転生したら暖炉の精だった
気づいたら私はゆらゆらと揺れる炎の中にいた。
火炙りにされている、わけではなかった。一面の煉瓦で囲まれたこの場所が暖炉だと知ったのは、どれほど経った頃だったか。
暖炉の精とでも呼ぶべき存在になってしまったのだろうと確信した。
前世私は事故で死に、生まれ変わったらしい。
転生するなら普通の人間か、最悪でも動き回れる魔物が良かった。
でも、不満に思ったところで何ができるわけでもない。暖炉の中で静かに佇んでいた私は、一人の少女と出会うことになる。
薄汚れたお仕着せを着て、毎日毎日暖炉の薪をくべにくる。
ある時は溜息混じりに。ある時は泣きそうな顔で。
「どうしたの?」
思い切って、私はその子に声をかけてみた。
ギョッとしたその子はしばらく視線を巡らせ――私の姿を見つける。
「あっ、あの、あなたは」
「暖炉の精と名乗っておこうかな。私、ここから出られないし何もできないけど、話ならできるよ。あなたのことを教えて?」
レニーという名の彼女は、由緒正しき貴族家のお嬢様だという。
当主の前妻の子だからと虐待され、雑用を押し付けられているとか。
「誰か頼れる人はいない?」
「婚約者がいますけど、あの人は汚いわたしのことなんて見てくれませんから」
「そっか。でも私はレニーのこと、可愛いと思うけどな」
多分笑うともっと可愛い。
私がそう言えば、レニーは狼狽えながらも微笑んでくれた。
他にも色々なことを話して、私たちは親しくなった。
そのおかげだろうか。少しずつレニーの顔が明るくなっていったのは。
出会いから数年後。
清々しい顔をしたレニーが告げてきた。
「聞いてください。わたし、婚約破棄してきました」
「へぇ、自分から?」
「暖炉の精さんのおかげで目が覚めたんです。わたしはわたしの人生を生きていいんだって」
やがて彼女は好きな異性を見つけた。
相手は執事の青年。この屋敷で唯一レニーに優しく、常に庇ってくれていた人らしい。
レニーは彼と協力して自分を虐げていた家族にやり返し、ある日突然身なりが綺麗になった。
立派なドレス。きちんと結い上げられた髪。最高に幸せそうな笑顔。
ああ、なんて美しいのだろう。
「わたし、彼と結婚しようと思います」
「そう……良かったね」
私は精一杯の微笑を返し、彼女を言祝いだ。
私はただの暖炉の精。
何をしたわけでもない。ただこの子を見守り、言葉を交わしていただけだ。
この先だってきっとそれは同じ。
でも……転生して良かったと、心から思えた。