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第5話「決着!コードファイト!」

「しょうがねぇ、アレやるか」



その言葉を受け、会議室の中に張り詰めた沈黙が走る。



納男が立ち上げたのは、父が残した禁断のライブラリ、N-Lap β。


かつてエンジニア界でも一部の天才だけが触れたとされる、超並列処理ベースの統合基盤。


だが、その中にさらに深く隠された、とっておきの最終兵器があった。



納男は、その名を告げた。



「……型落とし(かたおとし)、投入します」



室内の空気が一変する。

枝分が即座に立ち上がり、警告のように叫ぶ。


「おい、型落としって……マジで!?」



「型落とし」。



それは、納蔵が残した“型”そのもの――


ロジック、命名規則、データ構造、すべての“枠組み”を一撃で叩き壊し、まったく新しい形で再構成する“再定義プログラム”。



互換性ゼロ。ロールバック不可。


現行システムを全て“落として”、新しい流儀で立ち上げる、まさに奥義だった。



「設計思想の“破壊”か……」


設計裕が、言葉を飲み込む。


「でも、それをやるってことは……父親の技術(テク)に頼るんじゃなく、“自分の技術(テク)”で全てを作り直すってことになる」


太志が目を見開いた。


「納男……お前、それ、死ぬほど怖いだろ。

父親の技術(テク)と戦うってことなんだぜ?」


 納男は、一度だけ目を伏せ、静かに答えた。


「……はい。でも、怖がってる場合じゃないです。

親父の“技術(テク)”は完璧でした。

でも今のこの状況には、合わないんです…


…だから、やるんです。

“型を落として”、自分の“納期”を通す。」




そのとき。



 会議室の隅、静かにモニター2枚に向き合っていたインフラ担当の電脳充が、短くつぶやいた。


「切り替えに備えて、CIパイプラインとステージング環境、別ブランチでスタンバイ済み。

本番影響はゼロ。


…納男、いつでもいける」


彼の手元では、ビルドプロセスが静かに回り始めていた。



納男は頷き、己のノートPCに覆い被さった。




指が走る。

コードが光る。

N-Lap βの最深部から呼び出された「型落とし」のフローが走り始める。



エラーが10件、20件……



…違う。これはエラーではない。


 “前提”が壊され、“新しい前提”が構築されていくのだ。


システムの心臓部が“書き換わる”。



今まで見たことのない速度で、処理が組み直されていく。


「これ……走ってるのか? 並列で!?」


太志が目を見張る。


フレームレートは60を軽々と超え、アニメーションはシルクのようになめらかに。


「いや、それだけじゃない。処理系そのものが、最短距離で最終形を予測して動いてる。

これ、思考予測……?」


設計がPCにしがみつきながら呟く。


「まさか、ここまで完成されてたなんて……」



同時に、虫生の声が響いた。


「ログ解析完了。バグゼロ。

……信じられないわ。

今まで潰せなかった未再現バグが、存在しなかったことになってる」



「冗談じゃない……!本当にやりやがった……!」


枝分は手を震わせながら、メインリポジトリにコミットする。


「親父さんのコードも、ちゃんと継いでる…

…でも、これはもう“納男のコード”だ。

まったく別の型……!」




やがて、最後の実行コマンドが打ち込まれた。


全コンポーネント、最終組み立て、納品準備完了。




時計を見ると、午前5時23分。


納期まで、残りわずか1日。




その時、ドアが乱暴に開いた。


「おい……! 大変だ!」


早刷が息を切らしながら走り込んできた。


手には一枚の紙。



「これが……本社からの最終指示だ!」


全員が注目する中、太郎は声を上げた。



「“UXレビュー会”、本日午前10時開始。

国際審査官との同時ライブレビュー形式。

録画提出・失敗不可”だとよ!」



ざわめきが走る。


「マジかよ……時間ねぇぞ……!」


だが、その中で納男だけが、凪のように静かに立っていた。


そして、振り返り、仲間たちを見回す。


「大丈夫です。

“型落とし”で仕上げたのは、誰に見せても恥ずかしくないものですから」


その言葉に、設計裕がにやりと笑った。


「なら、見せてもらおうか。世界に通じる“納戸式”をな」




午前10時。

 UXレビュー会、開始。




画面越しに並ぶのは、異国の面々。


英語、韓国語、ドイツ語が飛び交う中、能木デッドラインズのメンバーは誰も言葉を発しなかった。


発する必要がなかったのだ。

そこにあるのは、ただひとつ…

納品されたプロダクト。


クリック。

スクロール。

アニメーション。



全てが、流れるように動く。


色は感情を映し、動線は意図を先回りし、動作は予測と調和した。


やがて、通信の向こうから、小さな声が漏れた。


“This… is not legacy. This is evolution.”


 旧来の型ではない。

 これは――進化だ。



その瞬間、部屋が静かに息づき始める。



まず口を開いたのは画面太志。


「Pixarだなんだ言ってたけどよ…

…まさか本当に“動かして”見せちまうとはな。

ああ、これが本物のUIだ」


つぶやきながら、缶コーヒーを一口。

その目は、どこか誇らしげだった。



虫生正義は、手にしていたコピー用紙を丸めて笑った。


「……全部潰れたわね。

バグが、仕様に合わせて消えてった…

…ここまで行けば、“不具合”じゃなくて“設計美”よ」


小さなつぶやきとともに、長い戦いの幕が下りる。



枝分木造は、マージログを指先でスクロールしながら、呟いた。


「親父さんのコード、喰ったのか…

…いや違う。“継いで、飲み込んで、自分の形にした”んだ……これが、本当の型落とし…」


椅子の背にもたれかかり、ほんの少しだけ肩の力を抜いた笑みを見せる。



設計裕は静かにモニターを閉じて言った。


「……“型落とし”ってのは、ただ壊すんじゃねぇ。

壊したあとに“意味を与える”やつがやってこそ、技術(テク)になる」


設計思想と戦い、乗り越えた者だけがたどり着ける景色。



電脳充はCIのダッシュボードを確認しながら短く言った。


「切り替えの瞬間、CPU負荷がむしろ落ちた。

型を落として、時代ごと抜き去ったな、納男」


彼の静かな声には、確かな手応えと仲間への信頼が滲む。



そして、早刷太郎が資料の山を脇に置いて、大きく伸びをした。


「守って守って、いつもギリギリだったけどさ。

今回、初めて思えたよ。


“攻めて納めた”ってな」


現場に懸け続けた男が、満足そうにため息をつく。



最後に、納戸納男がプロジェクターの電源を切りながら、仲間たちを見渡して呟いた。


「……やっと、“親父の型”じゃなく、“俺の答え”で納品できた気がします」


安心とともに少しの嬉しさを含んだその声は、穏やかで、静かで、まっすぐだった。



誰も拍手はしなかった。

代わりに、全員がただ、静かにうなずいた。



納期は、戦いだ。


だがその戦いには、勝敗では測れない意味がある。


 “時間を守ること”。

 “想いを継ぐこと”。

 “古い型を破って、新しい道を切り拓くこと”。


それが、《能木デッドラインズ》がこのプロジェクトで掴んだ“答え”だった。


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