魔王軍迎撃戦・前編
魔王軍迎撃戦・前編
戦艦陸奥が勇者召喚で呼び出されて10日程が経つ頃、有翼の魔物達が王都に向け飛来してきていた。
撤退中の王国軍や避難民には目もくれず、勇者に引き寄せられるかのように王都を目指していた。
この報せはただちに通話魔法で王都と陸奥に伝えられ、迎え撃つ準備に入った。
「電信とは異なる通信、通話魔法は非常に有用な魔法だな。日本でも使えたならば、無線封止の状況でも通信ができる」
「はい。日本だけが使える通信になるでしょうから、暗号化する必要もありませんしね」
魔法や技能が日本に帰った段階でどうなるかは不明だったが、継続して使えるとなれば戦局を好転させる可能性があると考えられた。
有翼の魔物達は、小型の鳥類から大型の亜竜まで様々な種類が飛来してきており、その大きく雑多な群れは千を超える規模と見積もられた。
迎え撃つ準備が整い、十分引き付けて攻撃する事になった。
具体的には対空戦闘となるため、対空砲である高角砲の有効射程に入った段階で攻撃開始となる。
「敵、有翼の魔物群、高角砲の有効射程に入りました!」
「撃ち方始め!」
号令一下、戦艦陸奥の主砲と高角砲が射撃を開始した。
主砲が発射したのは対空砲弾である三式弾であり、焼夷榴散弾ともいえる物だった。
時限信管で炸裂し、瞬発信管を用いれば命中させてから爆発させる事も可能だった。
8発の三式弾が有翼の魔物群を包み込むように炸裂し、高角砲弾は敵中で時限信管を作動させ炸裂した。
主砲の次弾装填を待つ間、高角砲は撃ち続け、有翼の魔物はその数を減らしていった。
主砲の第二斉射は亜竜を狙って放たれ、亜竜を地上に落とす事に成功する。
そこに副砲が撃ち込まれていき、地上に落ちた亜竜を悉く打ち倒したのだった。
続く主砲の第三斉射と高角砲の射撃で、全ての亜竜を地上に落とし、副砲で仕留めていった。
今回の魔物の来襲における最大脅威である亜竜を討伐した事で、主砲は第四斉射で砲撃を止め、高角砲による残敵掃討が行われた。
まばらになって混乱している有翼の魔物は、王都前面の防衛線に展開していた王国軍が、弓や魔法で撃退していった。
有翼の魔物は移動速度が速いとはいえ、航空機ほどの速度は無く、戦艦陸奥は余裕を持って勝利する事ができた。
それは当初の見積もり通りであった。
有翼の魔物は、空を飛ぶ事から打たれ弱いと考えられた。
王国側に情報を求めても同じ回答であり、亜竜以外は高角砲弾の炸裂で十分倒せると見積もられていた。
結果は実際その通りであり、亜竜は高角砲でも地上に撃ち落とせ、倒すのは主砲の徹甲弾を使うまでも無く、副砲で事足りたのであった。
これが竜であれば、もっと打たれ強いと予想されたが、王国側の予想では竜は出てこないと考えられていた。
竜は知能が高く、魔王に従った例が無いとの事であった。
中には勇者と交流を持った竜も居たという。とはいえ魔王討伐には協力してもらえなかったようだが。
迎撃戦には王国側の担当者も観戦に来ていて、度肝を抜かれているようであった。
砲撃が終了した後、王国の担当者は見たことも無い戦いだったと興奮していた。
あの規模の有翼の魔物が攻めかかってきた場合、城塞都市ならば大損害もありえ、王都でもただでは済まなかったという。
今回、ある程度の被害は王国側も覚悟していたそうだった。
それが蓋を開けてみれば、一方的な蹂躙に終始した事で、王国の担当者は驚愕しきりだったという。
さすがは規格外の勇者様だと鼻息荒く熱弁していた。
それはともかく、戦艦陸奥は魔物を倒した。つまり、位階とやらが上がったと思われる。
王国側より譲渡されていた鑑定球を使い、さっそく戦艦陸奥を鑑定する事になった。
確かに位階が大幅に上がっていた。能力値の各項目の数値が上昇していた。そして、技能が取得されていた。
取得した技能は、燃料消費半減、自動修復、攻撃力上昇、魔法防御力上昇であった。
鑑定球でこれら技能をさらに鑑定したところ、燃料消費半減はその名の通り燃料消費が半減し、魔法防御力上昇もそのままの意味で、魔法に対しての防御力だった。
攻撃力上昇は魔物に対する攻撃力が上昇するとの事で、砲撃による魔物の致死率が上がるとみられた。
問題は自動修復であった。
瓦礫により破損していた箇所が自動的に修復されており、さらに乗員の怪我や古傷までもが修復されてしまっていた。
