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第10話「爆裂!総力アタック」

プロジェクトルームに漂う空気が、昨日までとは違っていた。


疲労と絶望が支配していたあの空間に、今は静かな熱があった。


覚醒した納戸納男がチームの誰よりも落ち着いて…


…しかし誰よりも鋭くキーボードを打っていた。



納男の目の動きは、もはや(ライン)を“見る”というより“感じ取る”ものだった。



エラーの先を予測し、ログの揺らぎを読み、必要な機能と捨てるべき仕様を瞬時に切り分けていく。


バックエンド、インフラ、データベース、CI/CD――


全領域をまたいで指示と実装を行う彼に、もはや迷いはなかった。




「納男、こっちのロールバックで整合性取れそうよ!」


虫生が言うと、納男は即座に応じた。


「ありがとう虫生さん、僕が巻き取ってステート制御組み直します!」


「レイアウトの幅がギリギリ。PCとモバイルで破綻しかけてる。」


画面太志の声に、納男はツールを切り替えて答える。


「画面さん、今動的にCSS変えてます。

ViewPort切替に連動して最小構成に落とします!」


電脳も笑みを浮かべた。


「インフラも乗ってきたぞ。ログ正常、再起動なし!」


「ありがとう電脳さん、デプロイは手動に切り替えておきます。

こっちは俺が責任持って通します!」



早刷太郎が手元でSlackを確認しながら苦笑いした。


「……お前、ほんとに納男かよ。

前より2割速いな。」


「それどころじゃないです、早刷さん……」


納男はモニタを横目に、ポツリと呟いた。


「……またゲームの課金7万円コースかな……」


一瞬、チーム内に静かな笑いが起きた。


この地獄のような開発現場で、その一言が場を和ませるのだから、成長とは不思議なものだ。




午後、ついに最後のクライアントレビュー会議の時間が来た。




資料とプロトタイプをもとに、納男が説明を担当する。


無茶振男と理不尽沢剛志が画面越しに並ぶ。


彼らの目は、数日前と同じく鋭く、だがどこか――焦っていた。


理不尽沢はこちらを睨み、資料をめくる音を止めた。


画面に並ぶ レスポンスタイム推移グラフと 機能マッピング表――


そこには、彼がつい数時間前に思いつきで追加した仕様までもが、もう組み込まれた形で示されていた。



「……ウソだろ、反映(タイム)が早すぎる――」



理不尽沢が思わず漏らした声はミュートを忘れてオンエアされた。


彼らの “即興要求で現場をかき乱して主導権を握る” という戦法は、目の前で崩れ去りつつあった。



冷たい汗が首筋を伝い、背筋がこわばる。


いっぽう無茶振男は、いつもの軽妙さで場を揺らそうと声を張り上げた。


が、納男たちが次々に“数値”と“動くプロトタイプ”で反証してくるたび、笑顔が引きつっていく。


デプロイ後30分でPV2.1万 → 平均応答 1.3s

ランディング動画の帯域圧迫 12%→5% に低減

UIヒートマップのタップ率 +18%


「え…ええっと……君たち、本当にここまでやったの? 早くない? 

うちの確認より速くない!?」


焦りから声が裏返り、慌てた拍子に机のペン立てを倒す。


カメラに映るカラフルなペンがパラパラと床に散らばり、無茶は思わず手で画面外へ押しやった。



納男が冷静にプレゼンを進める中、突然、理不尽沢が叫び出した。


「フッ……

だがな、そのリアドロップダウンについているマイクロアニメの挙動は不敗神話の実装だ!!


オレの理不尽UXについて来れるか!?」



メンバーの全員がモニター越しに顔をしかめた。



「無視して良いですか?」



設計裕がボソリとSlackに書き込むと、すかさず虫生が絵文字で返す。


次の瞬間、画面太志が噛みついた。


「なめてんじゃねーぞっ!!

