それも春だね
しびれる風の吹く冬空の下。ぽつぽつと明かりが散らばる街路を歩きながら、「寒いね」「うん、寒い」と確かめ合う僕と有希。コンビニで中華まんを買って、両手を温めて、昨日一緒に観た映画の話をする。「あのセリフ、覚えてる? あの超絶イケメンが、『もう、君を離さない』だって! あー、一度でいいからそんなこと言われたい―」
僕は少し照れて、でもためらいはそれまでにして有希を見つめる。
「君を離さない」
有希は、それにどう応える訳でもなく、しばらく前を見つめ、それから振り返り、微妙な笑みをする。
「ごめん」
「いや、冗談だって」
「うん……わかってる」
「そう、冗談、冗談」
あの時、僕はゴマアンマンを有希はピザマンを買ってたんだっけ。
それから、二人はあまり会わなくなり、その冬のバレンタインに有希には僕への気が無いことを再確認され、ぎくしゃくとしたまま友人のままでもいられず、離れていった。
あれから一年経つ。もう、20を超えてしまうと年月は思いっきり早くなる。もう春の温かさと共に、有希との想い出も、あっという間の出来事になっている。それでも悲しいのか苦しいのか、どうしようもないあの日々が、この少し柔らかくなりはじめる日々に、少しずつ溶けながら、やけに胸をくすぐるのだ。まだまだ若い自分なのに、「幼かったな」とか振り返りつつ、ぬるいビールをちびちびやる。
必要のないエアコンは所在なく働いていて、テレビからは島唄なんて昔の流行り歌が流れ、ベッドの毛布には灰色の猫が寝そべっている。