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代償

もう直ぐ上京して一年が経つ或る朝の事。

 その日は最悪な寝覚め、首までスッポリ布団に潜り込んで居たのだが、夜明け前に余りに寒くて目が覚めた、しかも最悪に嫌な夢を見た気が…、もう直ぐ上京して一年が経つ或る朝の事。


 一日の現場作業を終えバンに揺られて寮に到着、自室でスウェットに着替え、腰を下ろし一息付いた時に呼び出しが掛かる。


「電話だぞ!」

 両親からの電話と思ったのだが、呼びに来られた先輩は意外な名前を告げた。

「親父さんが何で?」

 待たせては悪いので直ぐに立ち上がり食堂に向かう、自室に電話は無く共同のピンク電話が唯一の連絡手段、受話器を耳に当て疑問は直ぐに確信に変わる。


「はい、御無沙汰してます。」

 嫌な気持が膨らんで行く。

「元気にしてたか?」

「ハイ、元気にしてます。」

 何時もの張りの在る声でなく、言いにくそうな感じだった…。

「GRが逝っちまったぞ、お前には伝えないといけないからな。」

 言葉が出なかった、言葉は続く。


「誉めてやってくれ、乗ってた奴は守ったから!」

「教えてくれて、有難う御座いました…。」

「元気でな、吉報待ってるぞ!」

 そっと受話器を置いて部屋に戻り天井を見上げる。


「偉かったな、此れでやっと休めるなお前も…。」

 今俺が乗るRZと同型の友達に付いて行こうとしたらしい、多分レブを超えて回し続けたんだろうな…。


 アイツのエンジンじゃ90近くは出ていただろう、親父さんは直せるかと叩いて見てもピストンはシリンダーから抜けなかったと…、そんな状態だクラッチを切らないと転倒は免れない、その時は対向車も居たらしい。


「突然大きな音がして、スピードが落ちたんです、アクセル回したんですが止まってしまって、エンジン掛けようとしたんですが、キックが全然動かなくて。」

 乗ってた子がそう言っていたと…。


「偉かったなお前…、その子を守って呉れて有難う、頑張ったなお疲れ様…。」

 此処に来る半年程前の事、クラッチディスクは俺が此の手で交換した、通常ならクラッチは滑る筈が無い、勿論加速しようとスロットル回しているその子が、クラッチを切ったとは到底思えない、完全にロックしたエンジンで車速を落とし停止する事など在り得ない‥‥。

「そうか、お別れを告げに来てくれたんだ、有難う俺と一緒に走ってくれて・・。」

 今朝見た夢は実家で例のたい焼きを買いに出掛けようとGRのキーを探す夢、キーを差したままかとバイクに在る場所に向かうも其処にGRは無く焦ってGRを探す夢・・・。



 悪い事は続く物だ、GRの事を聴き一月も経って無いのだが之は当然の報い、受け入れるしかない。


 今見知らぬ天井を見詰めて病院のベットの上、ベッドの脇には医師と看護師それと会社の上司が何かを話してる…。


 しかし何を言ってるのか判らない、確かタンクの外板に成る部分の分厚い鉄板の切断作業、其処迄は覚えているがそれ以降の記憶が無い、気が付けば見覚えが無い天井と今の光景だった。


 《両親には連絡した、大きな外傷は無い、暫く入院する事になる。》

 上司が書かれたノートを見せている。


 《痛い所は在りますか?》

 看護師がノートに書き込み見せる。


 いやと首を振る。


 《少しずつ聴こえる様に成る、今は安静にして居なさい》

 医師が書き込んだ。


 《爆発事故に巻き込まれた………》

 上司がノートに書き込んで俺に見せて呉れる。


 其処には状況が書かれていた、そう言う事か…。


 《今は安静にして少し眠りなさい》

 医師が書き込んで見せて呉れる。


 頷き目を閉じる、脇に人の気配は在ったが暫くしてそれも消えた。


 状況はなんとなく判った、屋外で分厚い鉄板をバーナーでカットする作業をしてた、ボンベからは酸素とアセチレンを送るホースが繋がれいる、多少年数の経ったホースで劣化も多少の原因では有るだろうが、俺が移動しながらホースを引き回し鉄板の端面のバリで傷付け、破断した漏洩ガスに引火と同時に爆発し後方より爆風で飛ばされた。


 そんな顚末らしい、防寒用の襟にボア付きの防寒着とヘルメットに安全靴、幸いに積み上げられた鋼材を避ける様に何も無い場所で大きな怪我する事も無かったらしい、耳は其の衝撃でやられた様だ。


 ある程度は回復するらしいが…。


 二日後両親が来た、上司と話をしている、お互い頭を下げあっている。

 相変わらず何を言ってるかは解らないのだが…。


「お腹空いてない?」

 嗚呼、やっぱりこの人は俺の母親で間違い無いんだ・・。

 書き込まれた文字を見て、聞え無いはずの声が聞こえた気がする。


「大丈夫、また走れるようになる、俺も事故で半年入院した事が在る!」

 父親はそう書き込み泣きそうな顔で笑って見せた。


 全身打撲で痛む腕を持ち上げようとしたが、二人とも笑って首を振った。


 翌日二人は弟と妹が居る我が郷里へ帰り。

 <ゆっくり休んで、夢を叶えなさい>

 と最後に書き残して。



 幸いか?、作業用とはいえヘルメット被って居た事で大きな外傷は無く済んだ、ヘルメットは左側が大きく損傷し意識無い儘で頭部精密検査受け、脳波に異常は無く済んだ。


 御蔭で一週間後には動けるようになる、

 未だ聴こえないが…。


 二週間目僅かに何かの音がする。


 三週間目小さい音は無理だが会話出来る、此処で医師から詳細に説明が在る。

 日常生活において不自由が無い迄は治る事、

 元通りの完全回復が見込めない事、

 聴力検査で高周域の聴力を失って居る事など。


 因果応報か足掛かりにしようとした、ツケが回っただけだ受け入れた。

「後二か月か…。」

 外部からの大きな音を避け、体は治っても耳に刺激与えない様に入院が決まった。


「痛っつ!」

夜中に目が覚める、夢の中で走り込んだ峠の下り最終コーナ直前でフルブレーキング、夢の中なのに右足がブレーキングの動作をした為、未だ治り切らぬ足からの痛みだ。


 季節は春、退院する運びとなる。

 聴力の結果は説明通り高周域は失ったまま、日常生活に置いては差しさわりは無いが仕事場での大きい衝撃音などはご法度、通院も続けなければならない。


 復帰するかの答えは其れ迄待って貰える、通院期間中は労災で保証される。

 聴力の回復に努める様にとそして寮にも居ずらいだろうと、例の貸家へ入居の配慮頂く。


 僅かしか無かった荷物は運び込まれ<RZ>は庭先の廂の下に停めて在る。

 二日後通院の為<RZ>を出す、エンジンを掛け同じ様に眼の前の景色が歪み走り出せない。


 今度は嬉しくて眼の前が歪む、又走り出せる事に・・・。


今度は嬉しくて眼の前が歪む、又走り出せる事に。

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