未来視の戦果
未来視の戦果
未来視の技能持ちは、大本営に手厚く保護されていた。
未来視は日本の最重要機密である事から、警護のため建物の中で護られ、外へは出さず、必要な物は全て揃え、未来視の技能持ちの要望には外出以外は可能な限り応えていた。
優先されるのは未来を視る事であり、未来視の技能を持つ者の要望が、未来の情報を視る妨げになるようであれば却下された。
未来視の技能持ちの周囲は、起きている間情報が目に入るよう、あらゆる場所に視力の低い未来視の技能持ちでも見えるよう、最新の情報や過去の大きな出来事が、一文字が50cmほどの大きく読みやすい文字で張り出されていた。
未来視の技能持ちが未来を視た時、情報の書類を読んでいる時であれば問題ないのだが、食事中、屋内での散歩中、入浴中、便所の中など何処で未来を視るか分からないため、目に付く所すべてに最新・過去の重大情報を掲示していた。
この生活は不安定な未来視の技能を最大限活かす方法と考えられ、戦争終結まで続ける事になっていた。
未来視の技能持ちは一応軍人となっていたが、起床してから就寝するまでが軍務であるため、ラジオやレコードは自由に聴いても構わないとされていた。
そして出した大きな成果が、ウェーク島に対する米艦隊の砲爆撃の情報、連合国軍のノルマンディー上陸作戦の情報、ハワイを占領しても米大統領は再選する情報、東太平洋での潜水艦による米艦船の発見報告、インド国民軍の戦況報告、エジプトの戦況報告、東南海地震と三河地震の情報であった。
ウェーク島への来襲情報は、米艦隊を待ち構え撃滅する事に活かされている。
連合国軍ノルマンディー上陸の情報は、諜報で得た情報として詳細をドイツへ送り、情報が符合するにしたがい信用され、連合国軍のノルマンディー上陸後に援軍が間に合い、迎え撃たせる事に成功した。
ハワイ攻略と米大統領再選の情報は、その後の日本軍の行動を大きく変える切っ掛けになった。
大本営は米大統領の再選を阻止し、戦争終結を考えていた。
そこで練られていたのが、アメリカ大統領選挙前のハワイ攻略作戦であった。
機動部隊による夜間空襲と、戦艦陸奥の精密砲撃によるオワフ島の無力化で、ハワイの占領は可能と考えられていた。
もし仮に有力な米艦隊が現れたとしても、撃破可能ともみられていた。
未来視の技能持ちが視た情報では、ハワイ攻略は問題無く成功し、米艦隊も現れなかったという物だった。
しかし肝心の米大統領選挙は、現職が再選してしまい講和の道は断たれ、フランスが連合国軍に占領されてしまうのだった。
ドイツは東部戦線でソ連を食い止めている状態であり、アメリカが太平洋を切り捨ててドイツに注力してしまった場合、その物量でフランスを奪還してしまう事が判った。
さすがにそれは不味いと感じた日本は、東のハワイではなく西のインドやエジプトへと目を向けたのだった。
日本が西へ目を向けた事で未来が大きく変わり、未来視の技能持ちがこれまで視てきた連合国軍の未来の情報が、一旦白紙に戻ったのである。
オーストラリアを追い詰め中立を宣言させた日本は、この方面の戦力を東西に分けた。
東へ向かった潜水艦隊は、アメリカの艦船を攻撃するため、東太平洋を中心に活動し、艦船の発見情報を報告し続けた。
この連合国の艦船情報も未来視の技能持ちに与えられ続け、東太平洋における連合国艦船の未来情報を視るようになった。
大型の艦船や輸送船団の未来情報が集まり、潜水艦隊による襲撃が計画され、実行に移されていった。
しかし、未来視の情報を基に攻撃を行った場合、未来が変わってしまい連合国艦船の動きに変化が現れるため、未来視の技能を活用した攻撃は重要目標に絞られるのだった。
もっとも、未来視の技能を活用する度に未来は変わるため、些細な変更でも大きな影響を与える可能性は秘めており、そこは踏まえた上で活用されていた。
インド方面の戦いでは、日本は航空支援や戦艦による沿岸地域への艦砲射撃を行っていた。
インド国民軍の戦況情報を未来視の技能持ちが視て、インド国民軍が苦戦や損害を被る情報は現地の軍事顧問に伝えられ、航空支援や艦砲射撃で対応できるものは対処していった。
