7.命燃やして
「公爵、どうかされましたか……?」
気がつけば僕は、茫然自失状態のままルミの家を訪ねていた。部屋で主治医の診察を受けた直後のルミが、布団に横たわっている。
「だ、大丈夫です。それよりルミは?」
「私も……いつも通りですよ」
力無く笑って答える彼女だったが、彼女が大丈夫でないことは、医学の道を歩む僕からすれば明らかだった。
頬や腕は痩せこけ、目は虚ろになっている。時々咳き込んだ後、胸を押さえる姿も痛々しい。それでも、僕に心配をかけまいと気丈に振る舞っている。
ルミの命は、もう長くない。
最初から分かっていたことだ。
余命一年と知らされたあの日から。
でも、心のどこかで彼女なら乗り越えられるかもしれないと期待している自分がいた。僕と彼女の間に、悲劇は起こらない。勝手に良いように想像して、あとで自分が傷つかないように保身していた。
ルミの命の灯火は、最後の力を振り絞って、わずかに燃えているだけなのに——。
「公爵、楽しい話をしませんか?」
「楽しい話?」
「はい。たとえば私たちが……結ばれた後の、話とか」
ルミは痩せこけた顔を恥ずかしそうに赤く染めて、僕に手を伸ばしてきた。
僕はその手をぎゅっと握りしめる。温かい。彼女の体温は、まだこの手の中にある。
「いいですね。僕は、あなたと一緒になりたいと思っていたんです」
本心だった。
たとえ父やこの国が許さなくても、僕はルミという女性と、生涯を共にしたい。この一年間でここまでの心境にさせられるなど思ってもみなかった。でもルミと過ごした二人の時間は、これからの人生を共に生きていきたいと思うほど、温かく愛しかった。
「……嬉しい。そんなこと、言ってもらえるなんて」
ルミの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「嬉しいのに、泣くんですね」
「嬉しいから泣くんです」
「じゃあ僕も、泣かないといけないな」
「公爵に涙は似合いません。いつまでも凛としたあなたが見たいのです」
しおらしい彼女の願いが、ずんと僕の胸に響く。
そうだ、僕は次期国王だ。
どんな時も、堂々と胸を張って歩かねば。
「公爵、私が死んだら、絶対に国王と向き合って、話してくださいね」
「何を……言っているのです」
突然、“死んだら”なんて後ろ向きな台詞を吐く彼女が恐ろしく、僕は再び耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
だけど、ルミの瞳は真剣そのものだ。彼女は僕に、何かを託そうとしている。僕は……僕は、彼女の言葉をしっかりと受け止めなければならない。
「言ったじゃないですか。国王になることを、諦めてほしくないって。きっと公爵なら、国民から慕われる優しい王になれるから……」
「ルミ……」
ルミは最後まで、僕の身を案じてくれているのだ。
自分の命の灯火が消えかかえっているというのに。
これほどまでに強い女性に、僕は会ったことがあるだろうか。
「……分かりました。向き合います。あなたの願いを、僕が蔑ろにすることはありません」
僕がそう答えると、ルミはほっとしたような笑みを浮かべた。
「良かったです。やっぱり、私が愛した公爵は、すばらしい人です」
その言葉が、限界だった。
僕はルミの、艶を失いかけた唇に自分の唇を寄せる。何かの気配を察知した彼女が、少しばかり躊躇うそぶりを見せた。でも僕は、彼女の甘い吐息に負けて、そのまま彼女に触れていた。
色を失っても、柔らかな感触が唇から伝う。彼女はすぐに僕を受け入れてくれた。床に臥せったままの彼女と、僕は重なり続ける。
どれくらいの時間、そうしていただろう。
十秒ぐらいだったような気もするし、一分だったような気もする。
しばらくして唇を離した僕たちは、お互いの目を見つめては、逸らした。
「……びっくりしました」
彼女の口から最初に出てきた感想がそれだ。僕は、衝動的にキスをして悪かったかなと反省する。
「でも、嬉しかったです」
続く言葉を聞いて、ほっと安堵する。
ルミも僕と同じ気持ちでいてくれた。それだけでもう十分だ。




