18.電車の中で
「あうー、ぎゅうぎゅう……苦しいよう……」
電車が動き出して、まだスピードも乗らないほどしか時間も経っていないのに、美央が音を上げた。
確かに苦しいだろう、美央にしてみれば全ての方向が壁のようなもので、ひとたび電車が揺れたりなどしたら、俺の視界から消えてしまうかもしれない。
だから一本待てばよかったんだよ。
実際に俺は待とうとしたのだが、美央が先に乗り込んでしまい、俺だけ別行動するわけにもいかずついていくしかなかった。
だから俺の奥にいる美央はドアに寄りかかることもできず、人の波につぶされる羽目になっている。
「自業自得だな。まあ頑張れ」
「おにいちゃん無責任……助けてよー」
「自分から乗り込んだくせに助けても何もあるか」
「あうあう……仕方がないなー、おにいちゃんが望むんだったらこのままもまれ……ひゃ!」
今美央がまた余計なことを言ったような気がするがそれはさておいて、突然話している途中で美央が小さく跳ね上がった。その頭が俺のあごにヒットする。
「ぐっ! いきなり何するんだ」
「あ、あう……あの、えと……」
人のあごにダメージを食らわせておいて理由を言うにもはっきりしないとは納得いかない。
ごまかされないように美央に無言のプレッシャーをかけていると、美央が踏ん張るような形で自分の右手を引っ張りあげ、俺に向かって手招きをした。
俺は美央の口元に耳を近づける。
「なんだよ」
「その……なんか、触られてるみたいで……」
何を? という冗談を言うような状況ではないらしい。
美央にそういう気を起こすなんて、物好きなのもいるものだ……こう考えたのは、決してふざけたわけじゃない。そうとでも思い込まないと冷静に対応できなさそうなのだ。
「本当にそうなのかわかんないの、偶然かもしれないし……おにいちゃん、どうしよう」
普段、美央はうっとうしいと思うことこそあれど、兄としてこんな話を聞いて面白いわけがない。
表向きは母親に頼まれた「護衛」の任務を全うしているということにするが、とにかくなんとかしないといけないとは思った。この期に及んで放置するのはもってのほかだ。
「わかった、じゃあ位置代われ」
俺が体を横向きにして、美央をドア側へ通す。すれ違うようにして俺は奥に入った。
「はう……おにいちゃん、ありがと……」
「一応言っておくが護衛だからな」
それだけ、強調はしておく。これで口が滑って「美央のため」とか言ったら、母親に報告されまたろくな展開にならない。
もはや俺はもう、母親と美央の扱い方に悟りが開けているようだな。
「うん、それでもうれしいー」
一応サービスで扉に手をついて美央がつぶされるのをかばってやってると、わざわざ美央から俺の腰に手を回してくる。
「うん、こんなのも悪くないよね?」
間近で俺を見上げてくる美央がそんなことを抜かす。
「調子に乗んな」
ドアに預けているうちの片方の手を、美央の頭に軽く降りおろした。