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恋した悪役令嬢は余命一年でした  作者: 葉方萌生
第三話 残された時間の使い道
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1.舞い戻る

 ピピ、ピピ、ピピ。

 一定のリズムを刻む電子音が、耳の奥で響いている。

 幸せな夢を見ていた。

 私が、大好きな漫画の世界に飛び込んで、そこで出会った男性に恋をするのだ。

 男性はとても身分が高い人で、私のような瑣末な人間と対等に恋をしてくれるなんて思えなかったんだけれど。その人はびっくりするくらい自分に打ち解けてくれて、私のことを気になる存在だと言ってくれた。

 流石に冗談だとも思ったけれど、彼の誠実そうなまなざしが嘘をついているようには見えなくて。私は彼の気持ちに一直線に、応えたいと願ったんだけれど。


 ああ、また、現実に引き戻されてしまったのね……。


 聞き覚えのある電子音が、私を夢の世界から覚ましていく。ここで終わりなんだ。現実で、誰かと恋をしたことがない私にとって、夢の中ででも恋に落ちたことが嬉しかった。いつまでも、この夢に浸っていたいと思っていたのに——。


「……っ」


 重たい瞼を持ち上げてぼやけた視界を探る。視界に飛び込んできた白い天井にも見覚えしかない。身体が重たくて、思うように手を動かすことができない。目を覚まして金縛りにあったような気分になるのも、初めてのことではなかった。


「ハーマス公爵……」


 夢の中で見た、愛しい人の名前を呼ぶ。彼がもし、隣にいてくれたら。まだ夢の中に浸っていることができたのに。私の呟きは、無情にもこの質素な病室で電子音にかき消された。


「そりゃ、そうよね。転生なんてするわけないし。あれは夢だったんだわ」


 夢の中で、なぜか自分は転生したのだと確信していた。でも、こうして病院のベッドの上で目が覚めるとそれが自分の妄想であったことを痛感する。

 転生なんて、物語の世界でしか起こらないことだ。

 ここは現実で、私はただの瑠美。心臓病を患う、二十一歳の哀れな女——。


 ようやく腕に少しずつ感覚が戻ってきて、そっと自分の髪の毛に触れた。入院している間、私の髪の毛は基本的にボサボサだ。もともと癖毛なこともあり、手櫛では絶対にどこかで必ず引っ掛かる。……はずなのだけれど。


「あれ?」


 頭のてっぺんから髪の毛に手を入れると、すうっと毛先まで引っかからずに梳かすことができた。不思議に思って髪の毛を掴んで目の前まで持ってくると、ブロンズの輝きに、目を奪われた。


「はあ!?」


 見覚えのある髪色は、私が生まれ持っている髪の毛の黒ではない。

 夢の中で——あの世界で転生した悪役令嬢ルミエールの髪の毛そのものだ。

 ……とういうことは。

 私、まだ夢の中にいるの?

 慌てて腕をつねってみると、しっかりと痛みを覚えて顔をしかめた。ほ、本当に? あれは夢の世界の話じゃなかったの? やっぱり私は転生してたの?

 目覚めたばかりで混乱している頭が、ずきんずきんと痛くなる。

 私はまだ、“ルミ”でいられる。

 安堵のため息をついた途端、身体中の力が抜けた。ベッドにズンと身体が沈んだような気がする。


「でも……じゃあ、どうして私は病院(ここに)に……?」


 新たに頭の中に芽生えた疑問がぐるぐると渦を巻く。

 確か、私はイーギス国の大学で講義を受けていた。一般教養の授業終わりに、ハーマス公爵とラウンジで話をしていて……。


「そうだ、それで心臓が痛くなって……」


 真っ先に思い出した胸の痛みと、記憶がようやくリンクしていく。

 あの時感じた心臓の痛みは、現実世界でこれまで何度も私が経験してきた痛みだった。

 子供の頃から心臓が弱く、入退院を繰り返す人生だった。

 だから私には友達とまともに遊んだ記憶もないし、家族で旅行に出かけた思い出もない。ずっと、閉じられた病院の個室の中で、漫画や本の世界と向き合ってきた。

 そんな私も、『ルミエールの恋』の世界にやって来て、普通の人と同じように生活ができていた。それなのにどうだ。私はまた、こうして病院に舞い戻っている——。


「失礼します——」


 頭の中がぐちゃぐちゃと散らかっている時に、不意に病室の扉が開かれた。個室に入って来た看護師が、私を見て驚く。


「ルミさん、目を覚まされたんですね。先生を呼んできます」


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