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第16話「崇拝峠のエンジェル」

「来季公開予定の劇場版アニメ「恋する筋肉天使」公式サイト、UI・演出含めて、画面太志に全部任せたい」


「設計裕は画面太志の情熱的なアイデアを使いやすく実現可能な設計に落とし込んでくれ。

納戸納男、実装とプロジェクト全体の円滑な進行を頼む」




Slackに表示されたメッセージに、画面太志は身体中の細胞が歓喜に震えるのを感じた。



心臓がうるさいほど脈打ち、ディスプレイに表示されたメッセージが、まるで聖なる光を放っているかのように見える。



『虹野 ぷろてぃ』。



その名を脳内で反芻するだけで、彼の全身に鳥肌が立った。



推しの美少女キャラクター「虹野ぷろてぃ」。



あの透き通るような歌声で天空から舞い降りる姿が、ありありと目に浮かぶ。


彼女は、彼の人生の、いや、全人類の希望であり、光なのだ。




「神作画に負けない“神画面”つくります!!!」




画面は勢いよくキーボードを叩いて返信した。


指先から溢れ出る熱量が、そのまま文字に乗ったようだった。


彼のオフィスデスクの周りには、既にフィギュア、ポスター、CDにDVDにブルーレイが山と積まれている。


もちろん、すべて「恋する筋肉天使」関連のものだった。



隣の席で、静かにコーヒーを啜っていた設計裕が、チラリとこちらを見た。


普段は冷静沈着で、何事にも動じない彼にしては珍しい、若干の困惑がその表情に見て取れた。



「すごい気合だな」



設計の控えめな声に、画面は振り返った。


彼の目は、獲物を前にした猛獣のようにぎらぎらと輝いている。



「裕! 見たか!? あの『恋する筋肉天使』だぞ!?


神作画を邪魔しないどころか、神作画をさらに引き立てる……

いや、もう、崇拝の域に達するサイトを俺が作れるんだ!」



興奮のあまり、画面の声は少し上ずっていた。


設計は眉を少し下げ、困ったような表情を浮かべた。


「ああ、見た。頑張れよ。」


その声には、諦めにも似た響きが含まれていたが、心がここに無い画面は気づかない。



彼の脳内は、既に推しへの「愛」をどうすればサイトに凝縮できるか、その一点で埋め尽くされていた。



そこに、デスクの奥からひょっこりと顔を出したのは納戸納男。


彼は手にタブレットを持ち、どこか疲れたような顔で画面に近づいた。



「あの……画面さん。これ、追加の要望みたいです」



納男が差し出したタブレットの画面を覗き込むと、そこには簡潔なメッセージが表示されていた。




「PVの背景美術と同じトーンでUI組んでほしいらしい」


画面はタブレットを見た途端、息を呑む。



そして、次の瞬間、彼の顔は歓喜で歪んだ。



「最高だな!!!!!!!!」



納男はビクリと肩を震わせ、設計は静かに目をつぶった。


彼らの戦いは、今、始まったばかりだった。




早速、画面は物凄い勢いで資料を漁り始めた。



虹野ぷろてぃのあらゆる情報、設定画、過去のインタビュー記事……


すべてを、彼の「愛」を形にするための燃料として吸収していく。



築38年の雑居ビルの4階に、画面の情熱だけが煌々と燃え盛る。


床を覆い這うように投げ出されたLANケーブルは、太志の思考回路のようにも見えた。



UIのデザイン案が彼の頭の中で次々と湧き上がってくる。


虹野ぷろてぃが微笑むトップページ、必殺技が炸裂する演出、クリックするたびに違うボイスが流れるギミック……



そうだ、カーソルが虹野ぷろてぃの吐息で微かに揺れるとかどうだろうか!?




「なぁ、裕! カーソルが虹野ぷろてぃの吐息で揺れるって、良くない!?」



太志は興奮気味に設計に話しかけた。


設計はキーボードを叩く手を止めずに答える。



「……いや、普通に使いにくいんじゃないかな」



「何言ってんだよ! これは愛だ!

ファンも絶対、ぷろてぃの息遣いを感じたいはずだ!」



「あの……画面さん、PVの背景美術のトーンなんですけど、具体的にどういうイメージで……?」



納男が遠慮がちに質問してきた。彼の声は画面の熱気に比べるとあまりにもか細い。



「ああ、もちろん考えてるさ!


あの荘厳な雰囲気、透明感、そして何より、ぷろてぃの神々しさを際立たせる色使い!

それをUI全体に落とし込むんだ!


フォントの色一つ、ボタンの配置一つまで、全てはぷろてぃへの愛のために!」



画面は拳を振り回しながら熱く語った。



納男が恐る恐る口を挟む。




「で、あの……画面さん、そもそも恋する筋肉天使ってなんですか?」




その言葉が、太志の情熱に火を注ぐガソリンとなった。



「なんだと!? 納男!

お前、まさか『恋する筋肉天使』を知らないのか!?


――いいか、あの作品はな、人類が文明崩壊寸前の危機に瀕してる未来で、突如現れる美しくも強靭な肉体を持つ『筋肉天使』たちが、人々の『希望』を糧に異形の『脂肪の化身』と戦う物語なんだ! 主人公の落ちこぼれメカニック、螺子山太郎が、傷ついた筋肉天使、虹野ぷろてぃと出会って、彼女が失われた『恋』の感情を探し求めていることを知るんだよ! そこから太郎はぷろてぃの純粋さと、その鍛え抜かれた肉体から放たれる圧倒的な力に魅せられて、共に戦うことを決意するんだ! でもな、この作品の真髄はそこだけじゃない! 筋肉天使たちの本当の目的、そして『恋』という感情が持つ知られざる力が世界の命運を左右するってところが、もう鳥肌もんなんだよ! 愛が力になる! 精神が肉体になる! それがこの作品のテーマなんだ! ぷろてぃの、あの、儚げな表情の裏に秘められた鋼の肉体! そして、戦いの中で見せる、普段の表情からは想像もつかないような力強い眼差し! もう最高だろ!? この愛と力の融合、そして神々しいまでのバトルシーン! お前もちゃんと見てくれよな、納男!」



太志は納男の肩を掴み、瞳を爛々と輝かせながら熱弁をふるった。


納男は完全に気圧され、顔を引きつらせていた。



(なに言ってるんだ…この人…)



設計はもう何も言わない。



画面の頭の中は虹野ぷろてぃへの愛と、最高のウェブサイトを作り上げるという使命感でいっぱいだった。


周囲の困惑など、もちろん彼の目には映っていない。


彼は神の領域に足を踏み入れようとしていたのだから。


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