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恋した悪役令嬢は余命一年でした  作者: 葉方萌生
第二話 彼女がいなければ、僕は
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3.交換条件

「お疲れさま、ルミ。難しい講義でしたね」


 全然教授の話なんて聞いていなかったのに、ルミの前では格好つけたい僕は口から出まかせを言う。


「は、はい。でも、公爵は賢い方だから、普通に理解できたでしょう?」


 ルミは以前僕に、勉強には自信がなくて、と話してくれたことがある。なんでも、これまであまり学校には通えず、自分で勉強をしてきたからだそうだ。僕からすれば、独学で大学まで入学できた方がすごいと思うけれど、彼女はずっと講義についていけるか不安だと言う。


「そんなことないよ。僕も、途中から教授の話が分からなくて困ってたんです」


 話が分からなかったのではなく、聞いていなかっただけなのに、彼女の前でしゃあしゃあと嘘が出る自分が憎らしい。

 だがルミは、僕も講義の内容を理解していないということに安心したのか、ほっと胸を撫で下ろす。


「話は変わるんですけど、隣に座ってた人って、ハンナさん?」


 ルミの瞳が純粋な疑問を僕にぶつける。

 ルミがハンナを見るのは今日が初めてだったか。確かにハンナと会う時にはルミがいないことの方が多かったから仕方あるまい。でもルミはどうしてハンナの名前を知っているのだろうか。


「そうだよ。ハンナのこと知ってるんですね」


「え、ええ。それは、有名なお方ですからっ」


 確かにハンナは王族の分家のお嬢様で、有名人だ。でも、記憶をなくしているルミがハンナを知っているのは意外だった。

 

「ハンナさん、すごく綺麗な人ですよね。私とは大違い……」


 自信なさげな声で俯いたルミがいじらしくて、僕は咄嗟に彼女の手を握っていた。


「ルミ、これから時間ありますか? 次も講義?」


「え、いや、次は空いてます、けど!」


 ルミは僕と繋がった右手を見て、カッと顔を赤らめる。


「良かった。じゃあ、ラウンジで休憩でもしませんか?」


 さらりと自分の口から出てきた言葉に、自分でも驚いてた。少し離れたところから、講義が始まる前に僕に話しかけてきた女の子たちが、じっとこちらを見ているような気がする。

僕とルミが話をしているのが不思議なのか気にくわないのか分からない。でも、今は誰にも邪魔されたくないという強い気持ちがあった。


「え、ええ。いいんですか?」


「もちろん。最近あまり話せていなかったので」


「分かりました。よろしくお願いします」


 恭しく頭を下げるルミが愛おしくて、僕はその場で頬を緩めた。


 それから僕たちは二人並んで講義室を後にした。何か言いたげな顔をしていた女の子たちの視線を振り切るのには苦労したけれど、意外にも彼女たちは僕になにも言ってこない。それよりも、数人で何かヒソヒソと囁き合う声が気になっていたが、話の内容までは聞き取れなかった。


 ラウンジはこれまで講義を受けていたA棟から出て、少し歩いたところにある新しい建物の一階にある。テーブルと椅子が雑多に置かれていて、学生たちが勉強をしたり討論をしたりするのに使っている。僕たちみたいに、ただ休憩をしに来ている人ももちろんいた。


「飲み物を買って行きましょう。何がいいですか?」


「あ、私は、オレンジジュースで」


「分かりました。はい」


 自分の分のコーヒーと、ルミのオレンジジュースを自販機で買った僕は、彼女にジュースを手渡した。


「ありがとうございます。あの、お代金を」


「いやいや、これぐらいいいですよ。奢りです」


「そんな! 公爵にご馳走になるなんて、ジュースだろうと私の気が済みませんっ」


 ルミは義理堅い性格をしているのか、素直にジュースを受け取ってくれない。僕は少し迷った末、こう言った。


「では、こうしましょう。ジュース代の代わりに、僕とまた、定期的に会う時間を作ってもらえませんか」


「え?」


 我ながらひどい交換条件だと思う。飲み物ひとつ奢られた代償が、僕との時間を作ってくださいなんて。もし自分が誰かに同じことを言われたら、かなり戸惑うことだろう。

 しかしルミは、一瞬驚きこそしたものの、すぐに柔らかい顔になり「はい」と可愛らしい返事をしてくれた。心なしか、顔が赤く火照っているような気がする。


「私でよければ、いつでも」


 ルミの甘やかな返事が僕には嬉しくて、つい返す言葉を失ってしまう。

 ああ、僕は。気づかないうちに、こんなにも彼女のことが気になっていたんだな——……。

 

 自分の気持ちの変化に追いつけないまま、僕たちは空いている席に座った。回りではディベートサークルが国際問題について議論する声が響く。ラウンジの利用者は多く、多少ざわついているものの、教室よりはルミとゆっくり会話ができそうだ。


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