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エージェントシックスの憂鬱

作者: 雉白書屋

 夜。とある倉庫の前に到着した彼はバイクから降り、周囲を警戒しつつ素早く中に入った。ここは彼のチームのアジト。無事に任務を成功させ、ようやく彼は人心地つくことができた。しかし、その瞬間だった。


「……お帰り、エージェントシックス」


「オフィサー・エヌ! どうして、あなたがここに……」


 暗がりからヌッと、現れたのは彼の上司である、オフィサー・エヌであった。


「そう驚くこともあるまい。なにせ、今回の件は君の初任務だったのだからな」


 オフィサーは手を後ろに組み、ゆっくりと歩きながら彼にそう言った。


「ふふっ、心配してくださったんですか。でもご覧ください、この通り、データはしっかりと盗み出してきました。追手も撒きましたよ、完璧にね」


「ふっ、さすがだな。信じてたよ。君ならうまくやるって」


「どうも。ところで、今回の作戦チームのみんなは?」


「一足先に行ったよ」


「そうですか……。では我々も基地に戻りましょう」


「……いや、みんなが行ったのは、そして君がこれから向かうのは、あの世だ」


「は……? オ、オフィサー! まさか!」


「油断したね。エージェントシックス。さよならだ」


「やめ――うっ! …………え、これは、クリーム……?」


「はっはぁ! サプライーズ!」


「お帰り! エージェントシックス!」

「おめでとう!」

「よくやったな!」

「訓練終了おめでとう!」

「あっはぁ、真っ白じゃないかぁ!」

「ははは、顔背けてたなぁ! こうやってさぁ!」

「うふふ、おめでとう!」


「く、訓練……?」


 呆気にとられた彼はクリームとともに口からそう言葉をこぼした。


「はっはぁ! イエェイ! そうとも! 今回の任務は訓練だったのさ! ふふふっ、私に裏切られたかと思ったかね? ははははは! 裏切るにしても向けるなら銃だろう! この場面でバズーカなんて使うはずないじゃないか! まだまだヒヨッコだな! ははははん!」


「みんな、生きていたのか……」


「当然じゃないか! ははは! えー、さてと、みんな静かにしてくれ。訓練が終了し、これで晴れて彼は我々の仲間となった。エージェントシックス。君の本当の初任務はこれからだ。極めて過酷であり、達成するのは困難だと思うが、君ならばきっとやってのけるだろう。さあ、覚悟はいいな?」


「辞めさせていただきます」


「よし、では早速だが、外に用意している車に乗り、飛行場へ向かってくれ。プライベートジェットを用意しているから、それで現地に……ん? 今、何と言った?」


「辞めさせていただきます」


「え、辞める……?」


「はい」


「任務を受けないということか?」


「いえ、この組織そのものを辞めさせていただきます」


「この組織をって、この、国家の安全を守る秘密諜報機関を? 辞める? 最高にクールなこの仕事を?」


「はい」


「んー……ははは、おいおい、どうしたんだエージェントよ。ああ! そうか、うん。自信がないのはわかる。しかし、君は今回見事、この組織結成史上最高タイムを叩きだした! 誰もが認めるエリート諜報員だ! ほら、みんな拍手! はははは!」


「あ、ちょっと拍手やめて。本当に。記録とかどうでもいから」


「お、おぉ……いや、本当にどうしたんだ?」


「おわかりにならないんですか。そういうところもだなぁ……」


「おいおいおい、やめてくれよ。そんな気になる言い方を……。ま、まあ、とにかく、まずはその顔を拭いたらどうだ? ちょっと君の表情が読めないんだよ。真っ白でさ。ふふっ」


「えっ、今、笑いました? 嘘でしょ」


「ああ、いやその、とにかくほら、クリスティーン。彼の顔を拭いてやってくれ」


「ああ、いいんだ、クリスティーン。触らないで。これは証拠だから」


「証拠? 証拠ってなんのかね?」


「パワハラの」


「パワハラ!?」


「じゃあ、僕はこれで失礼します。次は法廷で会いましょう」


「いや、いやいや待ちなさい! パワハラとか、そういうのとはちょっと違うじゃないか……。それに、正式なエージェントになれたのにもったいないだろう。ふぅー……いいかね、次の任務はこの組織が結成されて以来、最高難易度の究極ミッションになるだろう」


