2-3 TS娘と故郷の幼なじみ
ステーションまでの帰り道では、何のトラブルも起きなかった。
雨がほとんど止んだことも、被害者の女の子たちを無理やり歩かせる上では好都合だった。
彼女たちが囚われていた小高い丘からサセボステーションまでは、旧文明の技術で作られた黒い道がある程度残っており、移動にはそれほど時間がかかるわけではない。
一度だけ道中でハチのバケモノに出くわしたが、大男が長剣の一太刀で危なげなく駆除してくれている。
やはりこいつ、よく鍛えている相当腕のいいワーカーだ。
そもそも今回こうして私と一緒に無茶をしてくれたというだけで、頭のほうは心配だけれど、その他大勢のワーカーたちより好感も持てる。
だけど私はなるべく、この大男とは距離をとって歩いた。
こいつのなぜか懐かしさを感じる、安心感すら覚える声も匂いも、私の精神衛生的にはあまりよろしくない。
正直に認めるならこいつはたぶん、私の女になった肉体が好んでしまうタイプの男なんだろう。
特に人を殺したあとは、自分の感情が安定しなくなる。
まして薬物のことを久しぶりに思い出してしまい、ただでさえ頭に霞がかかったような状態で。
こんなときは、なるべく男には近づかないのが得策だ。
男に抱かれて快楽を貪る自分の姿は、私の思う幸せな未来からは程遠い。
結果的に、私たちが助けることができたのは三人だけだった。
彼女たちから聞く限り、さらに二人が捕まっていたらしいのだが。どうやら私たちが来るよりだいぶ前に、誘拐犯どもにめちゃくちゃにされ命を落としていたらしい。
ステーションに戻ったとき。この救助の依頼をした幼げな風貌の女の子が、私たちのほうへ勢いよく駆けよってきたけれど。
私と大男に挟まれて帰ってきた三人の顔を見て、その子の表情はゆっくりと曇っていった。
助けられなかった残りの二人もきっと、彼女にとっては大切な知人だったのだろう。
だけどそれは私たちにはもう、どうにもできないことだ。
半分以上を助けられたのだから、これでも幸運なほうだと言えるだろう。
こうして助けることができた女の子たちも、表情は悲しいほど暗い。
ひどい生き地獄を味わされたのだと、聞くまでもなくわかるほどだ。
きっとそれは、かつての私がそうされたのと同じように。
彼女たちがまともに生きられるようになるまでには、長い時間が必要になる。
こうして力ずくで命は助けられたとしても、その相手の心までを救うことはできない。
私にできることはここまでだ。
誰かれ構わずその後のことまで面倒が見れるほど、私も自分に余裕はないのだから。
大男はそういうことを気遣ってか、報酬はいらないぜ、なんて格好つけてその子たちを帰してしまった。
私に許可も取らず勝手に。
そういうロマン的なもの、元は男だった私には一応理解はできるけれど。
でもあの依頼者の女の子は私に、なんでもする、とまで言ってくれていたのだが。
あの子もまだ幼かったとはいえ、あと何年か待てば一晩お願いしたいくらいの身体にはなったはずだ。
もったいないったらありはしない。
しかも今回の仕事では、私たちは少々目立ちすぎてしまったように思う。
しばらくは周りにも気をつけて暮らさなければ。誘拐犯たちの仲間から復讐されるなんてこともあり得なくはないのだから。
この大男はそういうリスクもわかった上で、報酬無しなんて阿呆なことを決めたのだろうか?
