インド洋海戦
インド洋海戦
「今回の作戦、表向きはインド方面の制海権確保ですが、実際の目標はイギリス船舶の拿捕・鹵獲でしょうね」
「あくまで、イギリス海軍艦船の鹵獲もありうる、という建前だな」
副長の身も蓋もない言葉に、戦艦陸奥の艦長は苦笑する。
「はい。建前は大事ですね」
「まあ、陸奥の役目はイギリス東洋艦隊の撃滅だ。気楽にいこう」
「艦隊撃滅が気楽とは、大分常識が変わってしまいましたね」
「陸奥単艦ならまず負ける事はないからな」
艦長は陸奥に絶対の自信を持っており、副長の言葉に笑みを深めるのだった。
戦艦陸奥は第二次南太平洋海戦を終え本土に帰還後、異世界に行った乗員の内、陸奥の戦闘力に影響しない人員を残らず引き抜かれ、新たな乗員を迎えつつ、最新の電探や水上偵察機瑞雲を搭載する改修を受けた。
そして1943年12月、インド方面へ向け出撃したのであった。
途中シンガポールで今作戦の主力艦隊と会合した後、速度と燃費が違いすぎる戦艦陸奥は単独でベンガル湾へ進出。
さっそくセイロン島に対し、夜襲を仕掛けるのだった。
戦艦陸奥は、セイロン島東部から攻撃を開始し、高速でセイロン島を反時計回りに航行しつつ、ポーク海峡を抜けセイロン島西部を攻撃しインド洋へ一気に抜けた。
夜明け前に陸奥はインド洋へ入り、イギリス軍からの航空機による反撃をを警戒し、距離をとるため南西へ向け高速で進んでいた。
「南南西の方角に航空機を探知!」
探知魔法が南南西の方角に航空機を捉えた。
陸奥はセイロン島コロンボを攻撃後、偵察機を避けながら南西に針路を取っていた。
新たに南南西に探知した航空機は、夜明けと共に出撃したものとみられ、現在位置から南方に英空母ないし飛行場があると考えられた。
艦長はこの航空機を艦載の索敵機と判断し、陸奥の針路を南東に変更し、瑞雲による偵察を命じた。
「空母と戦艦を複数含む、艦隊を発見!」
「敵艦隊に対し夜襲を行う。それまでは気取られぬよう行動する」
発見した空母は護衛空母で、戦艦は旧式の物だと瑞雲の偵察により分かったが、東洋艦隊である事に間違いはなく、殲滅あるのみだった。
日没までイギリス軍の偵察機を警戒しつつ英艦隊との距離を保ち、日没と共に戦艦陸奥は英艦隊との距離を徐々に詰めていった。
日が完全に暮れ、陸奥は加速し英艦隊との距離が縮まり、そして英艦隊が攻撃隊を発艦した。
「敵艦隊による多数の航空機発艦を探知!」
「どうやら、気付かれたようですね」
「そうだな。しかし、イギリス海軍も夜襲を得意とするのだな」
英艦隊に先手を取られたものの、艦長と副長は落ち着いていた。
夜間の航空攻撃であるため、陸上からの航空攻撃はなく艦載機のみの攻撃と考えられた。
「敵は非常に低速です。それに合わせて三式弾の時限信管を設定する必要がありますね」
「まさか複葉機のソードフィッシュか?」
「はい。未だにフェアリーソードフィッシュを使っているものと思われます」
「航続距離は長くないはずだが、よくも未発見の陸奥を攻撃しようとしたものだ」
「おそらくですが、イギリスの電探は高性能で、瑞雲の偵察の動きを捉えて陸奥の位置を推測し、日が完全に落ちてから夜襲を仕掛けてくると予想したのでしょう。今発艦しても、十分攻撃圏内と見積もったのでしょうね」
「戦艦陸奥を過信するあまり、少々敵を侮っていたようだな…。敵機の速度に合わせ三式弾を調整し、射程に入り次第、砲撃を開始せよ」
艦長は自戒しつつも、指示を出すのであった。
■
イギリス艦隊は、セイロン島の軍事施設や艦船を単独の戦艦に夜襲され、遂に超高速戦艦陸奥がインド方面に来た事を察した。
アメリカ海軍がこの戦艦1隻に翻弄され、海戦に敗北する切っ掛けともなった事から、侮り難い相手である事は確かだった。
しかしこの超高速戦艦陸奥は夜戦ばかりを行っており、今まで航空攻撃にさらされた事がなかった。
これは戦艦陸奥が航空攻撃を避けている証左であり、他の戦艦と同様に航空攻撃には弱いと考えられ、夜間航空雷撃によって沈める好機と思われた。
戦艦陸奥は単独で行動しており、セイロン島を夜襲した後は索敵を逃れ高速で離脱し、行方は掴めなかった。
イギリス艦隊はアッズ環礁から北東へ進出し、偵察機を出しながら戦艦陸奥の行方を追った。
完全に日が昇り、日本機と思しき航空機が度々接近し、英艦隊を窺うような動きをレーダーが捉えた。
その動きから戦艦陸奥の所在が北北東から北東であると推測され、陸奥の速度性能から日没後に夜襲をかけてくる事が予想された。