「へー」


「達成すれば、新人にもかかわらず、君は伝説のエージェントとして名を残すだろう」


「ふーん」


「これは極秘事項なんだが、実は今、あるテロ組織がこの国に核ミサイルを発射しようとしているんだ」


「それは大変だぁ」


「……なんだ、何が言いたいんだ」


「信用できません」


「信用できない!? 我々をか? なんで、あ、いや確かに今回は訓練だったわけだが、次は本当にこの国どころか世界の命運がかかった重要な任務なんだ」


「核ミサイルとか、ははは。騙してるでしょ?」


「いや、本当に時間があまりないんだ!」


「ますます怪しいなぁ。どうせまたドッキリなんでしょ?」


「いや、本当に世界が大変なことになるんだよ!」


「クリーム塗れになることよりもですか?」


「そんなの比較になるわけが、え、まさか君、怒ってる?」


「必死な思いで敵を撒いて、ああ、あれも全部職員でしたっけね。まあ、それで集合場所に来たらドーンって」


「いや、その、あれはお祝いも兼ねてのものだから」


「みんなで笑って。イエェイとか、ああ、耳の奥まで入っちゃってるなぁこれ。ああこれ、シャワー当てて取ろうとしたら、今度は水が出て来なくなっちゃって中耳炎になるパターンだなぁ、あーあ!」


「いや、そうなると思うなら気をつければいいじゃないか」


「開き直りですか。やはり、僕にはこの組織は合わないようです。辞めさせていただきます」


「いや、その、すまなかった! このとおりだ! 頼む、任務を受けてくれ!」


「……すまなかった、とは何に対してですか?」


「え、それは、クリーム砲を、あ、この最終訓練自体が君を騙すものであったことを……」


「だけじゃないでしょ」


「え?」


「今日だけじゃなく、僕がこの組織に入ってからの訓練中にも、落とし穴に落としたりとか、歩いてたら突然バケツの水かけてきたりとか部屋で寝ていたら叫びながら突撃してきたり、さんざん好き勝手やってきたでしょうがよ」


「い、いや、だからそれはスパイとして、いついかなる時でも対処できるようになるための訓練なんだよ。あと理不尽に耐える精神力を培うために……」


「でも、その驚いた僕をカメラで撮り、上映会を開いて、みんなで笑ってましたよね」


「それは、ちょうど年末だったから、言っても君はエリートだし、これをきっかけに他のサポート職員と打ち解けやすくするために、と思って……」


「みんな、オフィサーもろとも訴えるから覚悟しておくんだな」


「訴えるって、そんな場合じゃないんだ! いいか、エージェントシックス……これはまだ不確定な情報で伏せておこうと思ったんだが、実は、死んだと思われていたエージェントファイブが実は生きており、そのテロ組織に加担しているようなのだ」


「えっ、エージェントファイブが裏切ったのですか……?」


「そうだ。奴は他のエージェント殺害の疑惑もある……。もし本当に生きているならば、今回の任務で大きな障壁となるだろう」


「どうして裏切ったのでしょうかねぇ」


「ん? それは奴のみが知ることだろうが、おそらく金か、あるいは……」


「あなたから、さんざん嫌がらせを受けたからじゃないでしょうかね」


「いや、だから嫌がらせのつもりじゃなかったんだよ! 頼む! もう次が最後でいい! この通りだ! 任務を引き受けてくれ!」 


「わかりましたよ。僕はエージェントをやーめーまー…………」


「お、お、お」


「…………す!」


「だぁぁ!」


「……ふふっ、冗談ですよ」


「お、おお! じゃあ」


「ええ、始めから任務を受けるつもりでしたよ。ちょっとした仕返しです。ま、期待しておいてくださいね。任務成功というとびっきりのサプライズをね」


「ふふふっ、やられたよ……。君はもう立派なエージェントだな! ははははは!」


「はははっ! ああ、でもシャワーくらいは浴びさせてもらいますよ。それじゃ、またあとで。あと、もう騙しっこなしですよ。命を懸けるんですから、信頼できる職場であってください」


「ああ、もちろんだ。ありがとう! …………おい、早く車の運転席に仕込んだブーブークッションを外してこい。それからハンドルに電気が流れる仕掛けしてたよな? それもオフにしろ」


「あの、オフィサー。プライベートジェットが空中分解になるあれは……」


「それは外せないところだ。大統領が派手なのが好きなんだよ。ただ仕方ない。パラシュートは見つけやすい場所に移動しておくように。よし、飛行機、車などもう一度カメラのチェックをしろ。総員取り掛かれ! 各省庁対抗の映像大賞で勝つ! これが我々の最重要任務だ!」


「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」

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