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第二話 「父親として」

天子家15代目当主、天子一颯は珍しく眉間にしわを寄せていた。


一颯の手には一枚の手紙。

写真機と共に送られてきたものだ。


差出人は王都で働く一颯の親友、曳舟悠一。

彼は王都で魔道具の研究開発チームに属しており、中学からの仲だ。


手紙には魔道具の詳細と共に、国が研究開発部門に例年の十倍国家予算をつぎ込み始めたこと、その目的が新たな防壁魔術の形成であること、そして現国王が病を患ったことが暗号で記されていた。


彼の情報は確かだからこそ面倒だ。


「良くないね・・・・・」

一颯が唇を噛んだ。


現国王、星唯一郎がこれから数十年は国を維持できると踏んで、クアの村への左遷と特部からの退職を了承したというのに。



特部とは特殊戦術部隊の略であり、国王直轄の部隊である。

公にならない特殊な任務を受け持ち、国王の右腕である。

一颯、もとい天子家の当主は代々特部の総隊長を国の設立より任されてきた。



防壁の開発は僕たち、天子家を四大貴族の座から降ろすための行いだろう。

まぁ、それはいい。どうせそうなると思っていたしね。


けれど懸念すべき点は現王の病。

星唯一郎は保守的な国王だ。

争いを好まないし、争いは極力避けるような人物だ。


それは裏を返せば臆病で陰湿ということでもある。

俺たち天子家を忌み嫌ってはいるが、手出しをすることはない。

天子家の力を恐れているし、もし俺たちがこの国を去れば国が崩壊することをきちんと理解している。


問題は彼の息子である第一王子。

王子は現国王と違って大陸統一を望んでいる。

今年で十四歳だと記憶している。


この好機を四大貴族が見逃すはずはないだろう。

すでに王子の傲慢さに付け込んで洗脳まがいの事をしているという噂もよく聞く。

以前会った時に向けられた侮蔑に満ちた眼差しを忘れることはない。


仮にこのまま唯一郎が逝去された場合、真っ先に狙われるのは俺たちだろう。

ただ残りの四大貴族たちもバカじゃないから、防壁魔術が完成するまでの期間は待ってくれるだろう。


僕らは貴族全体から敵視されているからね。


本当に嫌になるね。

なんで貴族っていうのはあんなにも権力に傲慢なんだろう。

一番ってそんなにいいことなのかな。


「・・・・・・はぁ」


現時刻は20時を少し過ぎたところ。

今日は翠が颯右介を寝つけに行ってくれている。


消えかかった火に薪をくべる。

火が燃料を求めて燃え移る姿を見ると心が落ち着く。


しばらく見つめていると、翠の足音が聞こえた。


彼女は颯右介を生んでくれてからも何一つ変わらない。

端正な顔には皺ひとつ見当たらないし、本人は太ったなどと言うが俺には以前と変わらず綺麗なままだ。


あとキリっとした釣り目が怖い印象を抱かせがちだが、

蓋を開けてみれば彼女程心が美しい人を俺は知らない。


・・・・・・・暴言はよく吐くけどね

あ、あとムカついたら手が出ることも付け加えておく。



「まぁーた考え事ね?」

「まぁね。颯右介はぐっすり?」


フサッとソファーに腰を降ろした彼女は俺にもたれ掛かった。


「もーぐっすりよ。ぐっすり。今日もいい夢を見ているといいわね」

「そうだね」


しなやかな手を僕の手に乗せて、翠が微笑む。

お返しに肩を抱くと彼女の口角は更に上がった。


「それで?今日は何を考えてたの?」

「あー、手紙のことだよ。国王が病を患ったみたい」

「あのセクハラクソデブが?よかったじゃない」

「そうだけどさ・・・・・」

「もう一度会うことがあったら今度こそ、あの顔に一発入れてやるのに」

「フフッ、翠は本当に嫌いだよね」


怒気で荒げる彼女の背中をそっと撫でながら苦笑を溢す。


「あなたも見たでしょ?私をブヒブヒ笑いながらねっとり舐め回してきたのを!」

「・・・・・・まぁあれはね。僕の方が先に手を出しそうになったよ」

「それにあなたに対して「いい女だな」って、あの下卑た顔。今でもゾッとするわ!」


「でもほらもし彼の病気が治らなかったら、あの王子が継ぐことになるでしょ?」

「あーそしたらこの国に居られなくなるってこと?」


コテンと首を傾げる翠。

・・・・・・・・・かわいい

可愛さはギャップから来るのか。


「うん。そういうこと」

「別にいいんじゃないの?」

