強制せず、技能のみの習得とされていく事になった。
それでも遠見や暗視の技能は有用であり、技能を得た者達は貴重な戦力となっていった。
魔法を習得できた航空兵を中心とした者達は、探知・通話魔法を習得し、索敵において大きな役割を果たす事になった。
この事から、異力適合者の中で高等教育を受けた者、算術が得意な者が優先的に東北研究所関連施設に集められ、魔法が使える者を増やしていった。
高等教育を受けた者を優先した結果、医学知識のある者は回復魔法を覚え、物理学を修めた者は浮遊魔法を覚えた。
浮遊魔法は、いわば重力魔法であると習得した者は述べた。
魔方陣を数学的に理解すれば、属性魔法も使えるのではないかと考えられたが、やはり使えなかった。
異世界に召喚された元陸奥乗員も試してみたが、やはり使えず、今後の研究課題となった。
陸軍の若い士官などは強化魔法を習得し、軍刀や着剣した小銃を一時的に強化し、身体強化・暗視・思考加速・鉄壁の技能も併用し、驚異的な夜戦能力を見せた。
暗闇の中で小銃弾をかわして見せ、強化した軍刀や着剣した小銃で小銃弾を切って見せたりもした。その軍刀は冗談みたいな切れ味となっており、立ち会った者達を慄かせた。
もっとも、暗闇の中で小銃弾をかわして見せるのは良いのだが、確認できるのは暗視・思考加速の技能持ちだけであり、切った小銃弾にいたってははそのまま直進するため、あまり意味はなかった。
軍刀の切れ味も、鋼鉄の装甲を切り裂けるのは凄いのだが、切り裂いたところで切れ目ができるだけで、東北研究所の所員から見れば意味があるようには思えなかった。
しかしこの成果に陸軍は歓喜し、身体強化・暗視・思考加速・鉄壁の技能を習得した兵士を求め、魔法を習得できない技能に特化した者達を幅広く集めた。
陸軍は主に身体強化・暗視・思考加速・鉄壁の技能による、夜戦能力に着目したのであった。
すると、前線で突撃を経験した事のある者が、暗視・思考加速・鉄壁に加え自動回復までも習得した。
鉄壁は防御力が上がり怪我をしにくくなり、自動回復は自然治癒力が異様に早まり、傷が見る見るうちに回復していくという技能だった。
実際には試せないが、砲弾の破片が刺さっても鉄壁により軽症で済み、自動回復で傷がすぐに塞がると考えられた。
強化魔法に関しては、強化した物の強度やその性質を強くする魔法であり、軍刀は頑丈にかつ切れ味が異常に良くなり、銃弾を強化したら暴発しやすくなった。夜戦において必ずしも必要ではない魔法であった。
日本陸軍は、魔法を習得し難い兵士に、多数の有用な技能を習得させ、その兵士を異能兵として確保していくのだった。
海軍はさらなる魔法が使える者を求め、学生達にも光石による選別を行う事を提案した。
陸軍も同意し、12歳以上の男子学生と、徴兵検査未満の男子の選別が行われ、徴兵検査不合格の若者の中で高等教育を受けている、または算術・数学が得意な者の選別が行われる事になった。
光石を光らせる事ができた児童達は、勤勉もしくは算術・数学が得意であれば、軍の資金で高等教育を受けさせる事になった。
すでに学生でない徴兵検査前の者達も、順次選別して同様の措置が取られた。
東北研究所としては、統計を取るため全国民を選別したかったが、さすがに手が回らなかった。
東北研究所の仕事は、光石による選別や魔法と技能の習得だけではなかったからである。
東北研究所では、魔法・技能・光石・鑑定球・魔法杖・魔石・異世界の栗鼠が研究されており、その仕事量は日に日に増していった。
科学的な分析や、科学技術との融合も試されていった。
この世界には存在しない光石は、異世界ではありふれた物であったが、再入手が不可能なため徹底した管理が行われた。
異力の感覚を掴むために必要なのだが、決まった場所以外での使用は固く禁じられていた。
魔石・魔法杖・鑑定球に関しては、魔石は低品質の大中小の物を対価の一部で持ち帰っており、それを元に低性能ながら大中小の魔法杖が製作できた。
鑑定球は王国の書籍の翻訳写本により製作法は分かっていたが、低品質な魔石しかないため、簡易鑑定球しか作れなかった。
ちなみに、鑑定球を扱えるのは異力に適性のある者だけだった。
新たな魔石の供給は、額に小さな低品質魔石の付いた栗鼠、異世界の栗鼠という事で「イリス」と名付けられた栗鼠により、入手の目処が立っていた。
