第18話「熱風!激走!崇拝峠」
しかし、順調に見えた開発も、ある一点で完全に暗礁に乗り上げた。
それは、ぷろてぃの必殺技が炸裂する瞬間を、ユーザーの操作に応じてリアルタイムでレンダリングする機能だった。
ただのアニメーションではなく、ユーザーの入力に同期してエフェクトの深度や光の反射まで変化させるという、画面のこだわりが詰まった最高難度の要求だ。
画面は、その機能がサイトの「魂」だと信じて疑わなかった。
ぷろてぃの技が、ユーザーの意思で、まるで目の前で繰り出されるかのように滑らかに動く――
それこそが、彼が「神画面」と呼ぶものの核だった。
しかし、設計があらゆる最適化アルゴリズムを試し、納男も非同期スクリプトのロードシーケンスを再構築したが、ブラウザの描画性能の壁に阻まれ、どうしても処理落ちが発生してしまう。
「ダメだ……これじゃ、ぷろてぃの技のキレが台無しだ……!」
画面はディスプレイに顔を近づけ、何度もデモを再生する。
そのたびに、滑らかに動くはずのぷろてぃの動きはカクつき、エフェクトは不自然に途切れた。
彼の顔から血の気が引き、瞳から生気が失われていく。
まるで、彼自身が信仰する天使の像にひびが入るのを見るかのように、その表情には深い絶望が刻まれていった。
唇を噛み締め、両手で頭を抱え、机に突っ伏してしまう。
その肩は微かに震えていた。
「嘘だろ……なんでだよ……」
うめくような画面の声が、重い空気を切り裂く。
納期は刻一刻と迫っている。
この最難関の箇所をクリアできなければ、全ての努力が無駄になるだけではない。
描いた理想の「崇拝の域に達するサイト」は、ただの重いサイトとして世に出ることになる。
画面太志の絶望は、即座に周囲にも伝播した。
設計裕は静かにキーボードから手を離し、深くため息をついた。
彼の表情からはいつもの冷静さが消え失せ、深い疲労と無力感が滲み出ていた。
椅子に深くもたれかかり、天井を仰ぐ。
これまでの豊富な経験をもってしても、この状況を打開する糸口が見つからない。
画面の純粋なまでの「愛」と、それを技術で実現できない現実とのギャップが、設計の心に重くのしかかっていた。
納戸納男もまた、顔を青ざめさせていた。
彼はSlackに表示されたエラーログと、どうしても改善されないパフォーマンスのグラフを凝視していた。
画面の「愛に妥協は許されない」という言葉に感化され、自分もまたその「クレイジーデスマッチ」に身を投じてきた。
しかし技術の壁はあまりにも厚く、彼の努力もむなしく跳ね返された。
このままでは、納期を確実に超えてしまう。
彼は握りしめた拳を震わせながら、どうすることもできない自身の限界に打ちひしがれていた。
もうダメなのか――。
その時、納男の脳裏に遠い日の記憶が蘇った。
中学生の頃、いつも通り日課の訓練をこなしていた彼に、珍しく父親が放った助言。
『納男、よく聞け。
CPUの処理能力は有限だ。
だが、レジスタとキャッシュメモリをどう扱うかで、コンテキストスイッチのオーバーヘッドは劇的に変わる。
特にパイプライン処理が飽和した時、いかに分岐予測ミスを減らし、データキャッシュミスを回避するか…
それはまるで目に見えないメモリマップの上で、最適なジャンプテーブルを探すようなものだ』
その時の訓練は、古いPCのBIOSやアセンブラ言語を使ったプログラムの高速化。
特に、特定のメモリ領域に連続してデータを格納し、バス幅を最大限に活用することで、ボトルネックを解消するという手法。
「……これだ」
納男は小さく呟いた。
彼の目は、鋭く切れ味を増した。
「画面さん、設計さん!
ダイレクトメモリアクセス (DMA)に近い概念で、描画データをオフスクリーンキャンバス上にバッファリングし、GPUに直接送る形で最適化できませんか!?
さらに、アニメーションのフレームレートを動的に調整するのではなく、イベントループの空き時間を狙ってWeb Workerで事前にプリレンダリングしましょう!」
納男の言葉に、画面と設計は目を見開いた。
そんな手法、通常のウェブ開発ではまず使わない、まさに裏技に近い発想だった。
「納男……お前、それ、本当にできるのか!?」
設計が前のめりになった。
納男は深く頷いた。
「昔、親父に叩き込まれた、ちょっとイレギュラーな神速ドリフトです。
この限界突破の状況ならこれしかありません!」
その日から、3人の開発は最終ラップのデッドヒートへと突入した。
納男が提唱した神速ドリフトを軸に、設計は綿密なアーキテクチャ設計を見直し、画面はその新しい描画システムに合わせたさらに緻密な演出調整を行った。
そして、夜を徹した作業の末、ついにその瞬間が訪れた。
画面がデモを再生した。
ぷろてぃの必殺技が炸裂するシーン。
今までのカクつきが嘘のように消え去り、滑らかで、それでいて圧倒的な迫力が画面いっぱいに展開された。
まるでニトロが噴射されたように、サイトのパフォーマンスが一気に跳ね上がったのだ。
3人は、顔を見合わせて大きく息を吐いた。
この最難関のコーナーを、彼らは見事にフルスロットルのドリフトでクリアしたのだ。
「すげえ……納男……裕……
…これ、マジで神画面だ……!」
画面の声は震えていた。
そこには狂気だけではない達成感と満足感、そして仲間への熱く深い信頼が宿っていた。