勇者召喚
勇者召喚
1943年6月。柱島泊地。
対米戦争開戦以来、海戦の主役は空母と航空機になり、戦艦は待機状態が多くなっていた。
長門型戦艦2番艦の陸奥も同様に、柱島泊地で待機状態が続いていた。
この日、戦艦陸奥には甲種飛行予科練習生が艦務訓練のため乗り込んでおり、乗員の数は1500人程になっていた。
正午頃、突如として戦艦陸奥は光に包まれた。
海面には円形の幾何学的文様が浮かび上がり、それは付近にいた戦艦扶桑からも観測できた。
陸奥艦内では、艦が光り出した事から艦内の乗員は混乱していた。
幸い艦長は出先から戻ってきており、混乱の収拾に努め、事態の把握を進めていった。
乗員の混乱も落ち着き、点呼が行われ、乗員達は規律を回復した。
謎の発光現象による実害はまだ確認されておらず、海面の謎の文様も含め状況確認が急がれた。
戦艦扶桑により、「ムツハッコウス」の緊急電が打電されたが、陸奥との交信は可能であり、事態の把握が急がれた。
発光現象が始まってから十数分が経過し、陸奥は若干の振動と共に発光現象は終息した。
しかし、戦艦陸奥は柱島泊地の海上ではなく、陸上の、しかもどこか西洋風な都市の中心に鎮座していたのである。
■
王国では、過去最大最悪の魔王出現を受け、勇者召喚の儀式が急がれていた。
いままでも魔王が出現する度に勇者を召喚していたが、今回の魔王は過去に類を見ない程の強大な魔王であり、その配下の進攻速度も格段に速く、魔王自らも進攻を開始していた。
勇者召喚の儀式は準備が整い次第、即座に王宮の召喚の間において開始された。
ところが儀式開始直後、儀式を行う者達は異変を感じ取った。
召喚魔方陣もどんどん巨大化していき、召喚の間の大きさを超え、王宮に匹敵する大きさにまで拡大していたのである。
「巨大な物が召喚されます!城内の皆様は避難してください!」
「何が起きているのだ!勇者様を召喚しているのではなかったのか?!」
「不明です!とにかくお逃げください!召喚の間、いえ、下手をすると王宮に収まりきれない巨大な物が召喚されます!」
勇者召喚の儀式開始から十数分後、召喚の間を中心に王宮は半ば破壊され、巨大な鉄の建造物が出現した。
過去最大最悪の魔王に対抗できる勇者を求めた召喚の儀式であったが、勇者も規格外になってしまったようであった。
召喚された鉄の建造物の中には、人が多数入っているようであり、さっそく接触が試みられる事になった。
鉄の建造物は周りを王宮の瓦礫で覆われており、安全に登るには浮遊魔法を使うしかなく、中の方達に驚かれる事になった。
召喚された方々は過去の例に漏れず、こちらの世界の言語を使えるようになっていた。
またそれに伴い、魔法や技能も使えるようになっている事が予想された。
代表者と接触し、状況説明とお互いの立場を確認しあった。
召喚された方々は、大日本帝国海軍の軍艦である戦艦陸奥とその乗員達だという。
期せずして、異世界の軍隊、それも海軍の巨大な戦艦を1隻丸ごと召喚してしまったのである。
これほどの巨大な船は王国には無く、魔道具の力ではなく機械の力で進む事ができる船らしく、異世界の機械技術に慄くのであった。
さらに驚愕する事に、この船よりも巨大な戦艦が、大日本帝国にはさらに2隻も存在するという。
相手が他国のしかも異世界の軍隊である事から、勇者召喚の説明を丁寧にかつ詳細に行い、強力を要請する事になった。
元の世界に帰るためには魔王の討伐が必要な事、また魔王討伐後には自動で皆が送還される事を説明し、十分な対価を用意する旨を告げ、協力をしてもらうための条件が詰められていった。
戦艦陸奥の乗員は1500名程おり、多数の鑑定球が用いられ勇者を探す事になった。
勇者は特殊な存在で、召喚において1人だけ現れる。その他の者達は、召喚に巻き込まれた者達であった。
勇者は魔物を倒す事で位階が上昇し、強大な力を持つに至り、魔王を打ち倒す事ができる存在だった。
鑑定球の項目に位階1と表示されればその者が勇者なのだが、乗員の中には該当する者は居なかったのである。
まさかと思いつつ、戦艦陸奥を鑑定してみたところ、位階1と表示され、力、耐久力、敏捷、器用といった項目と数値が表示されていた。
前代未聞尽くしの今回の勇者召喚であったが、勇者が人ではなく巨大な戦艦が勇者になっていたのであった。
戦艦陸奥は当然船であるから陸上は移動できない。さらに陸奥を運用する乗員が居なければ戦えない。
今回の勇者は、位階を上げる事が難しいのではと考えられた。
取れる戦術は、固定砲台になる事だろうと陸奥の艦長が語っていた。
つまり、王都近郊で魔王を迎え撃つ事になる。
戦艦陸奥の射程は38kmであるという。
確かにそれだけの射程があれば、王都周辺に来襲する魔王とその配下の魔物達を余裕を持って迎え撃てそうであった。
通常の勇者であれば城塞都市に赴き、そこを拠点に王国軍と共に魔王軍と戦い位階を上げ力を付けるのだが、今回はその手段は取れなかった。
王国は魔王討伐のため、魔王軍進攻方向正面の街や村、防衛線や城塞都市から民衆や兵の退避を命じた。
