3.大学案内
ハーマス公爵のシルバーの長い髪の毛が目の前で左右に揺れている。馬の尻尾みたいだな、と呑気なことを考えながら、彼について大学構内を案内してもらった。
「リベラルアーツを学ぶために校舎は主にA棟、B棟、C棟に別れていて、他は学部によりますね。きみは、えっと——」
「ルミ……と呼んでいただければ」
現実では木崎瑠美という名前だが、ここでは苗字まで名乗らなくてもいいだろう。漫画『ルミエールの恋』のヒロインのルミエールと名前が一部かぶっているのは、偶然ではない。むしろ、数ある漫画の中で、ルミエールと名前が似ているからこそ、『ルミエールの恋』を好きになった。ベッドの上でむさぼるようにして何度も読み返した漫画で、イーギス国の王位継承者であるハーマス公爵は、作中では気が弱い人物として描かれていた。
ハーマス公爵にはアイルという弟がいて、頭がよく、運動もできてリーダーシップもあるこの弟に、嫉妬をする場面も多々あった。
国で人気なのはアイルの方だ。大学でも、アイルを好きになる女性の多いこと多いこと。だがそんな中でハーマス公爵の、気が弱いゆえの優しさに触れて恋をしたのが聖女ハンナと、悪役令嬢のルミエールである。
聖女ハンナは王族の分家のお嬢様。気立がよく、誰からも好かれる聖母マリアのような存在である。そんなハンナだから、大学ではアイルと並んで女性からも男性からも髙い人気を誇っていた。
一方悪役令嬢ルミエールは、もともとイーギス国とは隣国のスミノン出身だ。漫画でも、遠いスミノンの地からハーマス公爵をゲットしに策略を立てる様子が鮮やかに描かれている。その痛々しいまでの努力に、私はいつしかルミエールの方に惹かれていた。
セリフを覚えるほど呼んだ『ルミエールの恋』の話を思い出していたところで、ハーマス公爵が立ち止まり、私も慌てて歩みを止めた。
「ルミは何学部でしょうか?」
「学部……さあ、分かりません」
「ああ、そうか。記憶がないということは、学部も分からないんですね」
ハーマス公爵は困った様子で頬を掻いた。
学部か。現実では大学に行けていないから、見当もつかないな。
「あ、もしかして、学生証になら載っているかも」
「学生証?」
妙案を閃いたというふうに、ハーマス公爵の顔がぱっと明るくなった。