自動修復はとんでもない技能であった。事実上、砲身命数が無くなったとみられ、被弾損傷しても勝手に修復し、装備や砲弾、乗員までもが健常な状態を維持される事になる。もっとも若返りなどは見られなかった事から、加齢・経年劣化は起こると考えられた。
この技能が日本でも継続して使えたなら、とんでもない継戦能力を持った戦艦が誕生した事になる。
観戦していた王国側の担当者によると、乗員に自動修復が適応されるのは、艦の装備と認識されているからではとの事だった。
検証は必要だが、一定期間陸奥艦内で勤務する事で、技能の恩恵に預かれるのではないかと予想された。
乗員は、いわば勇者陸奥の身体の一部と言えるのだった。
今回の迎撃戦で、主に戦闘に携わったのは一部の乗員だけだった。
その事から、甲種飛行予科練習生も含めた戦闘に携わり難い乗員たちには、魔法や技能の修練をさらに進めさせ、王国が一時的に提供した魔法や技能に関する書籍の、日本語での写本を行わせる事になった。
書籍は当然ながら王国の文字で書かれており、召喚された影響で乗員達はそれを理解する事ができた。
書籍は貴重な物もあり、さすがに譲渡は無理との事だったので、人海戦術による日本語写本が作られる事になったのだった。
もし日本に帰っても魔法や技能が使えた場合、この写本はとんでもない価値を持つ事になる。
戦闘に直接関与できない乗員達に与えられた、重要な任務となった。
■
王国は勇者戦艦陸奥の戦いを驚愕しながら見守っていた。
歴代の勇者でも、ここまで単独で魔物を倒した例は無く、一挙に位階が上昇している事が予想できた。
「アレが艦砲射撃という物か…。凄まじい威力だな」
「これならば、最大最悪の魔王打倒も可能でしょう」
宰相や大臣達は安堵の声を漏らし、動く事のできない勇者への不安が解消されていった。
王宮が半壊し、召喚された人数も1500人と多いため、十分な歓待が行えていなかったが、この迎撃戦勝利を祝うため、王国は最大限物資を集める事になった。
食文化の違いから、王国はなかなか陸奥の乗員達の口に合う料理を提供できないでいた。
主な食事は陸奥の烹炊所に頼りきりになっていた。
王国は陸奥の烹炊所の料理長に、異世界の料理法の教えを請い、見返りとして希望する食材を可能な限り提供した。
この事により王国の食文化は発展し、さらにジャガイモとサツマイモを提供してもらった事で、数年後には劇的に食糧事情が豊かになったのだった。
緒戦勝利の祝勝会は盛大に行われ、陸奥の乗員達も旨い料理にありつけた。
祝勝会は王城の敷地内で催され、乗員達は庭園内で羽を伸ばした。乗員の中には、庭園内に生息していた額に石がある栗鼠のような人懐っこい動物と戯れる者もいた。
興が乗り、歌いだす乗員も出てきて盛り上がり、異世界の音楽に興味を持った王国の者が気に入った曲を楽譜に残し、後に異世界の音楽の影響も王国に拡がるのであった。
■
数日後、避難民の退避が終わり、前線の王国軍が王都へ合流した。
魔王とその配下の魔物達は依然として王都へ向け直進しており、魔獣の大群が王都に迫っていた。
その数は数万に上っており、巨大な魔獣が多数含まれている事から、王都に緊張が走った。
陸奥は迎え撃つ準備を整え、待ち構えていた。
今回は空を飛ばない魔獣が中心なため、主砲・副砲・高角砲による射撃で効率よく撃退する計画だった。
「魔獣は数が多い、主砲弾も限りがある。効率的に魔獣を誘導し、痛撃を与えつつ撃退する」
「はい。王国の情報では魔獣は知能が高くなく、本能によって行動する傾向が強いとの事ですから、上手くいくと思われます」
「魔獣達が想定地点に入り次第、予定通り砲撃を開始せよ」
魔獣の大群が目視範囲に入り、主砲の射撃がじっくりと開始された。
魔獣の大群の両翼の端から砲撃を加えていき、魔獣達が砲撃による爆発で中央へ寄っていくように仕向けていった。
副砲の射程に入ってからは副砲も魔獣の誘導に参加し、魔獣達を密集させていった。
これにより、巨大な魔獣達に踏み潰される魔獣も現れた。
やがて高角砲の射程に入り、戦艦陸奥の砲撃は密集している魔獣へ向け、全力で行われる事になった。
主砲の斉射と共に副砲・高角砲が密集している魔獣達を打ち倒し、魔獣の大群に大損害を与えた。
続く主砲の攻撃は、砲塔ごとに巨大な魔獣達を中心に砲撃し、命中精度も高くなった事もあり確実に仕留めていった。
さしもの巨大な魔獣も、41cm徹甲弾の前には無力であった。一発直撃すれば、ほぼ無力化に成功したのである。