フロントから行かすかよォ!!」


突然の大声に、無茶振男がたじろぐ。


理不尽沢は動じぬふりをしているが、指先は確かに揺れていた。




チームの動きは、もはや一糸乱れぬ連携だった。


「誰かの指示を待つ」のではなく、納男が“(シャフト)”となって各所に判断と実装を下し、仲間たちがそれを信頼して支える。


無茶な要求には、必要であれば正面から「No」と言える強さを、彼らはすでに手にしていた。


設計裕は資料を掲げながら、仕様の再定義に成功した成果を理路整然と提示する。


早刷は現場の声と安定稼働の実績を数字で出し、電脳はインフラ負荷の改善をグラフで見せつける。


そして納男は、沈着な声でまとめた。



「本プロジェクトのゴールは、ユーザー体験とパフォーマンス、双方を高水準で成立させること。


そのために俺らが選んだのは、“無理を通す”ことではなく、“最速で最良を納期通りに届けるための合理的判断”です。」



無茶振男はすでにPC越しに汗をぬぐっていた。


理不尽沢が沈痛な面持ちでハンドマイクを握り直す。


「チッ……やるじゃねえか。


だが――次は……もっと爆ぜてやる、からな?」


捨て台詞にすら力がなく、モニター越しに見える彼の指は、“退出ボタン”の上で小刻みに震えていた。




レビューは承認された。


納期は、守られた。


要求も、叶えられた。


そのすべてを、誰よりも密かに喜んでいたのは―



納戸納男、自身だった。




納品完了から数時間後。



久々に日差しがまともに差し込む午後、チームの面々は近所の定食屋に集まっていた。


テーブルの上には唐揚げ定食、しょうが焼き、カレー、そして、ほとんどの皿に“とろろ”が乗っていた。


それが早刷太郎の謎のマイブームだったからだ。


「……お疲れさまでしたー……!」


虫生が大きく伸びをしながら、白ごはんを頬張る。


「白米……!しばらく液晶からしか見たことなかった……」


「働き方……改めような……」


設計裕が虚ろな目で味噌汁を啜っている。


「アンタ、昨日から設計書の余白に“うさぎちゃん”って書いてたわよ」


「それは余裕なかったから…

…もはや無意識のレベルだったんだろうな……」


「でも設計さん、あの要件のまとめ直しはマジで助かりました」


納男が真っすぐな目で頭を下げると、設計裕は小さく肩をすくめた。


「お前がいなきゃ間に合ってなかったのは事実だよ。

……全スタック、ほんとに制覇したな」


「とりあえずアンタには“納期チケット”5枚くらい進呈よ」


虫生が笑うと、画面が茶をすすりながら首を振る。


「課金コンテンツみたい」


「なにそれ、また7万円コースかな……」



電脳がぼそっとつぶやき、全員が一瞬止まったあと、ぶっと吹き出した。



「それ言ったのお前じゃねーだろ!」



「いや、言ったの納男だったぞ」


「でも電脳さんが言うと真に迫ってるな……」


「ねえ、みんなでまたバグ出さないでよ?あ、存在自体がバグみたいなもんかしら」


「ってか納男、今日目の奥キラキラしてるけど大丈夫か?」


「え、僕そんなに……?

いやでも確かに、納期が終わると……人って生き返るんですね……」



笑いと湯気が立ち込めるテーブルで、誰もが、ただ“その(フィールド)にいる”ことに安堵していた。


プロジェクトは終わった。


だが、彼らの関係はここでようやく、スタート地点に立ったような気がした。



「明日から何すんの?」


ふと画面が口にする。


「え……“明日”って……なに?」


設計裕が真顔で言い、虫生がツッコむ。


「生きなさい、アンタはもっと未来を見なさい!」



「ま、明日は一旦、休みにしよう」


早刷が静かに言った。



「もしクライアントから言われたら伝えとく。


“俺たちは、納期を守った”ってな」



その言葉に、全員が黙って頷いた。




オフィスに戻る道すがら、納男は小さく空を見上げた。


青く澄んだ高い空。ゆっくり流れる雲。


PCの排熱ではなく、太陽の熱が顔に当たっている。


「納期、間に合ったな……」


その声に、横を歩いていた電脳がふっと笑った。


「次の納期は、もっと早いらしいけどな」


「えっ?」


「ほら、あそこ。見ろよ、ほら」


電脳が指さした先には、Slackの通知が―


―“新プロジェクトキックオフのお知らせ”の文字が表示されていた。


「やっぱ……エンジニアに安息はないんだな……」


「それでもやるだろ?」


「――はい、やります」


納男は力強く頷いた。


その姿にはもう、かつてのような迷いや弱さはなかった。


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