イリスは通常の栗鼠と変わらず繁殖力が高く、まずは個体数を増やしつつ、魔石の品質向上が目指された。
1943年9月。東北研究所で魔法と技能を習得していた航空兵を中心とした者達が、ついに前線に出始めた。
それまでは、元陸奥乗員達頼りだった魔法と技能による索敵任務も、新たに魔法と技能を習得した者達も加わり、日本の索敵能力がさらに強化された。
日本の勢力圏内では、確実に連合国軍潜水艦は発見されていった。
航路の安全は確保され、輸送船や油槽船は安心して航行できるようになった。
10月。各戦線で連合国軍に対する夜間空襲が増え、多大な成果を上げ始めた。
日本の夜間空襲は昼間と変わらぬ精度で行われ、夜間であるため戦闘機による迎撃も低調で、一方的な攻撃が行われていった。
夜間空襲により連合国軍飛行場も爆撃する事で、連合国の航空機の活動が低下し、それに伴い日本軍は優勢になり余裕が生まれていった。
これを機に大本営は、外地の兵士達の光石による選別を進めた。
内地では兵役対象外の若者も選別され始めており、徴兵検査で不合格だった者達も選別の対象となった。
高等教育を受けているか、または算術・数学が得意であり、誤解なく指示に従う事ができ、正確な報告が行える者が選別を受ける最低条件となった。
11月。陸軍の夜間突撃に特化した異能兵の数が揃い、支那事変解決のため、技能や少数ながら魔法を習得した異能兵達が投入される事になった。
兵力分散や逐次投入ではなく、一所に集中的に投入する事で、国民党軍を各所で粉砕する計画であった。
12月。東北研究所において最大の成果が生まれた。
技能未来視である。
不安定ながら「未来で見た物」を視る事ができ、対策によって未来を変える事ができる技能だった。
異世界の王国でも非常に稀な技能であり、陸奥が召喚された時点では未来視の技能を有する者はいなかった。
元陸奥乗員達もこの技能は習得できておらず、習得方法や修練方法がおおよそ分かっていても、必ずしも習得できる技能ではなかったのである。
東北研究所では、視る事への強烈な渇望が必要なのではないかと推測している。
その推測の根拠が、未来視の技能を習得したのが、視力の極めて低い弱視の者だったからである。
弱視は眼鏡による矯正が効かず、視力が低い者の事を指す。
未来視の技能を習得した者は、視力0.1を下回り0.02の視力しかなかった。
幼い頃より視力が低い事に慣れており、全く視えない全盲とも違い、視野も狭くもないため、慣れた場所なら日常生活動作は健常な者とほぼ変わらず行えた。しかし、ただただ大雑把にぼんやりとしか視えていなかった。
人の顔は分からないため全体の輪郭と声で個人を判別し、目の前にある文字は5cm程に大きければ読めた。
未来視の技能を習得した者は、視る事への渇望が非常に強かった。
遠見・暗視の技能に歓喜しつつ、探知・通話魔法もすぐ習得し、拡大視・聴覚強化・反響定位・気配察知・危険察知・記憶といった技能を次々と習得していった。遠見と拡大視の技能を使えば、健常な者並には周囲を視る事ができた。
拡大視は虫眼鏡で物を見るようなもので、聴覚強化は耳が良く聴こえ、反響定位は音の反響で周りの状況が把握できた。
気配察知は周囲の気配を探る事ができ、危険察知は起こりうる危険を察知し回避でき、記憶は記憶力が良くなった。
そして未来視の技能を習得したのであった。
未来視は、任意に発動できず、不安定な技能であった。
不意に「未来で見た物」を視るのである。
そこで東北研究所は、この未来視の技能持ちに一日中情報をまとめる仕事を行わせた。
その日に入って来る、あらゆる情報を文書にまとめさせ、過去の重要事は毎回読み返させた。
これにより、未来視の技能で視る物が、大半が情報をまとめた文書となった。
この報告を受けた大本営は驚嘆し、この未来視の技能持ちを大本営直属とした。
不安定ながらも未来の情報を得る可能性があり、大本営は未来視の技能持ちに最新情報と、過去の重要事を読ませ続ける仕事を与えるのだった。
もっとも現在の戦況は日本が持ち直しており、未来視の技能持ちが目覚しい戦果を挙げる機会は少なかった。
大本営が東北研究所を開設させて半年、研究所は次々と成果を出し続けていた。
そのおかげで、本来の戦争目的である支那事変も、ようやく解決の糸口が見えてきたのであった。
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