37.この手は離さない
逃げることのできない観覧車の中での危機は、となりに座られた直後に遊園地のスタッフがドアを開けたことで回避した。
美央が「もう一周お願いします」と言いかけているのを察知して、俺はそれ以上何も言わせないようにすぐそこにあった手を取って、観覧車から引きずり降ろす。
「えへへ、作戦成功ー!」
しかし美央の魂胆をつぶしたつもりでいた俺への美央の反応は、むしろ喜んでいるように見えた。
どういうことか理由を考えていると、俺の手に絡んでいる何かの力がひとつ、強く込められたのに気づいた。
「あ、もちろん離しちゃだめだよ? だって、おにいちゃんから、にぎってきたんだもんね?」
次の行動をも、美央はさえぎってくる。
なるほど、最初からもう一周回ることなど期待はしていなくて、もともとこれが目的だったのか。
そもそも、この時間は夕方で見られる景色が良いため、当然観覧車に乗る人数も多く行列ができていた。考えてみればもう一周と言ったところで通るわけないじゃないか。
気づいても時既に遅し。たとえそれが罠だとしても俺から手を取った事実は変わりない。というか確実に罠なのだ。ここでどうこう言っても、美央が離すことを了承するわけがない。
「おにいちゃんったらっ、積極的なんだからっ」
「その弾むような声がなんとも言えないな」
「えへへ、ほめてくれるなんて嬉しいなー」
「言うのも無駄だろうけど、ほめてないから」
「うん、もちろん無駄だよ?」
「それを堂々と宣言できるのはほめてもいいかもな……」
ほめるというか、感心すると言っていいのかもしれない。俺の言うことなど聞いてもいないような受け流し方に、注意している方が凹まされる。
「そんなこと言っても、この手は離さないよ?」
「もうどうにでもしてくれ」
「うん、言われなくてもそうするよ? 本当にどうにでもしていいなら、もっと考えてることもあるけど、どうしようかなー? どきどき」
「その語尾に嫌な予感しか浮かばないから取り消させてください」
美央は手を取るのをやめずに俺の少し前を歩いて、時折俺の方を向きながら、そんな話を繰り広げる。
最後に拒否した俺の言葉にも、特に返事をすることないが、逆光で表情はよく見えないものの、不機嫌にもならずにいるようだ。
しかし、今はこうして俺にくっついてきている妹だけども、こんなのでも彼氏ができる時が来るのだろうか。
まったく想像できなかった。