日中はソードフィッシュの攻撃圏外を維持する事が予想され、陸奥の動きを掴むため英艦隊はあえて直進を続け、陸奥の偵察機の動きから陸奥の所在を探っていった。
日没後、陸奥が英艦隊に向け急速に接近していると想定し、頃合を見て英艦隊の護衛空母は雷撃隊を発艦させた。
陸奥の想定針路に向け、ソードフィッシュは分散して飛行させた。
英艦隊の予測では、分散させて飛行させた範囲内を戦艦陸奥は高速で進んでいるはずで、発見次第通報させ、雷撃隊全機がそこへ向かえるよう調整されていた。
そして見事に英艦隊の予測は的中し、戦艦陸奥の主砲による対空砲火を浴びたのであった。
■
「敵編隊、分散して向かってきております!」
「三式弾の効果が薄くなるな。…予定を変更する。陸奥と砲術士官の技能を最大限活かし、主砲1門につき1機を狙い撃て」
「先の海戦で駆逐艦に行った攻撃を、航空機にも行うのですね」
「ああ、可能なはずだ。砲術士官達の思考加速があればできると確信している」
駆逐艦を狙うより、さらに困難な目標であったが、砲術士官達は思考加速を用い全てを計算し、砲撃を行った。
結果は最初の8発は全て敵機近傍で炸裂。時間と共に敵機は回避行動を始めたため命中率は下がったが、ほとんどの撃墜に成功した。
「さすが瑞雲ですね。迎撃戦闘もこなすとは」
「まさに万能水上機だな」
瑞雲が陸奥の討ち漏らしたソードフィッシュを撃墜し、艦長と副長を感嘆させた。
瑞雲は水上偵察機ながら、急降下爆撃や空戦もこなせる万能水上機であった。
「英艦隊の最大の脅威はなくなった。敵艦隊を殲滅する。速度を上げよ!」
戦艦陸奥は英旧式戦艦を砲撃戦で葬り、撤退する残存艦艇をその速度で追い回し、悉く沈めていった。
第二次南太平洋海戦では、陸奥は裏方に回っていたため、正規空母や戦艦撃沈の功績は他艦に譲っていた。
これが功を奏し、どうやら連合国軍は戦艦陸奥の能力を、一つ下に見積もっていたようであった。
次からはさらに警戒され、航空機にますます狙われるとみられた。
もっとも陸奥が主に活動するのは夜間であり、昼間の戦闘は回避の一手であった。
その後、瑞雲の偵察によりアッズ環礁のイギリス軍基地が発見される。
陸奥はここを砲撃し、施設の破壊後、インド方面派遣艦隊に合流するのであった。
■
戦艦陸奥は補給を受けた後、再び単艦による夜襲を繰り返した。
陸奥が単艦で暴れまわる中、インド方面派遣艦隊も夜間空襲を行っていた。
インド方面派遣艦隊には有力な空母機動部隊が随伴しており、魔法や技能を持った航空兵を多数乗艦させ、さらに空母に離着艦できる同じく魔法と技能を持った搭乗員も乗艦させていた。
空母の離着艦は難しく、それを行える魔法と技能持ちの航空兵はほんの一握りだった。
機動部隊は夜襲を前提に考えていた。しかし空母での夜間離着艦は昼間の比ではなく困難で、空母は照明を最大限使う必要があり、それでようやく夜間離着艦の成功率が上げられた。
夜間に照明を盛大に灯せば、敵潜水艦が群がってくるため、機動部隊は探知魔法による対潜哨戒を徹底し、危険を排除する必要があった。
対策を講じる事で、機動部隊は夜間空襲を行え、インド方面のイギリス軍に打撃を与えていった。
各地の飛行場を破壊し、沿岸部の軍事施設は陸奥が破壊し、イギリス軍の抵抗力を奪っていった。
そしてついに水雷戦隊による通商破壊が始まり、多数のイギリス軍船舶が鹵獲されていった。
輸送船や油槽船を鹵獲した日本は、大東亜共栄圏の需要に見合う供給を行い始めたが、今度は人手不足が問題となるのであった。
インド方面における一連の作戦で、英駆逐艦を多数撃沈し、ドイツの潜水艦も多数インド洋へ訪れるようになった。
アッズ環礁は占領し、日独潜水艦の往来の拠点となっていった。
独潜水艦はソ連への支援を阻害するためアラビア海に向かい、日本はアッズ環礁で補給を担った。
日独の潜水艦による往来により、技術交流が進んでいった。
日本の本来の目的は不足している船舶の確保であったが、思わぬ副次的効果が出ており、作戦は大成功となった。
大東亜共栄圏は安定し、連合国軍の戦力を削ぐ事ができ、機動部隊の夜襲練度が上がり、技術交流で日本の戦力が増したのである。
戦艦陸奥は、インド方面の制海権と制空権が確保された段階で、この方面の任務を終了した。
陸奥は一旦本土に帰還し、新たな任務を与えられるのであった。
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