つまり、インド国民軍は想定以上の快進撃を続け、インド国民の支持を得ていくのだった。
エジプトでも未来視の情報を活用し、イギリス軍を効率的に夜襲で攻撃し続け、スエズ運河の確保に成功したのであった。
東南海地震と三河地震の情報は、大きな被害が出る事が判明した事から、軍需工場の疎開が行われ、そして被災地域には、軍の研究により近々巨大地震や津波が起こる事が判明したと注意喚起が行われた。
ある程度対策が行えた事から、未来視の技能持ちが視た情報よりも被害を抑える事に成功していくのだった。
成果を出していた未来視の技能持ちであったが、1944年12月より体調を崩し始めたのである。
最初は腹を下すところから始った。食後、決まって腹を下すのである。腹痛はあまりなく、便意と共に下していた。
未来視の技能持ちは健康管理も徹底されているため、即座に軍医に診察させるも、異常なしとなったのである。
次いで焦燥感が出始めたのである。
何も焦る必要がないのに、焦燥感を感じるのであった。
そして食欲低下が起き、固形物を食べる事が苦痛になりだした。
流動食を作り、それは飲めたので栄養は摂れていた。
軍もこれはおかしいと、軍医のみならず機密は保ちつつ複数の医師の診察を受けさせた。
結果、神経衰弱や抑うつ状態を起こしかけていると診断されたのである。
未来視の技能持ちの直接の上司は、この診断結果に気合が足りんと発破をかけ、未来視の技能持ちを激励するのだった。
未来視の技能持ちは不安感も感じ始めた。
とにかく不安で、何が不安かも曖昧で、あらゆる物に不安を感じた。
東洋医学を学んだ経験のある未来視の技能持ちは、日の当たる場所での散歩を要望した。
しかし、未来視の技能で視る情報が減るとして却下されたのである。
未来視の技能持ちの不安感は強くなっていき、苦悶を感じるようになり、生きる事につらさを感じ始めた。
とうとう未来が視えなくなり、自ら苦悶から開放される行動をとった事を未来視の技能持ちは悟った。
未来が視えなくなった事と、予想される未来を上司に報告したところ、気合が足りんとビンタされ、心身共に弱っていた未来視の技能持ちは吹き飛ばされ、頭を打ちつけ昏倒したのであった。
大事になったのは言うまでもなく、居合わせた兵士が衛生兵を呼び応急処置をし、回復魔法が使える軍医が最優先事項として呼び出され、治療に当たった。
最重要国家機密そのものである未来視の技能持ちを、気合を入れるためとはいえビンタし怪我をさせた上司は、当然更迭となった。
今回の事例が公になる事は当然ないが、体罰で国家機密を損ないかけたため、精神論・体罰・しごきが見直される切っ掛けとなった。
未来視の技能持ちは意識を取り戻し、東洋医学による診察も要望した。
医師たちも青白い肌の未来視の技能持ちは、不健康だとは考えていた。しかし、軍務優先として外での散歩は却下されていた。
未来視の技能持ちの要望は受け入れられ、東洋医学を修めた医師が呼ばれ、機密を保持しつつ診察を行った。
結果、午前中の日光を浴びながらの散歩や軽い運動を行えば、この抑うつ状態は改善するだろうと診断されたのである。
大本営としては苦渋の決断だったが、未来視の技能持ちの屋外での軽い運動を許可した。
これにより、上司が更迭され不安が軽減していた未来視の技能持ちは、午前中屋外に出る事で精神状態は落ち着いていき、また未来を見始め、未来視の技能が視る重要情報が減ってしまったものの、未来視の技能持ちは健康を取り戻していった。
日本は未来の情報を得る頻度は低くなってしまったが、貴重な未来視の技能を失う危機を免れたのであった。
また、神経衰弱や抑うつ状態といった病状への研究も進む事になり、戦争神経症の研究も進むようになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
うつ病は病気です。心療内科やストレス外来を受診しましょう。
日に当たらない事により、うつ病を発祥する場合があります。寒くなる事で起こる季節性うつのリスクも上がります。