38.帰りの電車の中で
朝に続いて、またも不思議とやけに空いている帰りの電車の中で、横では美央が眠っている。
行きは寝たフリをされてだまされてしまったけれど、今度はどうやら本当に眠っているらしい。根拠はと聞かれると返答に困ってしまうのだが、だまされた時と比べると、肩にかかる重みが電車の揺れに合わせて変わったりとか、規則的に鼻から抜ける寝息だとか、明らかに様子は違っていた。
それでも相変わらず腕をロックされている中、試しに、もう片方の手で頬をつついてみると、口がわずかに開いたり閉じたりして、わずかな声で「うーん……」とうなりながら再び寝息を立てる行動に戻っている。
「今度こそ、寝てるな」
改めてその確信を持つ。
そして、冷静に考えを巡らせて。
俺も、妹の頬をつつく行動を取るなんてどうかしてないか。
そんなことを思う。
まあ、普段から美央にいたずらされっぱなしなんだし、こういうのもたまにはいいだろう。
しかし、しっかりケアしているのか、ニキビも少なく、つついた指が滑ってしまいそうな頬は、やわらかくて気持ちよかった。
もう一度つつきたくなる。
「何やってるんだ俺は」
人差し指を用意して、もうすぐ触れるという手前で俺は自制した。
今だったら美央に日頃やられている分、仕返しすることもできるだろう。
ただ、それを行動に移す気にはなれなかった。
なんだろうな、この心境は。さっきも観覧車に乗った後に美央に彼氏ができたら、なんて妙なこと考えてたし。
……まあ、今また考えても想像できないんだけど。
自分に彼女ができないから、たとえ美央であっても離れて欲しくないとか?
うわ、なんという後ろ向きな考え。しかも合っていそうだから困る。
自分で問題提起しておいて自分で凹む、最悪の自己完結を終えたところで、電車は俺たちの住む街に到着しようとしていた。
とりあえず考えるのはやめて、美央を起こそう。
「美央、そろそろ着くぞ」
「あうう……えっ、もう着くの? わたし寝てたの?」
美央が半分目を開けてうなったその直後には、すっかり目が覚めたようで突然はっきりとした口調になった。
どうやら、本気で寝ていたという予測は当たっていたらしい。
「あ、あう……へ、変なことしてないよね?」
「寝息が聞こえてきただけだから別に変なところはなかったから安心してくれ」
「それもそうだけど、そ、そうじゃなくてっ……その、おにいちゃん、わたしに何か変なことしてないよね?」
「さあ、どうだろうな」
普段から何かとくっついてくる美央が言うのも変な気がするが、とにかくその通りだと困るみたいなのでぼやかしてみる。
そもそも頬をつついた、というのがあるし。
俺の様子を伺っていた美央は、首を少し傾けて納得するように笑った。
「えへへ、頬をつついたくらいなら許してあげるよ?」
「バレてるのかよ……というか起きてたのかよ」
「あ、やっぱりそうなんだー? おにいちゃんのことだから、それくらいかなって思っただけだよ? わたしが起きている時でも、もっとすごいことしてもいいのにー」
「電車の中で言うことじゃないな、それは」
無意識で何かされるのが嫌なだけなのかよ……
いつも通りの美央に、色々考えたのが馬鹿らしくなった。