魔王討伐
魔王討伐
戦艦陸奥は位階が99に達した事で、限界突破の技能を得た。
これにより技能が強化され、さらなる力を得る事になった。
具体的には、燃料消費半減、自動修復、攻撃力上昇、魔法防御力上昇、危害半径拡大、遠見、闇属性特効、暗視、命中補正の技能がさらに強化されていた。
自動修復は修復速度が上昇し、遠見はある程度の遮蔽物の向こう側を見る事ができるようになった。今なら濃い霧に隠れた魔物も見る事ができると思われた。
王国の情報によると、勇者の位階は99が上限だという。
歴代の勇者の中にも99まで位階を上げた者達がおり、その者達は余裕を持って魔王を討伐した記録が残っていた。
王国軍と協力しながらの戦いを行う勇者は、なかなか99まで位階を上げられなかったようだった。
上限に達しないまま魔王に挑む場合、王国軍に多大な犠牲者を出しながら勇者が魔王に止めを刺す事になった。
王国の損害の多寡は、全て勇者の資質や性格次第であったようだった。
もっとも王国としては、王国軍では倒せない魔王さえ倒してくれればよいと考えていたようだったが。
今回の勇者召喚では、王国軍の犠牲者が極端に少なくなっているという。
最も多かったのも、精鋭の偵察兵の犠牲であった。命がけで魔王と魔王軍の情報を掴んできており、王都に撤退した守備隊と違い多くの損害を出していた。
しかし偵察兵の犠牲は、歴代の魔王との戦いでも同程度の損害は出しており、元々織り込み済みの事だったようだ。
そしてそれが、今回の魔王との戦いの王国軍の主な犠牲であった。
王国はこれほど損害少なく魔王討伐を成功させつつある勇者に、戦艦陸奥の乗員達に対し、できるだけ報いたいと申し出てきていた。
金などの希少金属を始め、強力な武器や鎧、多数の高性能な魔法杖や魔道具などを提案された。
しかし武器や鎧、魔道具は不要と断っていた。元の世界に魔物はいないため、この世界の武器や鎧は不要であり、魔道具も似たような機能の物が既に開発されていた。
魔法や技能が元の世界で使えるかは分らなかったが、最大限有用と思える対価は貰う事になった。
大中小の高性能な魔法杖だけでなく、中程度の性能の魔法杖や低性能の魔法杖も要求した。
魔法杖や魔道具の素材となる魔物の魔石は、大きさも品質も様々であった。この魔石もこれまでの戦いで鹵獲した物が大量にあり、その中から低品質な物を魔法杖の製造法と共に分けてもらう事になった。
元の世界でも魔法が使えたならば、低性能な大中小の杖を製造し確保できる事になる。
確証の無い事でもあるため、大量にある低品質の魔石のみを求めた。
低品質の大きな魔石を使えば、低性能とはいえ大杖が作れる。大杖ともなると小杖や杖よりも高性能を発揮できた。
低性能な大杖とはいえ攻撃魔法や探知魔法、通話魔法などが元の世界でも使えれば、非常に重宝すると考えられた。
属性魔法による攻撃には、目標を追尾し命中する物がある。
火属性魔法の炎追槍などは最新の航空機ほどの速度は出ないが、目標を追尾し炎の槍が目標に突き刺さるという。急降下爆撃機や雷撃機迎撃に最適な魔法と思われた。
戦艦陸奥は王国からの対価を受け取りつつ、魔王との決戦に向け準備に余念が無かった。
「意見具申!」
決戦を間近に控えたある日、若い士官が額に小さな石がある栗鼠を抱えて意見具申を申し出た。
「この栗鼠について提案があります!」
艦長が言ってみろと先を促した。
「この栗鼠の額にある石は、低品質の魔石だそうです。繁殖力は元の世界の栗鼠と同様で、すぐに増えます。小さく低品質の魔石ではありますが、この栗鼠を元の世界に連れ帰れば、今後も継続して魔石を入手できると愚考いたします!」
「なるほど。副長、どう思う?」
艦長は顎に手をやり理解を示しつつも副長に尋ねた。
「…乗員の間で、栗鼠への餌やりが流行っているのは把握しております。非常に人懐っこく、愛嬌を振りまく栗鼠に当てられる者が続出しています。…貴様もその一人なのではないかね?」
若い士官は若干動揺しながらも栗鼠の有用性を説いた。
「け、決してそのような不純な動機ではありません!この栗鼠に関して、さらに申し上げますと、我々に譲渡されている鑑定球を用い、魔石の品質を詳細に鑑定し、品質の高い個体同士を掛け合わせる事で、いずれ魔石の品質が向上する可能性があると愚考いたします!」
「ふむ。…副長、なかなか良い案だとは思わんかね?」
艦長は薄く笑いながら副長へ促した。
「そうですね。…まあ良いでしょう。栗鼠の有用性を認めます。あと新たな鑑定球も追加で要求しましょう」
「ありがとうございます!」
若い士官はやりきったといった体で敬礼した。
その後、王国側に栗鼠の譲渡を求めたが、勝手に城に入り込んで住み着いている動物なので、連れて帰っても問題ないと回答されるのだった。
鑑定球も問題なく、製造法と共に新たに複数譲渡された。
魔王との決戦を前に、元の世界に持ち帰る物は大方積み込みを終え、魔王を打ち倒す準備は整ったのだった。
■
不死の魔物の大群との戦闘から数日が経ち、戦艦陸奥の見張員は接近してくる何かを視認した。
「魔王と思しき巨大なものの上部を視認!」
双眼鏡と遠見の技能を使い、地平線から見え出した魔王と思しき物を、見張員が視認し報告を上げてきた。