「そう?」

「天子家のことを気にしてるの?」

「だって長い歴史を俺が途絶えさせるわけでしょ?」

「あなたと颯ちゃんがいる限り歴史は途絶えないわよ」


すかさず返ってきた答えは僕の不安を一瞬で晴らせた。


「確かにそうだね」

「それに天子家の話を聞く限り貴族の称号に思い入れはないのよね」

「うん。全くないよ」

「ならいいじゃない」


キリっと見つめる翠の視線に吹き出してしまった。

彼女はいつまでも俺の太陽だ。

全てを燦燦と居心地よく照らしてくれる。


「そういえば今日の颯ちゃん、様子が少しおかしかったわね」


日の揺らぎを見つめていると、翠が思い出したかのように口にした。


「魔術を見てからだよね、翠の」

「そうなのよね、それからずっと心ここにあらずって感じで。可愛かったけどね」

「もしかしたら、魔術を認識してたのかもしれないよ」

「生後半年で?」

「・・・・・・・そんなわけないか」


いくら颯右介の成長が早いからと言っても、

魔術の火と暖炉の火を識別できないだろう。

そんな赤ん坊がいたらさすがに引く。

それこそ教会があったら悪魔が宿ったと届けに行くと思う。

いや、でも愛するか。自分の子供だしね。


と、妄想を膨らませていると、太腿に手が置かれた。


「ねぇ、明日の予定は決まってるの?」

「普段通りだよ。あ、あと写真機を送り返さなきゃいけないんだ」

「なら帰りは少し遅くなるの?」

「いや、朝に済ませておくから変わらないよ、翠は?」

「私も買い物は今日済ませたから特にないわね」

「そういえば、ジェームズに―――」


言い終わる前に、二階から甲高い泣き声がリビングまで響いた。


「いけない、颯ちゃんが泣いてる」

「ほんとだ。急がなきゃ」


二人で上がると、泣き叫ぶ颯右介の姿があった。


「あ、うんちして気持ち悪かったのね~。あなたオムツを取ってくれる?」

「了解」


パンツの中を確認した翠に従ってオムツを替えると、一瞬にして颯右介は泣き止んだ。


二ヒヒと笑うと、睡魔が再び襲ってきたのかコテンと目を瞑った。


颯右介が生まれてから半年。

この作業も慣れたものだ。

颯右介のうんちが顔に飛び散ったのもいい思い出になった。


翠には散々笑われたけどね。

それも含めていい思い出だ。


気持ちよさそうに眠る颯右介を二人で見つめていると、自然と口角が上がる。

赤ん坊の持つ魔力の方が僕よりも強そうだ。


「僕たちも寝ようか」

「そうね。おやすみ」

「ああ、おやすみ」


僕は後片付けを済ませ、隣のベッドへ翠と横たわった。

握られた手を握り返し、夢の中へ自らを誘ったのであった。



―――



天雲暦504年7月14日


颯右介が生まれてから一年と半年が経った。

今日はジェームズのもとへ短剣を研ぎ直してもらう。

明日は山に入って狩りをするからだ。


ここクアの村を背には、ダバ森林という名の山脈が広がっている。

ちょうど俺たちの家の裏だ。

この森林には獣が多く住んでいて、俺は毎日狩りに出かけている。


俺はこの村唯一の狩人だからだ。


ことの始まりは三年前、翠と共にこの村へ移住してきた時まで遡る。

移住してきた当初、長老にはよくしてもらっていたが、やはり辺境に位置していて閉鎖的な村だったこともあり、部外者である俺たちは快く思われていなかった。


後に知ったことだが、長老は若いころ王都の学校へ通っていた期間があったらしくそれもあって偏見がなかったとのことだった。


どこの村も似たような話だが、村人の一員になる前にまず聞かれることがある。

「お前はこの村に何を提供できる?」と。


なぜならこういった村は、物々交換で生活するからだ。

農夫なら稲、鍛冶師なら道具、酒屋なら酒を村に提供する。

そこで俺は獣と答えた。


獣というのは家畜と違い、数倍の体躯に凶悪な姿をしている。

一説では魔力を溜め込んだ家畜の姿なのだという。

そしてこの村には元々狩人がおらず、定期的に狩人を雇っていた。獣は普通の人間では太刀打ちできないからだ。


そこで試しにこの村に生息している獣、猪を狩ってみると訝しげに俺を見ていた村人たちも手のひらを返し、俺たちを受け入れてくれた。


別に村人たちが悪いとは一切思わないし、むしろ純粋なのだと思う。

それだけ猪という獣の存在が恐ろしかったのだろう。


それからというもの、狩人へ依頼を出す必要もなくなり、肉が不足することもなくなり、猪が村人を襲うことを恐れる心配がなくなったと長老からえらく感謝された。


