28.めがねっこ
おかしいのは髪型と態度だけではなかった。
さっきから美央がしきりに手を目元に持っていっているのは気づいていた。
「なんでメガネなんてかけてるんだ」
美央の目の良さは俺が良く知っている。高校の正門から昇降口までは直線で桜の木が両脇に二十本ほど並んでいるくらいの距離があるのだが、俺が帰ろうとして正門に差し掛かった時、美央が昇降口付近から俺の耳に充分届くほどの声で呼んでくることがあるからだ。
当然、その途中にいる数多くの生徒は何事かとまず美央を見て、そして俺にその視線の矛先が向く。大抵はその目の奥が冷たい。
なんかあまり思い返したくないことを頭に浮かべてしまったが、とにかく美央がメガネをかける理由がないことは証明できただろう。
「たまにはちょっとおとなっぽーい雰囲気、出してみたいなーって」
「いやその言葉遣いからして大人な雰囲気出てないから」
「じゃあ、言葉遣い以外はおとな?」
美央は目元に持っていっている手を上下に動かして、メガネを直すようなしぐさをしながら、俺に乗っかっている体勢を変えず、下から見上げてくる。
またも胸元が緩いのは見ないことにする。どうせ美央のことだからこれもまたわかっててやっているのだろう。不覚にもおとといはその罠に引っかかっただけに、同じ手でやられるわけにはいかない。
「そんな作ったような薄っぺらい色気で何が大人なんだか」
「うう……今度は引っかからなかった……」
やっぱりそうだったか。というか「今度は」と言わずいい加減やめて欲しいものなんだが。
ところで、それをクリアしたところでそもそもこの状況、人に見られたら一発で誤解されるんじゃないだろうか?
なにせ美央が乗っかった状況で俺を見上げているということは、後ろから見たら腰から下を突き出しているわけで……
いやこれはさすがにまずいだろう。突如焦りが出てきた俺は、色々言いたいことをすっ飛ばして美央に注意する。
「というかいつまでも遊んでないでどけ」
「えー? どうしてー? あ、ちょっとヒワイで背徳感たっぷりでゾクゾクしちゃう?」
何その発言。普通の妹はこんなこと言わないよな? そしてこの体勢もわざとやっているということか?
なんだか最近美央の変人っぷりがパワーアップしてきている気がする。そして質の悪いことに、こういった時俺への助け船はなく、むしろ事態は悪い方向へと向かっていくのが常だったりする。
「雄斗、よく懲りずにやってくれるじゃないの」
いやそれは俺の台詞です。こんな天丼、俺も望んでません。