確認できるのは上部のみで、まだ全体は把握できない。
「この距離で上部が見えるという事は、相当な大きさですね」
「うむ。過去最大と言うだけはあるようだな」
戦艦陸奥の最大射程よりも遠方にもかかわらず、魔王は上部を見せたのであった。
王国の情報通り、全高数百mはあるとみられた。
そして陸奥の最大射程に入った時に現れたその姿は、情報通りの巨大な樹木であった。
王国の情報によると、魔王は全高数百mあり、根元付近の幹の太ささも全高同様数百mに及び、根は半径6kmに広がり、根の範囲に進入すると無差別に鋭い根によって攻撃を行ってくる。根で掴まえ地中に引きずり込んで窒息させたり、足止めしている間に本体である樹木からの魔法攻撃を行ってきたりもするという。
根は再生能力が非常に高く、切り落としてもすぐに再生し襲い掛かってくる。
通常の勇者であれば、本体に辿り着く前に疲労困憊となり、魔王を倒す事は困難だったと予想された。
さらに最悪の所以となっているのが、魔王が通った後は直径12kmの範囲を夥しい数の根が通り過ぎる事によって、壊滅するからだった。
森も山も街も都市も関係なく、全てが深く耕され地中に飲み込まれていく。
まさしく最大最悪の魔王であった。
「通常の樹木の魔物は火に弱く、燃やしてしまうか切り倒せば倒せるそうですが、あの大きさだと大変そうですね」
「うむ。それに根が再生するとなると、幹も再生するだろうから骨が折れそうだな」
「はい。砲弾の爆発の熱でどこまで再生を抑制できるか…。三式弾がもっとあればと思わずにはいられませんね」
「全くだ。…魔王を十分引き付け、予定通り距離2万mで攻撃を開始する」
艦長はあらためて宣言した。
魔王が徐々に近くなり、魔王の根の範囲外に魔物の大群が布陣している事が視認できるようになってきた。
魔王配下の魔物達は魔王と歩調を合わせており、突出してくる事はなかった。
やがて魔王が、攻撃予定地点に入った。
「魔王、攻撃予定地点に入りました!」
「撃ち方始め!」
号令一下、戦艦陸奥の主砲が攻撃を開始した。
最初は全て徹甲弾による斉射だった。
樹木の魔王の幹の下部を狙った斉射は、命中力が上昇していた事もあり、非常に狭い範囲に砲弾が集中した。
これにより、大きく深い穴が穿たれた。しかし全体が大き過ぎるため、穴は小さく見えた。
開いた穴を注視したところ、やはり再生が始まっている事が見て取れた。
そこで次の攻撃からは、三式弾を1発づつ混ぜていく事になり、着弾の間隔もやや広げる事になった。
魔王の配下の魔物達も突撃を開始し、王都へ、陸奥へと向け加速しだした。
これら魔物達は、当面無視する事になっていた。
二度目の斉射が行われ、狙い違わず同じ箇所に砲撃を命中させた。
そして今回は三式弾の効果もあり、再生を抑制する事に成功したのだった。
魔王は防御しようとしてか苦しんでか、根を一斉にに上空に伸ばしていた。
その根によって射線が遮られていたが、遠見・限界突破の技能により測距儀で目標まで見通す事ができ、砲撃に支障は無かった。しかも陸奥の砲撃には攻撃力上昇、危害半径拡大、限界突破の技能が影響しており、根は砲弾に触れる事さえできず薙ぎ払われていった。
その後もじっくりと砲撃を続け、目標を横にずらすなどし、魔王の幹を抉っていった。
副砲も攻撃に参加しだし、魔王を一方的に打ちのめした。
高角砲も砲撃に加わり、魔王の複数個所で穴が貫通し、三式弾が底をつく頃には、魔王の根が地面に落ち、遂に魔王の動きが止まったのだった。
「やったか?」
艦長が期待を込めて言った言葉に、副長が冷静に答えた。
「通常の樹木の魔物ですと、燃やすか切り倒すかしないといけないそうですから、あと少しでしょうね」
砲撃は継続し、そしてついに巨大な幹は折れ、魔王は倒れたのであった。
すると戦艦陸奥、そして乗員達はぼんやりと光りだした。
王国の情報通り、元の世界への帰還が迫っている事が窺えた。
「これでやっと帰れるな」
「はい。消費した砲弾や燃料、食料の費用を補って余りある金塊も得られました。帰った後も大変でしょうが、これで一件落着ですね」
艦長と副長は、ようやく異常事態から解放されると胸を撫で下ろすのだった。
魔王配下の魔物達は、魔王が倒された事で王都への進攻を止め、算を乱して潰走していった。
対魔王戦は完全に終結したのであった。
陸奥の艦内で魔王討伐成功に乗員達が沸く中、戦艦陸奥は国王の来訪を受ける事になった。
国王は陸奥と陸奥の乗員達に深謝し、天皇陛下と総理大臣に宛てた親書を艦長に手渡した。
親書は、王国語の物と日本語の物の2種類が用意されていた。
それは、王国にできる最大限の感謝を表す物だった。
そしてこれが、この勇者召還という異常事態を、海軍のみで秘匿する事ができなくなった瞬間でもあった。
帰還の時間が迫り、国王始め王国側の人々が陸奥を退去していった。
戦艦陸奥を王城の人々が遠巻きに囲んで見送る中、魔方陣が展開し、陸奥の発光が一際強まり、僅かな振動が起きた後には、戦艦陸奥は海の上に戻っていた。
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