転生
帰宅ラッシュの満員電車。いつも殺伐とした空気の車内は今、とある男によって阿鼻叫喚の地獄に変えられてしまっていた。
車内の中央に包丁を持った中年男性がいる。騒ぎが起きてから何度か包丁を振り回しており、既に数人血を流して倒れていた。乗客は早く別の車両へ移ろうとしてパニックだ。
連結部へ人が集まり身動きが取れなくなっており、男性はその塊の一番外側にいる人間を斬りつけ始めた。一人、また一人と斬られ、倒れていくたびに乗客の悲鳴と混乱が増していく。
そんな中、一人だけ座席に堂々と座っている男がいた。
男の名は「葛城宗正」という。この物語の主人公である。年齢は十六。一応高校生だが殆ど学校へ行っておらず、喧嘩に明け暮れる毎日を送っている。なのに何故か毎日学ランを着ている、そういう男だ。
宗正はイライラしていた。さっきまで気持ち良く寝ていたのに、急に騒ぎが起こり、五月蠅くなったからだ。宗正は立ち上がると、無心で包丁を振るう男性の肩を叩く。
「な、なんっ!」
半分絶叫するように返事をしながら振り向く男性の頬に向け、宗正は拳を振り抜いた。
男は後ろへのけぞり、背後の乗客に当たって尻から地面に落ちる。
「うるせえんだよさっきからよ。せっかく気持ち良くねてたのに邪魔しやがって」
「…………は?」
「は? じゃねえ」
男性は包丁を握り、ゆっくり立ち上がる。その間の表情は、理解出来ていない唖然としたものから、怒りに震え歯を食いしばったものに変わった。
「……殺す!」
男性が包丁を突く。だが宗正は最低限の動きで躱し、腹、左頬、人中の順に拳を打ち付けた。
「てめえが死ね」
倒れる男に背を向け、宗正は拳に付いた男性の皮脂を気持ち悪そうに拭った。
宗正の心にあれだけあった、寝起きによるイライラは、さっきの数発で完全にスッキリしていた。さて、もう一眠りするか。宗正はそう考えて座席に向かおうとする。
「す、すげえぞ少年!」
と、乗客の一人が宗正に向かって賞賛の言葉を掛ける。
「よくやった!」
「ありがとうございます!」
次々に感謝の言葉があがる。逃げ惑うだけだった大人達が高校生のガキに感謝するとかアホだな、と少し思いつつ、宗正は感謝の言葉のどれにも反応しなかった。
一人の乗客が何かに気づいて、ハッとしたような顔をする。
「もしかして、葛城宗正じゃない?」
一人の乗客のこの一言がきっかけとなり、車内がざわつき始める。宗正の事を知っている者が、知らない者に噂を流す。暴力が好きな極悪人だと。
それでも宗正は気にしない。自身の睡眠欲に従い、座席に座って遅い昼寝の続きを始めた。
「…………っ痛えなくそ。殺してやる」
車内のザワザワが一瞬で途絶えた。男性が起き上がったのだ。そして乗客達は、宗正の悪い噂をしていたのも忘れて、一斉に宗正に助けを求め始めた。
宗正は目を開ける。既に男性が宗正の前に立っていて、包丁を振り上げていた。
「死ねぇえええええええええええ!」
発狂しながら男性が包丁を振り下ろす最中、宗正は男性の目を見ていた。殺意で一杯になった凶器のような目だ。
流れる景色がスローモーションに感じている間、宗正は今までの喧嘩では見たことのない「ホンモノ」を見て感動していた。
男性の包丁は、宗正の肩に突き刺さった。だがそれだけで終わらない。座って動かない宗正に何度も何度も突き刺す。
宗正は、体中から痛みを感じ、周りが自分の血で一杯になっていくのをボーッとみていた。段々意識が無くなっていく。だが宗正は、刺されながらも立ち上がった。
男性が刺すのを止める。あれだけメッタ刺しにしたのに立ち上がったのだ、驚いても仕方ない。
「おっさん…………良い顔……してたな。やっぱ………………喧嘩するなら……そう、でなきゃなぁ」
宗正は右拳を握り思い切り後ろに引く。
「でも殺す」
拳を全力で男性の顔面にぶつけたところで、宗正の意識は途絶えた。
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