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恋した悪役令嬢は余命一年でした  作者: 葉方萌生
第三話 残された時間の使い道
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2.余命宣告


 ルミ、という名前を呼んだ彼女は、私の姿を見るなり身を翻して担当医を連れて来た。もちろん現実世界の担当医とは違う。やって来た医者の胸の名札には、「エクシア」と書かれていた。


「ルミさん、おはようございます。ここがどこだか分かりますか?」


「はい。病院です。個室ですね」


「その通りです。では、あなたの年齢は? 直前の記憶はありますか?」


「二十一歳で、大学生です。大学で人と話している時に倒れてしまいました」


「どうやら記憶に問題はないようですね」


 エクシア医師がカルテにドイツ語で私の症状を書き込んでいく。こういう質問には慣れている。現実世界でも、突然倒れることが何度もあった。


「さて、目覚めたばかりで大変恐縮ですが、あなたの症状についてお伝えします。ルミさんは心臓に大きな疾患を抱えています」

 

 エクシア医師は私に、私の心臓が、酸素欠乏になりやすい状態にあると説明してくれた。どれも現実世界で何度も聞いた話で、彼の話は私の中で知っていることばかりだった。


「私は……この世界でも病気なの……?」


 一番に思ったのは、異世界に転生した私の心臓が、現実と同じ病気を抱えていたという衝撃だ。

 そんなことはないと思いたかった。

 でも、逆に転生して病気が治るなんて、なんて都合の良い展開だろうとも思う。現実的に考えれば——いや、転生しといて現実もクソもないと思っていたが、転生しても、病気が治ることはない。移植以外で助かる見込みはないと言われていた病気だ。私はこの世界でも、胸に爆弾を抱えて生きていかなくちゃいけないんだ——……。


この世界でも(・・・・・・)、という部分はよく分かりませんが、お伝えした通りの状況です。そして……これは今お伝えするべきか迷っているのですが、」


「何ですか? 教えてくださいっ」


 これ以上、どんな爆弾が飛んできても心はとっくに砕けてしまっている。エクシア医師の瞳に映る私の顔が、かつてないほど強張っている。この感じ、見に覚えがある。私は、この世界にやって来る直前に、現実世界での主治医から同じような瞳を向けられた気がするのだ。


「あなたは——余命一年です」


 どこかで聞いたことのある宣言が、耳の奥で遠くに響いた気がした。

 ぐわんぐわんと耳鳴りのように鳴り響く電子音がとても鬱陶しい。機械ごと壊してしまおうかと本気で思ったぐらいだ。


「余命一年……ですか」


「はい。あくまで今のあなたの身体の状況と、統計を照らし合わせて見た数字ですが……五年生存率は、かなり低いかと思われます」


「そう、なんですね」


 もっと、取り乱しても良かった。

 それが、命の期限を知らされた者の普通の反応である。でも、私にとって“余命一年”と言われたのは、今回で二回目なのだ。一回目はこの世界に転生する直前に、現実世界で医者から宣告された。決して忘れていたわけじゃない。ただ、異世界に来たのだから、身体上のハンデはなくなっているのだと勝手に思い込んでいた。だって、普通そうじゃん? 今まで読んできた異世界転生ものの漫画のほとんどは、現実世界でヘタレだった主人公が異世界で勇者になるとか、最強の剣士になるとか、はたまた魔法使いになるとか、そういう“強者”に転生する。転生した先で現実と同じか、それ以下の状況に陥ることはまずない。少なくとも、私が読んだ物語の中にはなかった。


 だから、この世界でも自分が心臓病で余命一年だなんて、考えてもいなかった。


「あなたの今後の人生のために、私は全力を尽くします。どうか悲観しないでください」


 エクシア医師の精一杯の慰めも、別の誰かから聞いたことがある。右耳から左耳へ、風が吹き抜けるようにするりと通り過ぎた。

 それからエクシア医師は、今後の治療について、一つ一つ丁寧に私に説明してくれた。カテーテルを入れるような手術も過去に行ってきたが、残念ながら再発してしまった。まだ試していない治療で私が助かるには、心臓移植をするしかない。移植を希望しないのであれば、少しでも長く生きられるように延命治療をするか、緩和ケアをするか——。


 私はその場で、何も返事をすることができなかった。

 積極的に治療をするとなれば、それだけ自由が制限されることになる。痛みや苦しみは緩和ケアよりも強く、治療の末に命の期限が延びるかも定かではない。でも、治療をしなければ確実に私の身体は蝕まれていく一方。


「少し、考える時間をください……」


 混乱する頭をどうにか整理したくて、エクシア医師と話すことを拒否した。先生は私の意思をくんでくれてその場からいったん離れてくれることになった。


「できるだけ早く決断されることをお勧めします」


 言いにくそうに表情を歪めて、それだけ言い残して彼は病室から去った。


「この世界でも余命一年か……」


 現実世界で余命宣告をされた時、私は正直諦めていた。

 生きることを、生に縋ることを諦める。

 だって、頑張って治療に耐えても、病気が完治するわけではない。また、いつ爆発するかもしれない爆弾に怯えながら生きていく日々が始まるのだ。ドナーが現れるのを待ってもいいいが、それまでに私の命が尽きるのが先だろう。それに、たとえ少しばかり命の期限が伸びたとしても、私には何もない。友達も、これと言って他人に誇れる趣味や特技も、将来の夢も、何もかも。


 でも、この世界に来て変わったことがある。


「私……生きたい、なあ」


 初めてあの誠実そうなまなざしを見た時、私の中で彼に憧れる気持ちが一気に膨れ上がった。漫画の世界で見ていた王子様が目の前にいる。しかもその人と言葉を交わすことができる。私は彼と結ばれることのない悪役令嬢ルミエールだったはずなのに、どういうわけか、この世界では彼に接近することができている。

 何より彼の方も、私に少なからず好意を持ってくれているのだ。

 一体どうして、すぐに命を諦めることができるだろうか。

 私はこの世界で、生きる意味を見つけてしまったんだな——……。


 その日、夜通し今後の治療について考えていた。

 考えても考えても、明確な答えが出ることはない。

 やがて、さすがに徹夜まですることもできず、いつのまにか眠りについていた。




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