32.ジェットコースター前にて
「ジェットコースターなんて久しぶりだねー?」
遊園地の入園ゲートをくぐった直後、真正面でジェットコースターが滑り降りていくのを見て、とりあえずということでやってきたジェットコースター乗り場の前。
美央が身長制限のパネル横に並んで、満足そうに見下ろしながらそう言った。
俺たちが小さかった頃、美央だけが身長制限に引っかかって泣き出してしまったことに対する報復でもしているのだろう。
俺の視線に、美央が気づく。
「べ、別に今さら勝ったって思っているわけじゃないんだからね? あうあう」
自分から言ってるよ。
まあ、しかし届かなかったものに届いたという気持ちはわからなくもない。家の冷蔵庫に置いてあったおやつを勝手に引き出して食えたときの感動は、よく覚えているからな。
最近の冷蔵庫は下が冷凍で上が冷蔵だから困った。昔は逆だったからさぞかし楽だったんだろうなと、届かなかった時はよく思ったものだ。
……これって、今の美央と同レベルか?
「ところで美央はジェットコースター平気だったっけか?」
美央を笑える立場ではなくなってしまったので、特に身長制限パネルの話には触れずに、そもそもの問題点を切り出してみる。
確か美央が初めて身長制限をクリアしたと喜んでジェットコースターに乗り込む、前と後にかなりの落差を見て、笑いが止まらなかった記憶がある。
「むー、どうせまたあの時のこと思い出してるんでしょー。初めてだったし、怖かったんだもん! 今は成長してるし、全然平気だもん!」
「成長してるとはとても思えないんだが」
「なんでそんなひどいこと言えるかなあ……あー、わかったっ! 『じゃあ成長したかどうか確認してやる』とかなんとか言って、抱きしめようとしたんでしょー? 仕方ないなあ……ほらっ」
「どうやら平気らしいから、行くか」
「あーっ、ひどいっ! 手を広げさせておきながら何もしないなんてー!」
「勝手に広げとけ」
「あうあう、おにいちゃんが放置プレイに目覚めはじめてる……わたし、これからそんなおにいちゃんに染められちゃうの、お母さんごめんね……」
「もうホント勘弁してください」
気づけばもう、周りの視線どころかギャラリーができ始めている始末。
これ以上美央と言い合いをしていたら、ますます目立つだけだ。俺は美央の手をとって、ジェットコースターのゲートへ向かった。
「えへへ……強引なおにいちゃんもいいな」
更にギャラリーが増えるようなことは言わないで欲しい。