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3-1 TS娘と身体の欲求

 ある日の仕事のあと。


 サセボステーションの入口で、私はずんずんと受付へと向かっていった。

 今日は割のいい仕事にありつけたし、その報酬でこのあとはちょっといい思いもしようかなんて考えている。


 いつもいつも害虫駆除や人殺しみたいな仕事ばかりでは気が滅入る。

 たまにはこうして気楽で支払いの良い仕事もなければ、必死に二等級にまで昇格したうまみがないというものだ。



「おうあんた、また会ったな。ハルさん、でよかったよな?」


 だけどやっぱりこうなるのか。


 受付で私が高額な報酬に内心ホクホクしていると、いつの間にか後ろには例の大男、すなわちかつての幼なじみであるハジメが立っていた。


 偶然再会できたこともそうだが、こうしてすぐに出くわしてしまうのも、やっぱりこいつと私は縁がありすぎるのだろう。



 自分がこんな女の姿のままでは、とてもではないが正体を言い出すことはできないけれど、大切な存在だったハジメの近くにいたいという気持ちももちろん強くある。


 こんな世界で、生きて再会できただけでも幸運なことだ。

 どんな形であれこいつのそばで再び生きていくことができるなら、それはきっと私にとって幸せなことに違いない。


 だけどまだ自分の頭の中も整理がうまくついていなくて、今はこいつに会うとかなり複雑な気分だ。


「ハジメさん、ちょうど良かった。ハルさんからあなたに、先日の誘拐関係の分け前を預かっていますよ」


 しかも空気を読めない受付嬢が、わざわざそのハジメを呼び込んでしまう。

 直接会うのが気が引けるから、わざわざお願いしていたというのに。


「ん? あの件じゃ報酬はもらわなかったはずだぜ? なんの分け前だ?」


 ハジメはどっかりとその大きな体を椅子にあずけ、私のこんな変わり果てた女の顔をまじまじと見つめてくるから、私は努めてさりげなく視線を逸らした。



 ハジメの体からは仕事のあとだからか、汗のような少し男っぽい匂いがした。


 なるべくそれを意識しないようにしないと、私の女の体が反応してしまいかねない。


 少なくとも大切な幼なじみであったハジメのことを、そういう対象として見ることだけはしてはいけない。


 私はハジメからなるべく目を逸らしつつ、でもやっぱり久しぶりに見るこの幼なじみの顔を改めてこの視界に入れておきたくて、チラチラと挙動不審に横目を向ける。


「報酬なしになるのは予想できてたからさ。誘拐犯どものアジトで女の子たちに服を着させてる間、金になりそうなものをいくらかバックに詰めといたんだよ。ハロワ経由でさばいてもらったから、半分はハジ……あなたが受けとって」


 ちらりとその大きな傷痕のあるハジメの横顔を見てしまうと、やっぱり10年前の面影が確かにあって、思わず親しげにその名前を呼んでしまいそうになった。


 ハジメの顔にはひどい傷痕が残っているが、やっぱり意識して見るとそれはかつての幼なじみの顔そのもので、見ているだけでも嬉しくなってしまう。


 だけどその火傷のように爛れた傷痕は、私がもし誘拐されずTSもせずハジメのそばにいてやれていたら、受けずに済んだのかも知れないと。

 そう考えてしまうと、少し落ち込みそうにもなってしまうのだ。


「そうだったのか。それならそう言ってくれれば、荷物は俺が運んでやったのによ。女のあんたには重かっただろ」


 ハジメは受付嬢から丁寧に出されたコップの水をあおり、男らしい気遣いを口にした。



 その気遣いに、急に気持ちが落ち込んでしまう。


 気遣いなのだとは、理解できる。


 でもそんなこと、私にだけは言わないで欲しかった。


 今はこんなか弱い女の体でも、本当の私はそんな気遣いは不要な男だったのだ。こいつにとっても私はきっと、気兼ねのいらない相棒だったはずなのに。


 理不尽な感情だけど、ハジメに自分がか弱い女として扱われたということには、胸が軋むようだった。

 


