3-3 TS娘と身体の欲求
「ようハルさん。さっきのは友達か?」
商売女を見送った私の後ろから、聞き慣れた声がかけられた。
ひどい頭痛のせいでうまく周りに注意を払えていなかった私は、その急な声かけにたじろいでしまう。
朝の日差しで少し目が眩みながらも視線を向けると、やっぱり声の主はハジメだった。
軽装なので仕事というわけでもなさそうだ。
昔からハジメは早起きして散歩したりする健康的なやつだったから、今朝もそんな感じだったのかも知れない。
自分の住みかのこんなに近くで会うのも変な気分だが。
こそこそ隠れていたわけではないけれど、やっぱりこいつとは縁がありすぎる。
あまり会いたくないタイミングですら、こうやって出会ってしまうくらいには。
「私みたいなやつに友達なんているわけないでしょ。さっきのはただの商売女。一晩1500円なんて酷いぼったくりだったよ」
自分の性的嗜好のことをハジメに隠すべきかは一瞬迷ったが、面倒になってやめた。
自分がかつての幼なじみであることだけが隠せればいい。本当は自分の大事なかつての幼なじみに対して、あまり嘘ばかりを重ねたくはないのだ。
「んー……? よ、よくわからんがまあ、そうなのか」
リアクションに困ったようなハジメの反応に、少し笑ってしまう。
昔と比べればかなりガタイは良くなったくせに、気が小さくて不器用なところはちっとも変わっていないみたいだ。
「それにしてもハルさん、なんか顔色悪いぜ。今日は休んだほうがいいんじゃねえか?」
「元々そうするつもり。あなたは今日もこれから仕事?」
周りの路地に他に人の気配がないことを確認し、私も少し警戒を緩めた。
私がハロワから斡旋された住居の近くの通りは普段は人通りも多いけれど、まだ朝も早すぎる時間帯で、怠け者が多い他のワーカーたちはまだ夢の中だろう。
「いや。今日は色々用事があってな」
そう返してきたハジメは、よく考えるとこれまでには見たことがなかった私服っぽいラフな服装になっている。
防具を付けていないらしい服の下の体は、やっぱり相当鍛え上げているらしく、分厚い筋肉がすごい存在感だ。
いい体だし、二等級のワーカーにしてはちょっとみすぼらしすぎるくらいの雑な格好もなんだかよく似合っていて好感がもてる。
いつもの剣すら持っていないのは無用心すぎるように思えるけれど、こいつくらいのマッチョなら、少々のトラブルくらいは素手でもなんとかできる自信があるのだろう。
対して私ときたら、自分の住みかの周辺ですら、こうしてガチガチに装備を整えてからでなければ外に出る勇気も持てないでいる。
いつも誰かに狙われていないかと過剰に神経を尖らせてしまっているが、たぶんこれは職業病というか半ばノイローゼみたいなものなんだと思う。
そんなハジメは今日も忙しいとのことだが、仕事でもないのに何の用だというのか。
もしかしたらあれか。女か。
「ふーん。あーそっか、あなたも二等級のワーカー様なんだし、恋人くらいいるもんねえ」
私がそう探りを入れると、ハジメはちょっと困ったように目尻を下げて笑った。
「はは、違う違う。こんなひでえ顔じゃあ女はめったに寄り付かねえよ。ま、色々あんだよ俺にだってな」
複雑そうな表情になったハジメは、なんだかちょっと卑屈な感じに返してくる。
確かにハジメの顔の傷はちょっといかつすぎるし、面食いの女性には受けが悪いのは否定できないだろうけど、男の魅力というのはそんなことでは決まらないと思うのだが。
大事な幼なじみのハジメが周りから受けが悪い、と考えてしまうとなんとなく気に入らない。
こうやって見てもハジメはいい体をしてるし、二等級なんだからそれなりに稼ぎも良いだろうし、昔から性格だってもちろん悪くないし。
逆に、二等級になってモテモテだぜ、なんて調子に乗られてもそれはそれで腹ただしいけれど。
「……ふーん。ま、いいけど」
ちょっとモヤモヤしながら私がそう聞き流すと、すでにハジメも特に気にもしていない風に笑っていた。
「そういやハルさん、旧アーケードの方でハチの数が増えてるって話、聞いてるか?」
「知らない。でかい巣でも作られたんじゃないの?」
「いやそれが、そんな規模の巣が見つからないみたいでよ。どこから来てるのかも良く分かってねえらしく……」
結局ハジメがそのままペラペラと話を続けるものだから、仕方なく私も道端に座り込んで話を聞くことにした。
仕方なくだ、仕方なく。
害虫に関する話はこうしてちゃんと仕入れておかないと、自分の命に関わることだってあるから粗末にはできないし。
どうせ今日は暇ではあるのだし、こうしてハジメと話ができるのも、もちろん全然嫌ではないわけだが。
私にならってハジメも近くに座りこんでくれたのを見て、もうしばらくはゆっくりおしゃべりできそうな雰囲気に、私は嬉しくなって思わずにやついてしまっていた。
しばらくあれこれ最近の情報を交換したりなんかしていると、辺りにはだんだん人通りが増えてきた。
害虫駆除用の装備を身に付けたワーカーの姿もいくらか見える。
いつの間にかちょっと話しこみ過ぎてしまっていたようで、ハジメもそろそろ用事の時間だという。
何の用事だか知らないが、お忙しそうで羨ましい限りだ。
私もだらしなく道端に座り込んではいられなくなり、立ち上がってのんびりと背伸びをした。
ハジメと二人でゆっくり話ができたのは、私がこの女の姿になって以来はじめてのことだ。
ハジメのそばでこうしてのんびりしていると、ささくれていた自分の感情がびっくりするほど安らいでいった。
時間がたつのもすごく早く感じたし、もう話を切り上げなければならないのは少し寂しく感じてしまうが。
「じゃ、私はもう帰って寝るから」
私がそう言って手を振ると、ハジメはそのいかつい顔で愛想よく笑ってくれた。
「おう、またな」
嬉しさがこみ上げた。
またな、だってさ。
そりゃ同じ地域の二等級同士、顔を合わせることも多いだろうけど。
気軽にこうして友達みたいに相手してもらえると、頭がふわふわするほど嬉しく感じてしまう。
こんな汚れた女の体になってしまった以上、自分が幼なじみのハルオだと言い出すことは難しい。
だけどこうして全く別人のハルという女になりきってしまえば、また一から友達としてやり直すこともできるんだと気づいた。
ハジメを避けて暮らすなら、そもそもこのサセボから出ていくべきだ。
だけどせっかく再会できたのだから、この幸運をもうこれ以上粗末にしたくはない。
これからだ、これから。
また一から、ハジメと友達としてやり直そう。
こいつの良いところなら、昔に腐るほど良く知っている。私がちゃんと愛想よくしていれば、きっとまた仲良くなれるはずだ。
なにせ私は見た目だけは相当な美人でもあるわけだし、ハジメも嫌とは言わないはず。
きっとハジメのそばにいることは、僕にとって何よりも幸せなことに違いないから。
「……うん、またね」
とはいえまだ、いきなり自分の振る舞いを変えるのも気恥ずかしくて。
適当に手を振りながらも、またこうして一からでもハジメとの関係性を築き直すことができるという希望に、私の頬はたぶんしまりなく緩んでしまっていたと思う。
朝のまぶしすぎるほどの日差しの中、私の頭痛はいつの間にかすっかり消えてなくなっていた。
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