田んぼが連なる道を歩いているとカンカンと鉄同士のぶつかり合う音が聞こえてきた。


家が隣とはいえ、俺たちの家が森に面しすぎているため、徒歩で2分はかかる。

それなら隣ではないと思うが、田舎ではそういうものなのだろう。


鍛冶部屋は母屋ではなく隣の離れにある。

八畳程のスペースには炉とトンカチ以外に知らない道具がたくさん。

ここでジェームズは村で唯一の鍛冶師をやっている。


鍛冶部屋に辿り着くと彼は真剣なまなざしで鉄を叩いてた。

今話しかけて、邪魔をしてはいけないと思ったので、そっと手前で待つことにした。


ジェームズは茶色の短髪に同色の瞳をした同い年。

腕は丸太並に太く、立派に生やした顎を隠す髭は男の憧れだ。


「お、一颯じゃないか。待ってたのか?」


10分程待っていると、ジェームズに気づかれた。


「いや、今来たところだから大丈夫だよ」

「そうか。それでどうしたんだ?」

「これを研ぎ直してほしいんだ、大丈夫かな」


そう言って僕は腰にしまっていた短剣を差し出した。


「研ぐくらいなら簡単だぞ。いつに必要なんだ?」

「明日だね。ごめんね、今日まで持ってこなくって」

「いいよいいよ、一颯のおかげで俺も安心して鉄を打ててるわけだからな」

「そんなことないと思うけど、じゃあまた明日取りに来るね」

「了解」


あっさりと話を付けると、彼の娘のアナベスちゃんが見送ってくれた。


「おじさん、明日はソウちゃん連れてきてね」

「かしこまりました。でもアナベスちゃんもいつでも来ていいからね」

「ほんと?」

「ああ、いつでもいらっしゃい」

「やったー!」


元気よく返事をするとても可愛らしい子だ。

アナベスちゃんは最近よく颯右介と一緒にいる。

弟ができてうれしいのだろう。


このまま二人が大きくなって付き合いだしたりしたら面白そうだ。

俺がジェームズに挨拶をしに行ったら彼はどう思うだろうか。

楽しみだな。


徐々に太陽が沈み始め、虫たちの囀りを聞きながら帰路に就く。


颯右介はこの一年で驚くほど成長した。

少し前まではよちよち歩きだったのが、今では歩けるようになった。

早いものだ。

俺もそうだったのだろう。


つい先日までは家の探索をしていたというのに、

今では二階にある書斎にこもりっきりだ。


本棚から本を出してパラパラめくっている。

特に気に入っているのは「植物大百科事典」という本だ。

描かれた植物を見ながら頷く姿がかわいい。


一応ジェームズ家にこの行動は普通なのか尋ねると、驚かれた。

普通の子は一歳で本なんて読まないというのだ。

とはいえ文字はまだ教えていないから絵を見ているだけなのだろう。


もしかしたら颯右介は天才なのかもしれない。

最近まではそう思うようになっていた。

翠も同じ思いだ。


ただ、だからと言って接し方を変えるつもりはない。

天才だとしてもじゃなくても颯右介のことは愛しているし、これだけは変わらない。


一応、翠と話し合った結果好奇心旺盛な今のうちに色々教えてあげることにした。


今日は字母表を一緒に書いて、読んでみた。

瞬く間に吸収していく姿は圧巻だった。

そこで気づいた。やはり颯右介は天才だと。


もし魔術を教えようものなら瞬く間に俺を抜き去るだろう。

ただそれはずっと先の話だし、過度に期待しない方がお互いのためなのかもしれない。


どうなんだろうね。

天才だともてはやしたは颯右介のためにならないと思うしな。


それに俺が教えるよりも師匠が教えた方がいいだろう。

颯右介の体質的に、魔力操作の優れている人の方がよさそうだ。

まぁ、本人がその時まで魔術に興味あったらの話だけどね。


そんなことを考えていると、家の前まで到着した。

太陽は地平線に飲まれかけていて、家からは肉の香ばしい匂いが玄関まで届いていた。



先は見えないし、想像もしていなかった事柄に頭を悩ます日々だけど、明日が楽しみだ。


「面白そう!」




「続きが気になる!」




と少しでも思ったら、下の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!








更新の原動力になります!




よろしくお願いします!

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