【園子】
トンボが低く飛ぶときは雨が降るんだって兄がよく言っていたから、私はお供えしてある花束に、傘をさしに行きました。その傘はお気に入りで、兄にもらってから一回も使わずにずっと大切に保管していたけれど、兄のために使うのなら本望だろうと思いました。きっと兄のことだから、私のことを心配して自転車を飛ばしたんだと思います。だとすればあの事故は「私のせい」なのです。
今日はこれから、織田さんの家に行ってお線香をあげようと思っています。兄の分まで、これから先も私は生き続けて、罪を償わなければいけません。織田さんはあの事故以来、残されたもの同士頑張りましょうって、私にとても優しくしてくれているけれど、私にはどうも無理して元気に振舞っているように思えてなりません。本当は心のどこかで私や兄のことを恨んでいるのかもしれません。
エアコンの効いた冷たい風が、い草の香りを鼻まで運んできます。織田さんは車椅子に乗った私を丁寧に扱って、家の中に招き入れてくれました。
帰り道、やっぱり途中で雨が降り出して、カバンにしまってあった折りたたみ傘を広げました。途中一度止んだから、もう大丈夫かと思ったけれど、その後随分と雨が強くなったものだから、お花が濡れてしまっていないか気になって、ついでに様子を見に行くことにしたのです。
知ってますか? 命日には亡くなった人が帰ってくるんだそうです。私はその日あの交差点でとても不思議な体験をしました。私や町の人がお供えしたお花が全て綺麗さっぱりなくなっていたのです。きっと亡くなった兄が持って行ったんだろうと私は思いました。だって、私が大切にしていた水色の傘も一緒に無くなっていたのですから。今度、織田さんにも今日のことを話すつもりです。私の兄や織田さんのご家族が帰ってくることはもうないけれど、残された私たちの思いはちゃんと伝わっているんだってことがわかりましたから。