少々こいつの頭の中が心配になるが、それをあえて咎めない私もまあ同類なんだろう。
「無事に戻って頂いたのは何よりですが、無茶が過ぎます。……お二人とも、反省して下さい」
ことの報告を終えたあと、私たちは受付嬢に厳しくお説教を受けていた。
もっと人数を集め、相手のことを調べてから動くべきであったと。
そもそも依頼内容の裏取りもできていなかったし、報酬だってきちんと決めてはいなかった。
犯人たちも全員殺してしまったが、仲間が他にいないのか、拉致した女の子たちをどういうルートでさばくつもりだったのか、ハローワークまで連行して尋問するのが適切だ。
それを叱られるというのはもちろん分かるし正しい考え方だけど、私は今回の自分の判断を反省なんてするつもりはない。
一秒遅ければ、被害者たちが犯される時間はそれだけ伸びていた。
一時間遅れれば、一回二回は多く汚されていた。
1日遅ければ場所を移して売られていたかも知れないし、命を落とす人数も増えていたかもしれないのだから。
ちらりと横目に見ると、大男もどこかふざけたような表情で。少なくともこいつも、反省する気なんてさらさらないことはわかった。
私と違ってこいつには、そこまで誘拐犯を憎む理由なんてないだろうに。
何だかよくわからないやつだが、まあ優秀だし良いやつなんだろうということだけは今回でちゃんとわかった。
こいつとなら、また何かの機会に協力して働くのも悪くはないだろう。
私としては相手が誰であろうと、かつて生き別れになった幼なじみ以外とは長期間組むつもりもない。
だけどこうして優秀なワーカーと縁ができたのは、それだけでもありがたいことだ。
「はあ……あなたたちは、貴重な二等級なんです。お願いしますからご自分の命を粗末にはしないで下さいね」
その受付嬢の言葉を聞いて納得した。腕がいいのも当たり前だ。
この大男も私と同じく、二等級ワーカーだったというわけか。
だったら最初からきちんと連携して動く算段にしておけば、もっとスマートに戦うこともできただろう。
私が短気でつんけんした振る舞いをせずに、もうちょっとましなコミュニケーションをとってさえいれば。
さすがにこの点は反省しなければならなそうだ。
なんとなく申し訳ない気持ちになって大男を見ると、彼は何とも思っていないようなぽやっとした表情で、受付嬢から渡された水に口をつけていた。
その唇や、グラスを持った大きな手のひらに何だか視線が吸い寄せられてしまい、自分のこの本能的に男漁りみたいなことをする目をくりぬいてしまいたくなる。
そんな私たちを前に受付嬢は、もう諦めたような遠い目をしてため息をついていた。
「英雄気取りなんて悪口まで言われてる、お馬鹿なハジメさんのことはもう慣れてしまいましたけど。まさかハルさんまでこういうタイプだったなんて……」
受付嬢が口にした突然のその言葉に、思考が止まる。
ハジメ。
その名前は。
私はすぐに立ち上がり、不自然になることは構わずに踵を返した。
誰にも今の自分の顔を見られないよう、外套のフードを深く被る。
自分の心臓が音をたて、激しく動いているのがわかった。
ハジメ。
それは私が10年前に生き別れた、かつての幼なじみの名前だった。
生きているのかさえもわからなかった。
でもずっと会いたくて、だけどこの身体では合わせる顔がないと、そう思い続けていた相手の名前だった。
あのころ、ハジメもまだまだ成長期だったから。
あれからずいぶん背も伸びたのだろう。
鍛えて身体もたくましくなっていたのだろう。
顔は大きな傷痕でとても分かりにくくなっていたけれど、確かに言われてみればかつての幼なじみの面影がある。
声もそうだ。懐かしい気持ちになって当然だ。
ずっと聞きたかったあのハジメの声、そのものなんだから。
「おいあんた? 急にどうしたんだよ。せっかくだしこの後一緒にメシでも……」
大男になっていたかつての幼なじみが私の背中に声をかけてくるが、もう私はそちらを振りかえることができない。
こんなふうに涙がにじんだ顔を見せても、困惑させてしまうだけだろうから。
「……また、今度にして」
私はなんとかそれだけ口にして、走るようにステーションを飛び出した。
しばらく外を走り、比較的植物の蔦が少ない廃墟の壁に背をあずけた。
荒い息のまま、薄暗くなった空を見上げる。
また振りだした雨が、私の濡れた頬をごまかしてくれていた。
ずっと会いたいと思っていた。
だけどこれは、ちょっと不意打ちにもほどがある。
ハジメ。
生きていてくれたことを、本当に嬉しく思うよ。
もう一度お前に会うことができて、本当に良かった。
だけどごめん。
私はもうあの頃の自分のような、男の姿を取り戻すことはできない。
だからお前に、僕がハルオだと、お前の幼なじみだった男だと、そう伝えることはできないんだ。
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