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恋した悪役令嬢は余命一年でした  作者: 葉方萌生
第二話 彼女がいなければ、僕は
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4.守ってください

「ハーマス公爵、最近写真は撮っていますか?」


 席に座って開口一番にルミが聞いてきたことは意外にも写真のことだった。僕は、最近の自分の行動を振り返る。カメラは長いこと、触れずに鞄の中にしまい込んだままだ。


「え? あ、ああ。時々、ね。でも最近は医学部の方が忙しくてなかなか撮れていないかも……」


「そうなんですね。私、公爵の撮る写真が好きなので、ぜひまた撮ってください」


 にっこりと微笑みながら、僕の写真を好きだと言ってくれるルミ。ルミに写真を見せたのは一回きりだが、気に入ってくれていることは純粋に嬉しい。


「では、またルミのことを撮らせてください」


「ええ!?」


 ルミの、びっくりまなこが可愛くて、今すぐシャッターを切りたい衝動に駆られる。でもさすがに、公衆の面前でカメラを構えるわけにはいかず、我慢した。

 いつもは人物は撮らないのだけど、ルミのことはなら自然に写真に収めたいと思ってしまう。これも、ルミへの恋情がそうさせているのだろうか。


「ふふ、そんなに驚かなくても。ところでルミは、何か好きなことはないんですか?」


「好きなこと……ですか。うーん。私、普段は漫画を読んだり本を読んだり、テレビを見たりしてただけだからなぁ」


 どこか切なげな表情で答えるルミ。しまった。これは聞いてはいけない質問だったか。女の子には時々、踏み込んではいけない領域がある。ルミにとってそれが趣味のことなら、僕は完全に間違ってしまった。


「不躾なことを聞いて、すみません」


「い、いえ、不躾だなんてそんなこと! そうだ、よかったら今度、私にも写真を教えていただけませんか?」


「写真を? ええ、もちろんです。人目に触れないところでなら、いつでも」


 ルミの顔に、ほっとした安堵の表情が広がる。

 たったこれだけのことで喜んでくれるルミを見ていると、心が洗われた気分になった。


 その後、僕はルミとお互いのパーソナリティについて話そうということに。僕の方は、生まれた時から王位継承者として躾けられてきたこと。乗馬やピアノ、外国語は五カ国語ほど徹底的に教えられたこと。常に「お前は上に立つ者として、人々の気持ちを分からねばならん」と父親に言われ続けたこと。出来のいい弟のアイルに勉強や運動で抜かされないよう、日々精進してきたことを、彼女に伝えた。

 きっと、どれもつまらない話だったと思う。僕の人生は、いつも父親が敷いたレールの上を歩き続けている。

 それでもルミは僕の話にいちいち感銘を受けて、何度も感嘆の声を上げた。「大変だったでしょう?」という慰めの言葉が、胸にじんと響いた。


「そうですね。でもそのおかげで、今こうしてルミと出会い、話ができていると思うと、僕の人生捨てたもんじゃないと思います」


「な、な、そんなこと……! でも嬉しいです。確かにハーマス公爵が別の誰かだったら、初めて出会った時にあれほど衝撃を受けなかったと思います」


 ルミが可愛らしく頬を染めて笑う。彼女のいろんな色の笑顔を見ていると、僕は心が洗われた気分になった。


「次はルミのことを教えてくれませんか? ルミが今までどうやって育ってきて、今日までどんなことを考えていたのか、知りたいです」


 純粋な興味だった。僕はまだ、ルミについてほんの少ししか知れていない。ルミが漫画や本が好きなことは知っているけれど、それ以外は何も——。

 ルミは、少し躊躇ったあと、右手を胸に当てた。何か、重大な告白でもするかのような仕草に、ドキリと僕の心臓が跳ねた。


「私、私は——」


 大きく息を吸って、僕の目を見つめるルミ。

 ルミの口からどんな話が紡がれるのか、ワクワクして胸が高鳴っていた。

 しかし。


「うっ……!」


 ルミの表情が一瞬にして苦痛に歪み、右手はぎゅっと胸の辺りを押さえていた。何が起こったのか、瞬時に理解することができない。「うあっ」という声にならないうめき声が彼女の口から漏れて、初めて中庭でルミと出会った日のことがフラッシュバックした。


「ルミ、ルミ!!」


 僕が叫ぶのと、ルミが椅子から崩れ落ちたのは同時だった。周りにいた学生たちが、一気にこちらに振り向いて何事かと様子を窺う。僕は、パニック状態になりかけて、「落ち着け」と自分に言い聞かせた。


「誰か、救急車を呼んでください!」


 ありったけの力で精一杯叫ぶ。

 僕の言葉を聞いた学生たちの何人かが、救急車を呼んでくれた。僕は床に転がるルミの身体を抱きかかえ、必死に彼女に呼びかける。


「ルミ、ルミ、気をしっかり持って! もう少しで救急車が到着するぞっ!」


 誰になんと言われようと、構わない。

 僕は目の前の彼女を助けるのに必死だった。


「ハーマス……こうしゃく」


 片目をうっすらと開けて、額から大量の汗を流しながら、ルミが苦しそうに僕を呼んだ。たまらなくなって、僕は彼女を抱きしめる腕に力を入れる。ルミは一瞬、ほっとしたような顔をしたけれど、ぐぐぅ、と声にならない悲鳴を上げた。


「ルミ、喋らないで。僕はここにいます! すぐに助けが来るから、どうかしっかり——」


 言いながら自分の声が震えていることに気が付く。僕の言葉に安心したのか、ルミはもう何も言葉を発さなくなった。やがて外から救急車のサイレンが聞こえてきて、僕は一気に力が抜ける。

 神様、どうかお願いです。

 ルミを守ってください。

 彼女がいないと、僕はダメなんです。

 どうか、どうか——……。


 救急隊が駆けつけて、ルミと一緒に救急車に乗り込んだ。救急隊たちは僕がハーマスだということに気づき、恭しく頭を下げる。でも僕は、今はそんなことよりも早くルミを助けてくださいと、必死に訴えていた。



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