 自分でも気持ち悪いくらい唐突に黙りこんでしまった私は、もうさっさと出ていってとりあえず一人になろうかと思ったのだが。

 受付嬢にこちらも水を渡され、なかなか帰りづらい雰囲気だ。


 それにやっぱり、少しでも長い時間ハジメと一緒にいたいという気持ちが私の足を縛りつけてしまって。


 どう扱われたとしても、私はやっぱりこいつのそばにいたい。

 ハジメは私にとって自分の命よりも大切な相棒であり家族であり、離れていたときもずっとハジメの存在が私の心の支えだったのだから。


「ハジメさんもハルさんも珍しいソロの二等級ですけど、試しにお二人でペアを組んでみたらどうです? ソロのワーカーの死亡率を考えると、貴重な二等級をソロで働かせているのはヒヤヒヤするんですよ」


 受付嬢のその言葉に、私は思わず期待して、うつむいていた顔を勢いよく上げてしまった。


 ハジメとまた一緒に仕事ができるなら。今の私ならきっと昔よりずっとうまく、こいつの背中を守ってあげることができるはず。

 

 それは絶対に、間違いなく、私にとっての幸せな生き方につながっている。


 顔に残るその傷痕のような怪我は、私がいればもう絶対にさせない。どんなことからも私が守ってみせる。この命に代えても。



 だけどハジメの返答は期待外れで。だけどその期待以上に私の胸を暖めてくれた。


「あー……もちろん、この前みたいな話なら協力するのは構わないんだけどな。ハルさんは腕も相当なもんだしよ。けど何度も言ってるが、俺の相棒はこの世界に一人だけなんだ。他のやつとペアは組めない」


 それはきっと、僕の、いや私のことだ。


 そうだよねハジメ。

 私だってこれまでずっと、同じように考えてきた。だからずっと誰とも組まずに一人で仕事を続けてきた。

 お前もきっと同じように、僕のことを。


「あのさ、その相棒って……」


 言いかけて、やめた。


 その相棒とやらが、もし万が一にもかつての自分のことではなかったのなら、たぶん私はおかしくなってしまうから。


 また急にだまりこんだ挙動不審な私の顔を見ながら、ハジメはなんだか悲しんでいるような目をさせてゆっくりと笑った。


「そういや、あんたと名前は似てるな。ハルオってやつなんだ。その泣きぼくろもちょっと似てるぜ。……ただ、あんたみたいな美人さんじゃなくて、むさ苦しい男だったけどよ」


 そう言われて、たぶん私は少しにやついてしまったと思う。



 やっぱり僕、いや私のことだった。


 嬉しくて、だけど本当のことを言えない自分のことが申し訳なくて、すぐにまたうつむいて強く自分の手を握りしめた。


「10年くらい前に生き別れになっちまったんだけどな……きっとあいつはどこかで生きてる。いつか必ずこの街に戻ってくるって、信じてるんだ」


 生きてたよ。帰ってきたんだよ。


 そう言えない自分が悔しくて仕方ないのに。

 ハジメも私と同じように、また会いたいと思ってくれていたのだということが、嬉しくて嬉しくてたまらない。


「ハジメさん、お気持ちはわかりますけど……その方が見つかるまでの臨時でも構わないんです。ある程度信頼のおける相手と組んで頂くのが」


 だけどこの受付嬢の提案は、考えれば考えるほど私にとっては複雑な話になってしまう。


 ハジメが私と組んでくれるのなら、間違いなくこれからの私は幸せになれる。

 だけどそれと同時に、昔の男だったころの私の存在が、ほんの最近出会ったばかりの私という女に負けたような形になってしまうではないか。


 もちろんハジメが他のよくわからない奴と組むことになってしまえば、それが最悪の形だけど。


「ハルさん?」


「……ん? いやなんでもないよ」


 受付嬢が怪訝な目をこちらに向けてきたけれど、それは自分がにやついてしまっているからなのか、それとも泣き出しそうな顔をしているからなのか、自分自身でもよくわからない。