王国は、王都近郊で迎え撃つ決断を下したのであった。
ちなみに戦艦陸奥の能力値をさらに鑑定したところ、通常の勇者とはやや異なり、力は艦を動かす機関出力、耐久力はそのまま防御力、敏捷は運動性、器用は射撃精度となっているようだった。
魔王とその配下の魔物との戦いで勇者陸奥は動けないため、力と敏捷は意味の無い数値となってしまっていた。
勇者召喚後、本来であれば謁見の間で国王が勇者を迎えるのであるが、王宮は半壊しており勇者も軍艦である事から、それは断念された。
後日、国王と陸奥艦長の会談の場が設けられる事になった。
■
「艦長。王国の条件を受け入れてよかったのですか?」
「仕方あるまい。どのみちそうしなければ日本へは、元の世界へは帰れないのだから…。…魔王という国難を打開するために、異世界から勇者を召喚して戦わせるなど、非常に業腹ではあるが、日本に帰るため、我々には魔王を倒す以外の選択肢は無い。せいぜい対価を要求するぐらいしかできないだろう」
艦長は嘆息しながら差し迫った懸念を語る。
「それよりも、皆が魔法の力を得た事で、現在我々は武器を所持しているのと同じ状況になった。士官の中には海軍精神注入棒を恣意的に使い、兵をいたぶっていた者達がいる。皆が武器を手にした事で、確実に報復が行われる事が予想できる。副長、急ぎ対策を講じねば、魔王と戦う前に艦内の士気が崩壊する」
「はい。確かにそれは喫緊の課題です。急ぎ対策を講じましょう」
このような非常事態に陥る中、戦艦陸奥は海軍の因習に足を引っ張られるのであった。
その他の問題として、排泄物の問題、水の問題、食料の問題もあった。
便所はできるだけ王城内の敷地に設けた場所で済ますようにし、身体を洗う水は魔法に頼ることになり、飲食用の水は食料と共に王宮からの提供を受けた。
一見万能に思える魔法も、一定時間で消えてしまうため、飲食物には使えないとの事だった。
物資の搬入や便所への行き来のために、舷梯から地上までの階段が最優先で設置され補強されていった。
飲食用の水は浮遊魔法も用い、どうにか必要量を搬入できていた。
幸か不幸か魔王の進攻速度は早く、魔王を無事に倒せれば、戦艦陸奥の王宮滞在期間は長期化せず、物資は枯渇しないと見積もられていた。
現在、陸奥乗員が使える魔法や技能は基礎的な物ばかりだった。
魔法は火球を始めとした属性魔法の4つであり、技能は身体強化のみであった。
魔法も技能も王国の情報を基に修練を積めばその種類と力を増し、魔王を打倒するには至らないまでも相応の力を得る事ができるという。
さしあたって陸奥の乗員達は、有用な魔法と技能に絞り習得する事が決まった。
主な物は探知魔法、そして遠見や暗視の技能であった。
探知魔法はざっくりと周囲を認識する魔法で、熟練度と魔法杖の性能により探知範囲が変化した。
技能は身体強化の延長線上にあり、習得が容易なものの中では遠くを見通せる遠見と、暗くても良く見える暗視が有用であった。
魔法も技能もその種類や習得方法、修練方法も概ね判明しており、陸奥乗員には無条件で情報開示が行われた。
日本に帰還しても魔法や技能が使えるのならば、かなり有用と思える魔法や技能が多かった。
特に探知魔法と暗視の技能は、夜戦において無類の強さを出せると考えられた。
探知魔法は未熟な者でも魔法杖を用いる事で、探知範囲を狭め延長し探知距離を伸ばす事ができた。性能の低い小杖であっても数十mの探知が可能であり、中程度性能の大杖であれば数十kmの探知が可能だった。
暗視は言わずもがなである。
陸奥乗員達は魔法や技能の習得に努めつつ、艦上に乗っている瓦礫の撤去作業等を行っていた。
魔法や技能を使い続けると疲労が溜まり、最終的に魔法も技能も一時的に使えない状態になってしまうため、修練と共に瓦礫の撤去作業や日々の訓練を行っていた。
幸いにも陸奥は水平の状態で召喚されており、王宮の瓦礫は船体の周りに積み上げられ、艦の安定強化が行われてもいた。
さすがに船体の周りに瓦礫を集める作業は、城の兵士の協力も要請して行われた。
戦艦陸奥は王宮の瓦礫のせいで、水上偵察機や一部機銃が破損し使用不能になっていた。
もっとも魔王や魔物を迎え撃つ際に使用するのは、主に主砲や副砲、高角砲と考えられており、影響は無いと思われた。
王宮自体は無残に半壊しており、陸奥が日本へ帰還した後、復旧が大変である事が予想された。
陸奥は召喚の間を中心として、王宮を内側から破壊し押し退けるように召喚されており、向きはちょうど魔王が進攻してくる方向に横腹を見せる形になっていて、主砲の全力が発揮できそうであった。
しかし長距離射撃となると、この惑星の自転や天候が射撃精度に影響するため、王国に必要な情報を求めつつ、陸奥独自にも観測を行った。
結果、観測できる天体こそ違えど、環境は地球とほぼ変わらない事が判明し、長距離射撃の精度は地球と同等の物が出せると分かった。
乗員達の魔法や技能の習得も順調に進んでおり、決戦に向け準備は万全となりつつあった。
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