主砲で巨大な魔獣達を撃破後、副砲・高角砲が砲撃を続けていたが、魔獣に対する砲弾の影響範囲が拡大している事が見て取れた。
鑑定球による鑑定の結果、陸奥の技能が増えており、新たに取得した危害半径拡大の技能が関係している事が分かった。それを踏まえ以降の砲撃は、より砲弾節約が意識された。
主砲は巨大な魔獣達を確実に狙い撃ち、丁寧に撃破していった。
魔獣達は大損害を受けながらもひたすら前進し、猪突猛進を続けていたが、巨大な魔獣達が全て撃破されると動きに変化が起きた。
「最大脅威である巨大な魔獣は全て停止しました。魔獣の群れも半壊、ばらけ始めています」
「脅威度の高い魔獣から順次攻撃。よく狙え」
陸奥は王国の情報に基づき、魔獣の大群の脅威度の高い魔獣から仕留めていった。
程なく魔獣の群れは統率を失い、散り散りに潰走していった。
王都から魔獣の群れまでは距離があったため、王都前面の防衛線に展開していた王国軍は、潰走する魔獣達に追撃を加える事はできなかったようであった。
しかし魔獣の大群は半壊しており、十分な勝利といえた。
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「あの堅い巨獣を一撃とは…。勇者様はさらに位階が上がり、強くなられているのだろうな」
宰相の感嘆の声に大臣は相槌を打ち、戦艦陸奥への見返りについて提案する。
「ええ。…亜竜の素材を始め、今回は巨大な魔獣達の素材も手に入りました。大きく高品質な魔石で、高性能な魔法大杖が多数製作可能です。これだけの戦果を挙げた勇者様、戦艦陸奥とその乗員達に報いるためにも、魔法杖を譲渡するべきかと」
異世界では魔物はいないため、鎧は不要だという。亜竜の鱗は鎧の材料に最適であったが、不要と断られていた。
ならば必要性が考えられるのは魔法杖であった。
魔法杖は大杖・杖・小杖とあり、大きくなる程、魔石の品質が良くなる程、その性能は高くなった。
陸奥乗員達は、異世界に帰還すると魔法や技能が使えるか分からないと言っていたが、王国側は使えないはずは無いと信じていた。
そこで王国側は、戦艦陸奥とその乗員達に報いるため、財宝以外の報酬として、各種魔法杖を譲渡する事にした。
魔物達から獲れた魔石で今から製造したのでは間に合わないため、王国が保有する高性能な魔法杖を、多数譲渡する事が決定した。
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戦艦陸奥は大きく位階を上昇させ、新たに4つの技能を取得していた。
危害半径拡大、遠見、闇属性特効、暗視の技能であった。
危害半径拡大は魔物に対しての危害半径が拡大し、闇属性特効も闇属性の魔物に対する攻撃効果が上昇するというものだった。
遠見と暗視は人が取得する技能と同様、測距儀で遠くが良く見え暗くても見通せるようになるようだった。
実際に測距儀から観測できる視界が良好になっており、どうやら最大射程まで良く見通せているようだった。
王都の周囲は平原であり、王城は周囲よりも高い位置にあり、王宮のある場所が一番高くなっている。そこに戦艦陸奥が乗っているため、およそ120mの高さから見渡せる形になっていた。
「王国の斥候部隊の話によると、次に押し寄せるのは二足歩行の魔物の群れだという。見通せる範囲が拡大した事で、作戦が立て易くなったな」
「はい。次の魔物は魔獣と違い、知能が高い個体もいるそうですから、注意が必要ですね」
「今回撃ち漏らした魔獣達もおそらく合流するだろうから、次もまた相当な規模となるな」
「ええ、しかし陸奥の位階が上がり、魔物に対しては無類の強さとなっている事が朗報でしたね」
「全くだ。砲弾の節約にもなるしな。大分余裕が出てきたといえるだろう」
戦艦陸奥は取得した技能により、魔物に対する攻撃力が非常に高くなっていた。
もちろん主砲の直撃または至近弾で倒せない魔物は少ないだろうが、攻撃力上昇と危害半径拡大の技能により、砲弾の爆風による魔物の致死率が跳ね上がっていた。
当初は陸奥の砲弾威力のみで計算していたが、勇者陸奥は位階が上がる事で王国の言う勇者の強大な力を得たようであった。
そんな強大な力を得ないと倒せないという魔王。特に今回は最大最悪の魔王という事だった。陸奥が負けるとは思えなかったが、手強そうな予感はするのだった。
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