 頭の中で感情がまぜこぜになってしまって、自分が考えていることが自分でも気持ち悪く感じてしまうほどだ。




「そういえばハルさん、念のため確認ですが、誘拐犯のアジトに禁止薬物はなかったんですよね?」


 しばらくハジメと受付嬢との三人で、先日の誘拐の件の話を続けていたのだが。


 だけどちょっと嫌な話を急に押し込まれたような気持ちになってしまい、私はたぶん受付嬢に苛立った表情をしてしまったと思う。


 自分でも思うが、本当に私は面倒なやつだ。

 この確認も、要観察扱いの私に対しては当然の確認だと頭ではわかっているのに。


「……あったよ。でも回収はしなかった。誓ってこっそり自分のものになんかしてないよ……見るだけでもつらかったんだ、そんな話は勘弁して」


 そう答えてからすぐに後悔した。


 わざわざ自分からそんなことを口にしなくても良かった。

 これじゃあ、自分がワケあり女だとハジメの前で宣言しているようなものじゃないか。


「何の話だ? ゴロツキどもは薬物くらいそりゃ使ってるやつが多いだろ?」


「……っ、ごめん、あんまり細かくは聞かないで。……とにかく報酬は受け取ってね。それじゃ」


 ハジメにだけは、私が薬物中毒だったことは知られたくない。

 幻滅されたくない。


 だからこそせめて、私の正体を明かさないことだけは徹底しなければ。


 私はこれ以上自分がボロを出すのが怖くなり、用事があるからと嘘をついて席を立った。


 受付嬢に対しても感じの悪い態度になってしまい申し訳ないが、それはまた今度謝ればいい。



 ステーションの外に出て、何かの植物が所々飛び出しひび割れた黒い道を歩きながら、私は小さくため息をついた。


 私のせいで嫌な雰囲気の解散になってしまい、それがさらに気分がむしゃくしゃさせる。

 ハジメに対しても、にやついたり、泣きそうになってみたり、急に逃げ出したりと、明らかに今日の私は情緒不安定だった。


 頭の中の考えもずっとまとまらない。

 ハジメのそばにいたい自分と、正体を明かせないことの苦しみで、嬉しいとか悲しいとか感情がごちゃまぜになっているみたいだ。


 夕暮れどき。

 サセボの夕焼けはオレンジ色が濃すぎるほどに濃い。

 私もハジメも見た目はたくさん変わってしまったけれど、10年前からこの地方の空は少しも変わっていなくて。その美しさが、私をよけいにみじめな気分にさせてくる。


 私は住居に帰らず、そのまま市場のほうの路地を目指してとぼとぼと歩いていった。



 自分の心がこんなにも安定しない理由は、ちゃんと自分でわかっている。


 数日前から女の身体がうずいて仕方なかったし、周期的にも間違いない。


 生理が近づいているのだ。



 この時期になると私は、自分の感情と、何より性欲のコントロールが効かなくなって、発情期の動物みたいになってしまう。

 かつて自分が誘拐され、TSした体を念入りに調教された快楽の名残が、今も私の体を支配してしまっているのだ。


 最初のうちはとにかく自分が抑えられなくて、何度も行きずりの男に体を許してしまった。

 そんな自分が悔しくて気持ち悪くて、どこかの知らない男と同じベッドで迎えた朝は、必ず吐いてしまっていた。


 自分の指で満足できるならまだいいのだが、それは普段の性欲をごまかすのが精一杯で、私の体は毎月その時期がくれば、もっともっと強い快感を求めてしまう。


 だけど何年もこの体と付き合っているうちに、ある程度その衝動をごまかす手段には気付いた。

 相手に男を選ぶのではなく、肉体的には同性とはいえ、女を抱いてごまかせばいい。



 だから私は生理が近づいたこの数日前からさりげなく情報収集を進め、この路地を訪れることに決めていたのだった。


 ステーションからあまり離れていないその路地は、そのあたりだけぼんやりと明るく、妙に人の気配も多くて。


 ここは、お金のために体を売っている女たちが集まる場所なのだ。

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