1.夢の中?
どこからか、金木犀の香りが漂ってくる。そっか、もうそんな季節になったんだ。でも病院の周りに金木犀なんかあったっけ? 去年は香りがしなかった。ということは、今年植えたのかなぁなんて、のんびり考えていると、ぼやけていた視界がくっきりとクリアになっていくのが分かった。
白い天井……なのは、いつもの病院と変わらない。鼻をつく薬品の匂いも普段嗅いでいるものと同じだ。でも、どこか違和感がある。
自分が寝かせられているベッドから身体を起こし、カーテンを開ける。
「!?」
目に飛び込んできた光景に、私は思わず声を上げそうになった。
シルバーの長い髪の毛を一つに括り、青い瞳をした男性が、身を乗り出すようにして私の顔を覗いていたからだ。しかも、その人物に見覚えがある。え、でもなんで? そんな、ありえない。だって、彼は、彼は——。
「あ、目が覚めたんですね……!」
思いっきり西洋人な出立の彼が、目覚めたばかりの私を見てふっと目を細くして笑う。
「あ、あの、私はどうしてここに! というか、あなたは、もしかして、ハーマス公爵ううぅぅ!?」
叫びながら、あまりの展開についていけなくなった。これが漫画の世界なら、私の頭からボフンっと炎が上がっていたことだろう。そうだ、漫画。これは漫画の世界じゃないのか? だとしたら私は夢を見ているの——。
だって、目の前にいる外国人の男は、私が病院でページがクタクタになるぐらい何度も読んだ『ルミエールの恋』に出てくるヒーローなんだもの!
「はは、そんなに驚かないでくださいよ。確かに僕はハーマスだが、この大学に僕が通っていることは全員知っていることでしょう」
ハーマス公爵は手をひらひらさせながら答えた。きっと私が、公爵なんていう偉い人に介抱されてただびっくりしているようにしか見えないのだろう。
「い、いやいや、驚きますよ。ていうかここ、どこですか……? 私病院で眠っていたんです。昨日から検査をしてて、また今日も検査の残りがあるからって——」
私が言葉を紡いでいくごとに、ハーマス公爵の顔が不思議そうに曇っていくのが見てとれた。
「あの……どうかされましたか?」
沈黙に耐えられなくなった私が再び口を開く。青色の瞳が私をじっと見据えた。え、なになに、私の顔に何か付いてる?
「ああ、ようやく分かりました。きみは、まだ夢の中にいるんですね」